第13話 ともあれ、コンセントの裏に仕掛けられた盗聴器は真実を語らない。
その黒い粒を見つけたのは、本当に偶然だった。
放課後。
静は先生に呼び出されて遅くなるらしく、僕は一人で帰宅していた。
マンションの前で、フードを深く被った小柄な影が待ち伏せしていた。
梨花だ。
「……湊くん」
彼女は周囲を警戒するようにキョロキョロと見回し、僕に駆け寄ってきた。
その顔はやつれ、目の下には隈ができている。
以前の明るく華やかな雰囲気は見る影もない。
「梨花、また来たのか。静に見つかったら……」
「静かにして!」
梨花は僕の口を手で塞いだ。
そして、ポケットから無骨な機械を取り出した。
通販で買えるような、安っぽい盗聴器発見機だ。
「湊くん、お願い。一度だけでいいから、私を部屋に入れて」
「はあ? 何言って……」
「確認したいの! これ、あの子の家の近くでは反応しないのに、湊くんのマンションに近づくとずっと鳴ってるの!」
発見機の赤いランプが、点滅している。
僕は背筋が寒くなった。
まさか。
いや、静に限って、そこまでするだろうか? スマホの中身やGPSならまだしも、部屋に盗聴器なんて犯罪じみた真似を。
「……五分だけだぞ」
僕は根負けし、オートロックを解除した。
静が帰ってくるまでの一瞬だけ。
それで梨花の気が済むなら、潔白が証明できるならいいと思ったのだ。
部屋に入ると、梨花は靴も脱がずに発見機のアンテナを伸ばした。
ピー、ピー、ピー……。
電子音が鳴り響く。
その音は、部屋の中央に進むにつれて早くなった。
「やっぱり……ある」
梨花はリビングを見回し、テレビの裏、ソファの下、本棚の隙間を探る。
音は、壁際のコンセント付近で最も激しくなった。
ピーーーーーーッ!
連続音に変わる。
「ここだ」
梨花がコンセントカバーに手をかける。
マイナスドライバーでこじ開けると、カバーがパカッと外れた。
そこにあったのは、配線の間に挟まった、小指の先ほどの黒いチップと、小さなマイクのような部品だった。
電気工事の知識がない僕でも分かった。
それは、最初からそこにあったものではない。
「……嘘だろ」
膝から力が抜けた。
いつからだ?
静が初めてこの部屋に来た時? それとも、合鍵を渡した日?
彼女はこのマイクを通して、僕の独り言も、テレビの音も、友達との通話も、そして梨花との今の会話も――すべて聞いていたのか?
「ほら、やっぱりそうじゃん!」
梨花がチップを指差し、勝ち誇ったように叫んだ。
しかし、その顔は恐怖で引きつっていた。
「湊くん、逃げよう。あの子、マジでヤバいって。警察に行こう、これ証拠にして……」
梨花が僕の手を引こうとした、その時だった。
ガチャリ。
玄関のドアが開く音がした。
心臓が止まるかと思った。
オートロック? いや、彼女は合鍵を持っている。
足音が近づいてくる。
コツ、コツ、コツ。
正確なリズムで、迷いなくリビングへ。
「ただいま、湊くん」
静だった。
彼女はスーパーの袋を提げ、いつもの穏やかな笑顔で立っていた。
そして、コンセントの前に座り込む梨花と、剥き出しになった盗聴器を見ても、全く驚かなかった。
「あら、見つかっちゃいましたか」
まるで隠しておいたお菓子が見つかったかのような、軽い口調だった。
「静……これ、なんだよ」
僕は震える指でチップを指差した。
「マイクですよ。高感度の」
「どうしてこんなものを……」
「湊くんの安否確認のためです」
静は当然のように言った。
「湊くん、よく寝言を言うでしょう? 無呼吸症候群とか心配ですし。それに、万が一泥棒が入った時も、音声があれば証拠になりますから」
「そ、そんなわけあるか! これは犯罪だぞ!」
梨花が叫ぶ。
「犯罪? 彼氏の家の安全を守ることがですか?」
静は首を傾げ、冷ややかな目で梨花を見下ろした。
「それに、天堂さん。……人の家のコンセントを勝手に破壊するのも、立派な器物損壊罪だと思いますけど?」
静はスマホを取り出し、画面を僕たちに見せた。
そこには、今の僕たちの様子がリアルタイムで映し出されていた。
部屋の隅。火災報知器の横に設置された、超小型カメラの映像だ。
「映像も音声も、バッチリ記録されています。……不法侵入した元カノが、彼氏の部屋の設備を壊して暴れている証拠映像、ですね」
静がニッコリと笑う。
盗聴器が見つかることすら、彼女にとっては織り込み済みだったのだ。
むしろ、それを見つけた梨花を「犯罪者」に仕立て上げるための罠だったのかもしれない。
チップは真実を語らない。
ただ、彼女の狂った愛の深さを証明しているだけだった。
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