焦空戦機アルギア

浴川九馬馴染

本編

第一章 アルギアの英雄

00.鉄火の流星

 アルギア。

 銀色の装甲に覆われた、全高18メートルのHIBAG超大型重金属骨格装着人形

 古代魔法文明の遺産。魔力により動く人形、ゴーレムの一種にして、極点。


 もはや戦いがなくなった空の下で、アルギアと、アルギアに搭乗して命を燃やした『最初のラーヴェ』について語るには、時計を巻き戻す必要がある。

 青い空が、忌むべき緑にかき乱されていたあの頃に。



――――――――



 1000年前、フェリィ大陸の人々は長く愚かな戦争により、魔法技術のほぼ全てを失い、人口を100万人にまで減らした。

 しかしそれから長い時が過ぎ、人々は失われた魔法技術を再発明。

 80年ほど前には、人口は2億を超えるほどに回復し、豊かな、安全な日々を過ごしていた。

 人々は過去のあやまちを教訓に立ち上がり、進歩する意志の尊さを語っていた。



 笑える話だ。



 現在、総人口は10万未満。

 残された生存圏は、かつての1%。大陸から心もとなく突き出した、指先のような半島のみ。

 南部を死地帯デスベルトに封鎖され、逃げることもできない最後の領土。



 これを為したのは戦乱ではなく、心持たぬ緑の魔物である。


 植物にて編まれた鳥。あるいは翼持つ樹木。

 知性あるものを殲滅し、輝かしく繁栄した文明を緑化する。

 意志も教訓も啄み荒らす侵略者。



 その名を、ヴィスカム翼樢と言った。



   *   *



 その日俺は、女の子を背負って森の中の道を走っていた。

 脚を怪我していた彼女は、ヴィスカム接近警報の響く村落で、一人逃げ遅れていたのだ。


「はっ、はっ、ぜはっ、はっ……」

「だ……大丈夫? お兄さん……」


 気遣わしげな声を漏らす彼女を、安心させてあげられれば良かった。

 だが、俺にできたことと言えば、荒く呼吸をしながら引きつった笑みで振り返ることだけだった。

 言葉を発する体力も惜しかった。奴らが、いつ追いつくか分からない。


 俺は走り続ける。

 足、腰と言わず、全身が痛かった。頭と魔力を動かすのは得意だが、肉体労働は専門外だった。

 だが、それはその子を助けることを、諦める理由にはならなかった。


「……降ろして」


 だからその言葉も、相手にしない。


「はっ、はあっ、はぁっ」

「降ろして!」

「はあ、はあっ……ははっ」

「降ろしてよっ、お兄さん、このままじゃ私のせいで……」


 聞く気はない。

 それが、彼女の弱気と気遣いに基づくものであることは分かっている。だったら反論する時間と体力の無駄だ。

 だって俺は、助けたいからそうしている。


「……聞こえるの!」

 続く彼女の言葉は、半ば悲鳴だった。

「羽ばたきが……奴らの飛んでくる音が!」



 ザアアァァァ――――

 枝や葉が、風に揺られて擦れる音に似ている。森のざわめき、葉擦れの音。


 だが、その音が上空から、一定の間隔で聞こえて来るならば、それはまったく違う意味を持つ。



「――ヴィスカム」



 翼を広げた影に、青空が阻まれていた。

 正確な体長は分からないが、少なくとも人間の倍はある。

 それは太い枝を骨、厚い葉を羽とし、細枝がそれらを繋ぎ合わせながら絡み合い、鋭い嘴を形成している。

 眼は樹洞うろだ。心のない暗闇が、俺たちをめていた。


 ヴィスカムを簡潔に表すなら『植物性の鳥』だ。

 奴らは人間を啄み殺し、文明の一切を破壊し、自らの領域――無秩序で入り組んだ、塊のような森林へと塗り替える。

 しなやかな頑強さと、生半可な傷は即座に塞ぐ再生力を持ち合わせ、無尽に生まれ続ける敵。

 緑化の魔物。



 俺は足を止め、振り返った。


「お兄さん……!?」

「大丈夫だ。しっかりしがみついててくれよ……」


 上着の懐から、魔石を取り出す。俺だって無策でいたわけじゃない。



 ヴィスカムの身体は、樹木で編まれている。

 奴らが現れてからしばらくは、その撃退のために、炎の魔法の研究が盛んに行われたという。


 それは決して間違いではなかったが、絶対の解決策ではなかった。

 奴らの身体は水分を多く含んでおり、そのうえ再生能力まで持っているものだから、半端な炎を浴びせても致命傷には至らないのだ。


 だから、奴らを撃退するには、それらをものともしない、煌星プラズマ級の熱量を浴びせるか――



「行け!」


 突き出した魔石から、稲妻が迸る。

 雷の魔法を封印した魔石だった。少し魔力を注いでやれば、封印を内側から破って電撃が放たれる。

 それは見事にヴィスカムを撃ち貫き、奴はしばし動きを止めた。

 その隙は逃がせない。


「『炎熱よ』『渦巻き巡る』『八角熾球』『裡より喰らい』『爆ぜろ』!」


 魔石に残存した魔力を俺自身の魔力と合わせて、即座に次の魔法を放つ。

 今度は炎だ。人の頭ほどの大きさの火球が、動きを止めたヴィスカムへ迫る。


(……頼む!)


 祈る俺の前で、火球はヴィスカムへと命中した。

 その身を焼き削り、内側へと潜り込む。そして――爆発!



「きゃあっ!?」


 爆音に、背の女の子が悲鳴を上げた。



『まず雷を落とす』。

 その手法が確立されたのは、この十年ほどのことだという。

 そうすることで、ヴィスカムが体内に含む水分を奪い、さらには動きを鈍らせることができる。

 その後であれば、俺のような人並みの魔術師が放つ炎でも、再生能力を超えて奴らを焼き尽くせる。


 もっとも、雷と炎、二つの属性の魔法を使える術師はごくわずかだ。

 そこで、自分の持つ生来の属性――俺の場合は炎――とは異なる魔法を使うための、魔石である。

(無駄じゃなかった……俺の月給分!)

 俺は額に浮かんだ脂汗を拭い、見事に役目を果たした雷の魔石を捨てて、彼女を両手で背負い直す。


 一羽を撃破できたといっても、次はない。

 虎の子の魔石は一つだけだし、俺もとどめの魔法に魔力をほとんど使い果たしてしまった。今やロウソクに火を灯すくらいが精一杯だ。

 だから次が来る前に、早く逃げなければ――



 ザアアァァァ――――


(……嘘だろ)


 枝葉の擦れ合う音。

 聞こえてくる。頭上から。

 規則性がない――と一瞬思ったのは、それが複数であることに、最初気付けなかったからだ。



「……お兄さん!!」

 背中から悲鳴。

「も、もう良いっ、もう良いから、私は……!」


 駆け出そうとして、ふらついた。

 足腰と彼女を背負う手に力を込めて、どうにか転倒を免れる。


(まだ、まだ何か、あるはずだ)


 数羽のヴィスカムの羽撃き。視界に暗く落ちる影。

 頭上で旋回するヴィスカムが4羽。。


(何か……そうじゃなきゃ、殺される。この子も、俺も、ここで死ぬ――そんなの)


 暗い眼虚に、ちっぽけな2人の人間を捉えて。


「……ふざけてるだろうが……!!」

 死を目前に、怒号を地面へと吐いた、その瞬間。



 ごう――――


 熱風が来た。

 同時、巨大な影が、空の上から舞い降りる。

 吹き付けた風が森全体を一度揺らし、それが落ち着く頃には、ヴィスカムの羽ばたきは聞こえなくなっていた。


「……何、だ」


 振り返った俺が見たのは、金属質の何かだった。

 見上げてもなお全容が見えぬほどの、巨大な金属構造。



『――……か?』


 それが何か、最初は分からなかった。

 だってまさか、目の前の巨大な金属の構造から、人間の言葉が投げかけられるなんて、誰も想像しないだろう。


 けれど心臓の高鳴りが少し落ち着いて、冷静さを取り戻した俺は、その金属構造が人型だと理解できた。

 だから、その音が俺に向けられた言葉だということにも気付いた。


『ケガはないか?』

「……っ」


 眩しいくらいの銀色の装甲が、直立した人間に似た体躯を、鎧のように覆っている。

 直線的なのに、どうしてか柔らかな印象を伴うフォルム。

 反して、前腕の先、本来手指のあるべき場所に伸びる、恐ろしく長く、鋭利な針。

 眼――に当たる部分は、碧色へきしょくに燃える光を帯びていて、背からは同じ色の、扇形の炎が広がっていた。


(――はねだ)


 脳は眼前の光景を処理するのに手一杯で、喉は息を呑むばかり。

 だけどなんとか返した視線を、『彼』は返事と受け取ってくれた。


『もう大丈夫だ。よく頑張ったな』

 力強く、勇気づけるような声。

『あとはオレが、アルギアが片付ける』


 簡潔な言葉。

 それだけを残し、その金属製の人型――アルギアは翅を広げて飛び立っていった。


 ヴィスカムがまた来る。苔色の翼を羽ばたかせて。

 アルギアの腕から発せられたあおい炎が、それを焼き払う。垂れ下がった枝をけるような軽やかさで。

 さらに大型の個体が迫る。だが結果は同じだ。

 炎の翅が舞い、碧光の軌跡がいくつも光って、燃え尽きていく。


 ――小細工なしに奴らを焼き滅ぼす、煌星プラズマ級の熱量。


 焼ける残骸が散っていく中、アルギアは翔び続けていた。

 襲い来る敵の群れを焼き払って、空へ。

 まるで意志を持った流星のように。



   *   *



 ――その日、俺は走り出した。


 そう、その時は一人の女の子を背負って走るしかできなかったけれど。

 いつか俺を助けてくれた彼のように、あのアルギアに乗って、あの空を翔ぶ。

 そう決めた。

 そうしようと決めた。

 そうしなければいけないと決めた。



 そして――

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