01.英雄を追っていま

「ファレン」



 甘くなめらかな声に名を呼ばれ、ゆっくりと目を開く。

 同時に、眼前の光景も見えた。


 地上。

 木々が、草原が、小さな丘が、流れる川が、巡航速度で後ろへ後ろへと流れてゆく。


 上空を滑りながら見下ろす、地上の景色。

 いつも通りだ。



「起きた?」

「起きた。……昔の夢を見てた」

「また? ほんと好きだよね、男の子は」

「女だって、レミアほど夢を見ない奴はあんまりいないだろ」


 そうだけど、とレミアは小声で返した。少しむくれるような気配がある。

 その『気配』を感じられるほど、感覚も少しずつ戻ってきた。



 ……あれから。

 俺は訓練と変容施術を受け入れ、アルギアの操士ドライバーとなった。


 最終国家フェリィが保有する、ヴィスカム絶滅のための最後の希望、アルギア。

 現代技術では替えの利かない、古代文明層より発掘された炎の兵器。専門用語を使うなら、超大型H重鉄I有骨格B装着式A魔動人形G

 残存する49機のうち1機を操縦する、権利と責務を得たのだ。



(……まあ、あの英雄マックス・ゼフには全然届かないし、後ろに乗せてるのが子どものレミアってのも恰好つかないが……)

「ファレン。何か失礼なこと考えてるでしょ」

「おいっ思考読むな。敏感なんだよお前は」


 原則的に、アルギアを一人で操縦することはできない。

 仕組みが複雑過ぎる。だからアルギアの大きな胴部には、前と後ろにコクピットがついていて、それぞれに一人ずつの操士が着座する。

 そして同乗する操士同士は、ある程度思考や感覚を共有しながら、二人がかりでアルギアを動かすというわけだ。

(そのせいで、ゼフに出会えたあの夢の余韻に浸ることもできやしない……)


「そんなこと今する必要ない」

「だから……!」

「もうすぐ交戦予測区域だよ。夢心地で良いの?」



 レミアに言われ、計器のひとつを見た。航行距離を示すその値は、確かに戦闘開始が間近であることを示している。

「……なんだよ。思ったより寝てたな」

 残念ながら、今は彼女の言葉が正しかった。背筋に繋がった小伝道管ファイバーの位置を調整し、シートに深く座り直す。


「アルギア・ニクスネメシス因果審判、クリサリスモード解除準備確認」

「同調数値良し」

「同調数値良し」

「イグニショントリガ、コントロール。交戦予測区域まで32秒」


 お互いに、慣れた速度と機械的な口調で戦闘開始に向かっていく。

 あとは翅を広げるだけ、という段に来て、レミアが柔らかな声を出した。


「ファレン」

 いつもと変わらない、どこか冷たくて、けれども甘い気配のある、春の雨のような声。

「あなたは……どうして翔ぶの?」



 初めての問いではない。

 初めて一緒にアルギアで翔んだ時から、ずっと繰り返されてきた問いだ。


 レミアは子どもっぽく、気まぐれなところがある。

 淡々として掴みどころがない。軽視されているのかと思えば、不意に甘えて来たりもする。

 かと思えば、俺への興味を失ったように、すれ違っても目線すら寄越さない日もある。


 そんな彼女が、一度だって忘れたことのない、俺への問いかけ。

 戦闘前の儀式。



 息を吐く。

 はじめの頃は、真面目くさって作戦目的を話したりもした。煩わしくて無視したこともあった。マックス・ゼフの語録を引用するのは、俺としてはグッドアイディアだったのだが、レミアには不評だった。

 そんな様々を経て今は、俺も必ず、俺の意志でそれに答えることにしている。

 その内容も、ここの所さして変わってはいないのだが。


 大した理由はない。

 ただレミアが大事にしているものを、俺も大事にしようと思っているだけだ。


「もっと……」

「……」

「もっと遠くまで翔んでいくためだ」


「……うん」



 いつも通り、気があるんだかないんだか分からない返事を聞いて。


「そら、行くぞ」

「うん。アルギア・ニクスネメシス、クリサリスモード解除開始」


 レミアがそのトリガーを弾くと、身体の内側を熱が満たして行く。

 これは錯覚だ。実際は、アルギアの中心部から、腕へ、足へ、翅へ、各所のサブセンサへ、身体の感覚が同調していくのだ。

 今俺は、骨と肉で作られた数十センチの腕を振る気軽さで、装甲に覆われたアルギアの巨腕を動かすことができる。

 宿舎の床に転がった本を避けるように、重金属の脚で大きな岩を跨いで通ることができる。


 だが、それですら『準備が済んだ』状態でしかない。

 アルギアを動かせるだけではダメだ。

 奴らを焼き滅ぼすのに必要なのは――強い、強い炎。



羽化エマージェンス



 あおく、煌星プラズマの翅が噴き上がる。



   *   *



 沈みつつある太陽が、地平を鮮やかに照らし出している。


「敵影捕捉。偵察型多数。殲滅型11……12、まだ増えるかも。主力型は、シュライク級、北西にひとつ!」

「ザコだな」


 レミアの報告へ返した言葉に、遅れて少し苦笑してしまう。

 あの日の俺は、全ての力を尽くしてようやく一羽の殲滅型ヴィスカム――クロウ級と呼ばれる小型種を倒せただけだったのに。


 アルギアに乗った今、奴らは『ザコ』だ。

 油断でも傲慢でもない、ただの事実として。



「西へ膨らむように迂回して、殲滅型を減らしてから主力とぶつかる。いい?」

「任せた」


 彼女は確認の形を取ったが、ここしばらく俺がそれに異議を唱えたことはなかった。

 索敵と交戦までの移動は、スロウドライバー進戦操士であるレミアの仕事。

 俺がこましゃくれた口を出すより、その提案を呑んでその通りに動くのが最善だ。



 翅を広げ、天地の狭間を飛翔する。

 最小のヴィスカム、ドーヴ級と呼ばれる偵察型を熱波で焼きながら、クロウ級へと接近。


 俺は腕を振るい、すれ違いざまにクロウ級の表皮を掻き、削る。

 そいつは俺を追うことも、逃げることもままならず、碧い炎に巻かれて焼け落ちていく。

 あの、森のざわめきに似た羽ばたき音が聴覚センサに届くまでもなく。


 そう、触れるだけでいい。

 アルギアの腕……正確にはスティンガーと呼ばれる、針のような腕が損傷を着けた箇所からは、激しい炎が噴き出してくる。

 クロウ級ごときであれば、それだけで撃破できる。



 枝葉で組まれた鳥どもを撫で焼きながら、俺たちのアルギアは本命へと接近していく。


 シュライク級。

『主力型』と呼ばれるヴィスカムの一種。クロウ級よりは当然、アルギアよりも少し大きい。

 他種と同様身体の大半が樹木で形成されていながら、磨かれた刃のように硬く鋭い嘴と翼を持つ。

 アルギアであってもそれで関節を裂かれれば無事では済まないし、正面から受ければ鉄製の予備装甲はもちろん、地上最硬の昀鏻鉱シャルティタン装甲すら傷つく。


 当然、生身の人間では太刀打ちできず、アルギアであっても数的優位を確保した上で対峙することを推奨されている。



(ま、俺なら一対一で充分な相手だが……)

「俺『たち』でしょ」

「思考読むな! ……ああいや、もういいのか」


 流れ作業の動きでザコを撫で焼きながら、シュライク級を睨む。


「翅の制御と前面センサー全部取るからな」

「うん。横槍入りそうになったら取り返すから」



 ……主力型ヴィスカムは、強い。

 奴らとの交戦は、アルギアの機動力と攻撃性能・防御性能を最大限に活かさなければいけない。

 そのためには、先ほどまでのようにレミアに移動を任せて、なんてことをしていられない。思考リンクは言語による会話よりも迅速な意思疎通を実現するが、それでもなお遅い。


 ――原則的に、アルギアを一人で操縦することはできない。

 仕組みが複雑過ぎる。腕。脚。人にあらざる翅。人のそれとは異なる複数のセンサ。

 だから普通、それらとの同調は二人で等分し担当している。


 だが、主力型以上……『ザコ』ではない敵との接近戦時だけは。

 分担のバランスを崩し、アルギアの機能の大半を自らの制御下に置く。


 それが俺――ファストドライバー決戦操士の務めだ。



「っ……」

 息を飲む。身体の内側の熱が膨れ上がって、腕や脚を、脳を、内側から押し膨らませようとしているような、そんな錯覚。

 いつもの不快感。何度やっても慣れない感覚。


 だがそれもごく僅かなことだ。

 その先にあるのは、アルギアの主導権を握った――万能感。


 空は美しく、風は心地良い。

 閉塞されたコクピットの中、地上では得られぬ質量を伴い、人の身に存在しない翅を開いて、翔ぶ。


『もっと遠くまで翔んでいくためだ』


 レミアへの返答は、適当やその場しのぎではない。

 本心だ。俺は、できることなら……翔んでいきたい。


 もっと遠く。

 想像もつかないほどに遠く。



「ファレン」

 ささやかな陶酔に浸っていた俺の身を、ひんやりした声が引き上げる。

「あっちも気付いてる。接触まで5秒」

「……ああ」


 シュライク級ヴィスカム一体。

 白んだ空を背景に、嘴と翼の刃が陽光を反射し輝く。


 奴もアルギアを見ている。

 アルギアを斬り裂こうとしている。


 なんて無謀な。



「交戦開始」

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