11.差

「お前さっきまで自分がしてた話分かってんのか?」


 エリオットは顔を出して早々、俺に説教を始めた。


「この星見席アルヴをレミアが特別に思ってたから、不用意な話題で呼び出したお前に、レミアは怒った! お前は反省した! そういう話だよな?」

「バンレイシ。……忘れないように今度から『はい』の代わりにこれ言おうかな」

「『はい』なんだな? 同意したな? で、お前は反省したはずなのに、そこに、レミアがいる星見席に呼ぶのか? 俺を!?」

「でも、バンレイシって覚えてれば謝らなくて良いって、レミア、言ったし」


「うおお…………!!」


 頭を抱えて悶え出すエリオット。

 こいつがこんな苦しみ方をするのを見たのは始めてだった。


「ファレンっお前……お前この……ここまで戦闘以外気の回らない奴だったとは……! どこからこの話を始めれば良い……!?」

「一応、今日話をしたいのは俺の方なんだが……」


「待って?」

 俺の言葉に、今度はレミアが反応する。

「もしかして話すの? サムエルの話」

「ああ」

「……話すな、って言われてたよね?」

「だな。エリオットには話すなって」


 目を丸くするレミア。まあ、この反応は想定の範囲内だ。苦悶するエリオットを横に置き、俺はそうするに至った過程を説明し始める。


「確かにサムエルはエリオットに話すなとは言ってた」

「うん」

「でも、俺とレミアの二人じゃ手詰まりだろ?」

「まあ、うん」

「ならエリオットに相談するしかないだろ」

「…………」



「?」


 ぜんぜん分からない、とでも言わんばかりに首を傾げるレミア。


「なあ待て待て……」

 すると、横に置いておいたエリオットがじっとりした目で俺を見上げた。

「サムエルの話? オレには話すなって何だ? そんな話だったのか?」

「スコアシートは持ってきたよな」

「ああ。で、それでちょっと込み入った話をするっていう……」

「そうだ。確かに、サムエルはエリオットには話すなと言った。けどな?」


 説明するべく、レミアに向き直る。

「あいつが警戒してたのは、結局基地員の大人にその話を知られることだ」

「うん」

「エリオットに話すなつったのは、そこからティルチェに漏れてティルチェがチクるからだろ」

「うーん、まあ……」

「だからティルチェさえいなければ問題ない! そうだろ?」

「いやあたしもいるけど」



「うおおお!?」


 エリオットが来た方から普通に顔を出しているティルチェ。

 俺はみっともなく声をあげてしまった。


「ティルチェ!? なんでいるんだよ!」

「エリオットに呼ばれたから」

「エリオット! どういうことだ!?」

「いやお前ティルチェ呼ぶなって言ってはいなかっただろ!?」

「俺はエリオットしか呼んでないぞ……!」

「なんか複雑な話するならティルチェがいた方が良いと思ったし……」

「いやっ……それはそうかもしれないが……!」



「男子どもは体力有り余ってるわねえ」

「元気でいいね」

 言い合う俺たちを眺めながら、ティルチェはレミアの髪をいじっていた。

 が、それも落ち着くと、改めて俺たちを見て、にこりと笑う。

 怒りの笑みだ。


「じゃ、どういうことだかイチから説明してもらえる?」



   *   *



 十分もかからなかったと思う。

 だが俺とエリオットは地面に座らされていたものだから、すっかり膝を痛めていた。とはいえ姿勢を崩すとティルチェの怒りを買いそうなので、それもできなかった。



「……一番最初に確認しておきたいんだけど」

 ティルチェはこめかみの辺りを指で叩きながら、俺たちを見下ろしていた。

「なんであたしがチクり魔みたいになってるの?」

「リサから聞いたんだが、お前がチクったんだろ? 計測機器をハックしようとした時のこと」

「計測機器の……ああ、また随分前ね?」

「で、それは俺とエリオットとリサの秘密だったのに……エリオットがお前に漏らした。だからだ」

「なるほど、それでね。うん」


 一つ頷き、ティルチェは歯を見せて笑った。

「みんなに対して不利益出るんだから当然報告するでしょうが……!」

 激怒の笑みだ。



「やめろファレン~……! ティルチェあれマジでキレてたんだから思い出させないでくれ……!」

「見て分かると思うんだが、もう思い出してる」

 怯えるエリオットをなだめていると、ティルチェは深く溜息を吐いた。


「……で、リサがそれをサムエルに吹き込んで、あたしとエリオットはチクりコンビになり、サムエルに警戒されたと」

「そうなる」

「なんかそう思われてたこと普通に傷つくんですけど……まあ言っても仕方ないか」


 で、とティルチェは話を続ける。

 俺たちはまだ冷たい地面から立ち上がることを許されていない。



「理由は分からないけど、基地員の大人は嘘なり隠し事をしている?」

「ああ」

「……ゼファー・マクシミリアンが存在しないって?」

「らしい」

「スコアシートを見れば分かる? で、その真実を探り当てた自分は転属じゃなくて消されるかも?」

「そう言ってた」


 ティルチェは眉間に皺を寄せ、俺の隣に座っているエリオットに視線を移す。

「今あたしが何考えてるか分かる?」

「『めちゃくちゃ嘘っぽい。現実的にありえない。サムエルの被害妄想』。……ちなみにオレもちょっとそう思ってる」

「だよねー。……逆にファレンは何で信じてるの?」



「……あいつは本気だった」

 俺はサムエルの言葉を思い出す。


『ファレンには……本当のことを探し出して欲しい』

『絶対に、お前は――知らなきゃいけない』


「もしかしたらサムエルの被害妄想かもしれないし、現実的にありえないかもしれないけど……」

 あの言葉が帯びた迫真さを伝えられないのが惜しい。

「『嘘』じゃあないとは思ってる」



 そう言った俺を、ティルチェはしばらく見て、それから横を、レミアの方を向いた。

「レミアはどう? 信じる?」

「私、サムエルの話、直接は聞いてないよ」

「じゃなくて、サムエルじゃなくて、ファレンの考え」

「信じる」


 その即答に、知らず背筋が伸びた。ティルチェは頷く。


「じゃあ今夜は、星を見ながら……大人たちを疑ってみましょうか」



   *   *



「……意外だな、ティルチェ」


 エリオットがスコアシートを手渡しながら言った。


「何が?」

「基地員を探るようなことしていいのかよ」

「ああそれ? まあ褒められたことじゃないけどね」


 30センチ四方程度のスコアシートを、ティルチェが手元で弄ぶ。


「壁は感じてたのよ」

「大人……基地員との?」

「色々良くしたいって思ってたからね。いろんなこと話して、基地やアルギアの運用に関する事情もだいぶ分かったんだけど、どうしても壁がある」

「俺たちがラーヴェで、あっちがそうじゃないから、って話じゃなく?」



 変容施術を受けた俺たちは、元は人間だが、区別のため『ラーヴェ』と呼ばれる。

 操士ドライバーはあくまで職能であり、『人間』『エルフ種亜人』『ドラゴン』のように名付けられた種族名が『ラーヴェ』だ。

 生物学的な特徴はおよそ人間と同じで、アルギアに同調し、アルギアを起動する天性の能力を持つ。代わりに、生殖機能がなく、回復能力も低い。

 何もない日でも一日に10時間以上、アルギアで出撃した日には12時間から16時間の睡眠を取らなければ、意識を保つことすらままならないという具合だ。


 なお、エリオットは通常の人間と同程度の睡眠時間(非出撃日は7時間、出撃日も10時間程度)で十分な活動を取ることができる。体力バカの呼び名は伊達ではない。



「そういうのもあるだろうけど、そうじゃない」

 ティルチェは眉を下げる。

「結構時間かけて、基地の運用とか、あたしたちの生活のこと、作戦のことも色々……相談して、協力できるようにしてきたけど、議論にもしてくれない、あたしたちには絶対に触らせてくれない部分があるの」

「どういう所だ?」

「物資と事務所」


 俺は反射的にレミアの方を見た。レミアが調査の結果、何よりまず怪しいと割り出した場所だ。

 彼女の方はすんとした様子で話を聞いていたが、俺の視線に気付くと、わずかに唇を尖らせた。『言ったじゃん』でもばかりに。


「あたしたちを気遣ってとか、そういうのじゃなく、明確に遠ざけられてるって感じがした」

「つっても、別に何でもオレらに話さないのも当然じゃね? 機密とかあるだろうし……」

「何よ、機密って。あたしたちはみんな命かけてヴィスカムと戦うってるのに、隠さなきゃいけないことって?」

「分かんねえけど……あるんだろ! 何かさ……!」

「……ということで、あたしも思うところはあったりするわけ」


 俺の方は、おおむねエリオットと同じ所感だった。別に味方同士でも、隠しておきたい、触れられたくないことの一つや二つ、合った所でおかしくはないだろう。

 だがその一方で、ティルチェの言い分ももっともに感じた。彼女は多分、俺たちよりもずっと長く基地員と接してきたのだろう。

 そんな彼女が感じたという『壁』の実在は、信じても良いように思う。



「じゃ、始めます」

 ティルチェがかしこまった口調でスコアシートを両手で持つ。

 すると、見る見るうちにシートが巨大化し、腕をいっぱいに広げなければ持てないほどのサイズにまでなっていった。



「ま、待て待て! 何してっ……何が起きてるんだ!?」


「ファレン、見るの始めて?」

 突然の事態に動揺していると、レミアがなんでもないふうに言う。

「形を維持したまま、ものを大きくしたり小さくしたりするの。ティルチェの魔法だよ」

「リサもそうだったけど、固有の魔法面白いよな。俺もファレンも生来属性の一般魔法しか使えないのに」


「エリオットも知って……るのは、まあ当然か」

「レミアとエリオットが、とかじゃなくて、基地内で知らない人の方が少ないし。ファレンは他人に興味なさすぎ」

「ぐ」

 ティルチェに痛いところを突かれたので、俺は早々に話題の転換を図る。

「……でもこれ、作戦とかに便利に組み込めそうじゃないか? ほら、あの投石機の運搬とか」

「そんなの基地員の人と話して実験済みに決まってるでしょ? 駄目なのよ、ちょっとでも衝撃入ると元に戻っちゃうから……大きいものを小さくして運ぶのはリスクが大きすぎるのよね」


「そうか……」

 話を切り替えた先でもパッとせず、俺は沈黙するしかない。



 幸いなのは、ティルチェの作業がすぐに終わったことだ。

「よっ……と。踏まないでね」

 随分大きくなったスコアシートを、地面に広げる。俺とエリオットが横になって寝転んでもまだ余りそうだ。

「バラバラじろじろ眺めるより、この方が見やすいでしょ。変な所も大きくすれば分かりやすいってもの」


「ファレン、ほれ」

 エリオットがランタンを俺に渡してきた。

「バレないか?」

「星見席についてはかなり気ぃ使われてるから大丈夫だ。大人も覗いたりはしない」

 ならば、とランプ芯に魔法で火を点ける。可燃物に着火するくらいなら、詠唱は必要ない。



 ということで、明かりの下で巨大化したスコアシートを皆で囲み、しばしじろじろと眺めていたが。


「……何もないんじゃない?」


 なんとも単純に、早々その結論に至る。


「いつも通り、マックス・ゼフが一番で、北方部隊の人がニ番。三番目にファレンとレミア」

「こうやって見ると、私たちのニクスネメシス因果審判っていうの、派手だね。もっとシンプルな祈り名プレイネイムにすれば良かった」

「別にそこはいいだろ……!!」

「リサとサムエル。あたしとエリオット。で、みんなの名前があって……何でこれを見たら、マックス・ゼフがいないとか、なんとか、そういうことが分かるの?」

「オレが見て分かるのは東方部隊の平均値は結構良いペースで上がってるってことだけだな」


 ああこうと言い合いながら、俺たちは様々な可能性を検討する。

 秘密のメッセージは隠されていないか? 文字の並びに不審点はないか? 数値に隠された法則性があったりは?


 そして検討した末の結論が、『何もない』だ。

 スコアシートの内容に、おかしな所は何もない。それが俺たちの出せる結論である。



「……過去のスコアシート、大体回収して裏紙として事務所に渡しちゃってるけど、あたしたち側で残ってる所ないかな」

「いやー……お前がなんか結構熱心にやってたし、みんな返してるだろ」

「そうよねー。こんなことになるって分かってればな……!」


 俺たちは過去のスコアシートを全て、ティルチェが主導した資源活用施策のために基地員の事務所に渡してしまっている。

 これは俺ですらそうだ。安い羊皮紙に自分の分の点数を写したら、すぐに返すようにしている。


「一応全員分の点数写したやつならオレが持ってるけど」

「うーん……一旦はそっちも見てみます、か。ここまで来たらやれることはやりきらなきゃね」



 エリオットとティルチェがあれこれ話しているのを脇に置き、俺はレミアへ声をかける。

 彼女はランタンを持って、じっと巨大化スコアシートを眺めていた。


「レミア、そろそろ引き上げるぞ。実際、これだけ見て何も見つからないなら、多分手がかりは過去のシートに……」

「違う」


「え?」

 俺は聞き返す。

「違……って、何が?」

「インク」


 レミアの指差す先と、視線の先。交差するのは、

「……マックス・ゼフの……所属基地……?」



「どうしたの?」

 ティルチェとエリオットもレミアの様子に気付いた。顔を上げるレミア。いつもと大差のない、何も考えていなさそうな、ぼんやりした表情。

「ゼファー・マクシミリアンの横の『北方部隊所属』だけ、インクが違う」

 彼女は明確に、その答えを口にした。


「いや、インクが違うって……」

 エリオットは半信半疑だ。身を乗り出してその文字列を見る。

「どういう風に違うんだ?」

 俺が訊くと、レミアは少し迷ってから答えた。

「滲み方……」

「滲み方」

「……が、違う、ように、見える。他の文字とあんまり、しっかり比べてないけど」


 確かにその文字の辺りをじろじろ見ると、他の文字と比べて滲みの形状、範囲がわずかに、しかし明確に違って見えた。

 このサイズで見なければ、俺はまず気付けなかったと思う。


「ゼファー・マクシミリアンの部隊所属だけ、インクの滲み方が違う……?」

 ティルチェも口元を押さえてその文字列を見る。

 そして。



「……つまり、それって」

「……ってことか?」


 俺とレミアを置いてけぼりに、エリオットとティルチェは同時に何かに気付いた。


「おい、何だよ。何が分かったんだ?」

「いや、えーと……ティルチェ説明できるか?」

「説明、できるけど……先に証拠押さえておきたいかな」

「証拠?」

「そ。多分これ、物証がある」


 言って、ティルチェは指を立てる。


「事務所に乗り込む手立てを考えましょう。あたしたちだけで、どうにかして」

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