第8話 従妹との再会

 え、みどりちゃん?従妹のみどりちゃんだ。うわ、すげーかーいー。

「みどりちゃん、久しぶりだね、こんにちは。里恵りえ叔母さんもご無沙汰しています。」

 法事とかで顔を合わせたことはあったが、近年はみどり一家も東京の家には来なくなったし、こんな風に会うのは、多分俺が高校3年の夏に長野に来て以来だから、2年ぶりではないだろうか。あの時も、お盆の関係での親族が集まったところでだったから、挨拶程度だったような気がする。

「隆太くん、久しぶりだね、そうだ、みどり、隆太くんのことはまだ隆ちゃんなんだね。そろそろ隆太お兄さんと呼びなさい。笑われちゃうよ。」

「そんな、叔母さん、そんな明治、いや昭和みたいなこと言わなくても。」

「隆太くん、私はそんなに年取ってないわよ。兄さん、そう、隆太くんのお父さんよりずっと若いんだからね。」

 変わらないなあ、叔母さんも。怒られると思うから言ったことはないけど、なんか可愛い叔母ちゃんってイメージはそのままだ。

 そして、みどりちゃんも可愛くなったなあ。子どもの時も可愛かったけど。

「り、りゅうたおにいさん、なにいつまでもわたしをみているの?はずかしいんだけど。」

 棒読み調子もこの子が言うと、すげーかーいーのは何故?

「ごめん、そのおにいさんは言いにくそうだし、隆ちゃんでいいよ、昔みたいに。」

 まあ、言いにくそうな表情も当然に可愛いかったりしますけどね。

「そだよね、隆ちゃんは隆ちゃんだし。改めて、久しぶり!会いたかった~」

 と飛びついてくるみどり。

 これは照れ隠しの行動のようで、変わらないなあ、と思いつつ、一方でいろいろ成長してるみたいで、どう対応したらいいんだろう。

 そう思ったら、顔が火照って来ちまった。まずい。

「・・・」

 叔母さんはさっさと座敷に入って行ったらしい。

 何とか水入りにしないと。

「みどりちゃん、とりあえず、うちの親にも挨拶してきなよ。」

「そっか、そうだよね。ちょっと待っててね!」

 みどりは俺から離れ、家の奥に向かおうとする。

 俺に会いに来たのかい。全くもう、そういうところも可愛いもんだねえ・・なんて考えてる場合じゃないな。

「ちょっと待って、俺も行くから。」

 このままだと、どこかに連れて行かれそうで恐怖なんだよ。叔母さんがいればまだ安心・・・いや、そうでもない気もするけど、とりあえず行動。


 この従妹は吉岡よしおかみどり。

 俺の叔母、すなわち父の妹の子である。

 地元の高校に通う高校3年生だ。

 みどりは、昔から頭の良い子という感じだったけど、その高校は、県内でも有数の進学校とされる高校であり、そこで成績も上位であるらしい。

 みどりは、昔から俺に懐いていた。理由はわからない、というか、考えたこともなかったのだけれど、2歳の年の差が、ちょうどよかったのかもしれない。

 俺が長野にいるときは、いつもそばにみどりがいた気がする。また、みどりはよく東京に家族で遊びに来たけど、いつもずっと俺にべったりだったもんな。みどりが中学生になっってからは、2人で出かけていたこともあったっけ。みどりはすごく楽しそうだった。俺も楽しかったな。

 他方、姉貴との関係だけど、みどりは、姉貴とも関係は良いが、9歳の年齢差は大きそうな印象だった。

 そして、みどりの姉貴への呼び方は「由香お姉ちゃん」、俺への呼び方は、先のとおり「隆ちゃん」なんだよね。

「隆太お兄ちゃん」じゃないあたりに、あいつにとっての俺の位置づけが出てるのかもしれない。

 まあ、どう呼ばれてもいいんだけどね。


 横で叔母さんと母さんが話している。この2人、義理の関係とは言え、仲がいい。母さんは、基本的に俺以外の人とは、仲が良いんだよな。

 でも、母さんの実家とかは、よく知らないけど、なぜか母さんとはあんまり関係が良くないっぽい。法事ぐらいでしか会ったことないって感じの親戚しかいない印象。こっちの祖父ちゃんや祖母ちゃんの葬式でも、母方の親戚には会った記憶がない。

 そういえば、俺が小さい頃、誰かの葬式か法事か何かに家族で行ったときなんだけど、子供心に、自分たちってこの人たちの親戚なの?って思ったことがあったなあ。いや、親し気に俺に声をかけてくれたおじちゃんおばちゃんもいたんだけど、何となく大人しくしてた方がいいのかなって思って姉貴の横で大人しくしてたっけ。

 そうだ、たぶん俺が小学生の高学年の時だと思うけど、誰かの葬式だったと思うけど、そこに行ったのが最後だと思う。その時は、やっぱり母さんはなんというか、遠い親戚ですみたいな雰囲気で、向こうの親族の輪に入ることはなかった気がするし、母さんに親し気に話しかける人もいなかった気がするけど、俺自身は別に疎外感はなくて、むしろ従兄と言っていた人が、俺のことを随分と構ってくれた記憶がある。そうだ、従兄の奥さん・・・、それはいいや。

 でも、こっちの祖父ちゃんや祖母ちゃんとか、めったに長野に来ない母さんのこと、凄く大事にしてた印象がある。今思うと、なんか体調を気遣っている気がした。でも、こっちに来たときは、里恵叔母さんと楽しそうに家の手伝いしてたっけなあ。実の姉妹みたいな感じだった気がする。

 そんな感じだから、以前と変わらずの2人だった。

「お義姉(ねえ)さん、兄さんはまだ仕事なの?」

「そうなの。折角隆太も帰ってきたし、もうすぐ由香も帰ってくるはず。それに、今日は里恵さんたちも来てくれたのだから、少しは休めばいいのにね。」

「兄さんは真面目だからね。社長なのに。」

「社長だからこそ一番働くっていうことらしいの。まあ、基本的には仕事人間だからね。普段は私も仕事手伝ってるからそこそこ早く帰ってくるけど。」

 家業は会社組織になっており、父さんは代表取締役社長である。また、母さんも取締役らしく、事実上管理部門を仕切っているらしい。ていうか、実は母さんが結構仕事してる気がする。そうなんだよ、俺への愛情が希薄な分は、全部仕事ってことなんだろうから。

 そんなことはどうでもいいんだけど、父さんと母さんが今経営してる会社は、小さい会社でもあり、何かあると母さんに電話が来て、すぐ隣のビルにある会社に出向くことも多く、結局なんだかんだで毎日出社しているようだ。今回帰省してよくわかった。

 そんなことを考えていたら、唐突に母さんがみどりに話を向けた。

「そうだ、みどりちゃんは高校3年生だったよね?」

「うん。」

「そうか、受験生だね」

 と、俺も話に入る。

「うん、東京の大学を目指してるの。」

 とりあえず、どこと聞くのは止めておこう。

 何となくそのほうがいい気が。

「そうなんだ、頑張れよ。」

 そこに、俺が割り込んだことは全く気にしていないように、母さんはみどりに尋ねた。

「みどりちゃんは、どこ目指してるの?」

 うわ、余計なことしちゃったな。ていうか、母さん、俺の思いは悉く察しないからな。いらんこと聞くなってえの。

 という俺の思いは伝わるはずもなく、みどりはあっさりと

「東大」

 と言った。嘘だな、俺にはわかる。

「すごいじゃないの。」

 騙されてるな、母さん。そもそも、東大目指すとか、怪しいじゃん。

 たしかにみどりは勉強もできるし、高校は県内でも有数の進学校らしいけど、なんというか、がり勉ではなさそうだし。

「ちょっとみどり、伯母さんに嘘つくのは止めなさい。お義姉さん、ごめんなさいね。一応決めてるみたいなんだけど、まだ内緒なんだって。私も知らないのよ。」

「だって、国公立は受けるつもりだし、理系でも古文とか地歴とか勉強しないといけないし、結局東大を目指す人と同じような勉強になるんだもん。嘘じゃないよ。」

 みどりもこの母さんの質問は、あまりよく思ってないみたいだな。そうだよな、優秀な生徒だろうから、周りが難関校目指して当然という感じで接してくるだろうし。

 でも、なんか、口を尖がらせて言っている雰囲気が、相変わらず可愛いなあ。

 とか思っていると、みどりがジト目で俺を見ているのに気が付いた。

 やべ、こいつも俺のことよくわかってるんだった・・・。そうか、今もか・・・。

「どうしたんだよ。俺は別に咎めてないぞ。」

「知らないもん。」

 何か拗ねてる。でも、まあ、放置しておこう。


 母さんも、特にみどりの進学先に格別の興味があったわけでもなさそうで、すぐに話題は変わり、世間話が続いた。そして、母さんは、

「里恵さん、ちょっといい?前にお話ししてた件なんだけど。」

 と里恵叔母さんと一緒に別の部屋に行ってしまった。

 そのため、俺とみどりは取り残された形になった。

 すると、みどりは何だかにんまりとした顔で言った。

「隆ちゃん、ちょっと。」

「隣にいるだろ、なんだよちょっとって。」

「だって、おかあさんに聞かれたくないし。」

「そうか、わかった。」

 といいつつ、みどりの近くに寄ってみる。

 近くで見ると、改めてみどりが可愛くなっていることを再認識した。

 髪は、肩より少し長いかな。ミディアムとセミロングの中間くらいだろうか。

「何、恥ずかしいんだけど。あんまり見ないでよ。」

「いや、みどりちゃんも高3相応に大人っぽくなったなあって。」

「それ、私が可愛くなったってこと?」

 と、目を輝かせたみどりが迫るように言う。

 ぶっ。んなこと従妹に言えねえだろ。

 まあ、可愛いですけどね。そんな風に上目遣いされたら、男はイチコロじゃないか。結構な破壊力だと思うぞ。

 とも、いえるわけがない。

「隆ちゃん、照れてる。」

 こいつ、自分勝手だけど、結構俺の心理把握してるところあるからなあ。逆らってもダメだな。

「くそ、そういうことでいいよ。」

「素直じゃないなあ。」

「何だよ、俺をからかおうとしただけなのか?」

「違うよ、志望校の話。」

 それかい。早く言えよ。

「決めてないんじゃないの?」

 みどりは、ちょっとドヤ顔になって言った。

「決めてるよ。隆ちゃんの大学の情報工学科。」

 おお、リケ女かあ。うん、いいね。

「そうなんだ、なら別に言ってもいいんじゃないの?」

「だって、おかあさんもおとうさんも、もっと上を狙って欲しいみたいだから。」

「親なんてそんなものだろ。多分みどりちゃんがはっきりと志望校を言わないからだと思うよ。俺の大学なら、A判定出てるんだろ?」

「うん、まあね。早慶の理工でもA判定が出たことあるよ。」

 うわ、あっさり言われちゃったよ。俺の受験生時代よりもすごいかも。俺なんか第一志望の国立なんて、2次は最高でC判定もあったけど、センター模試との総合ではずっとEだったし。

 今の大学だって、情報工学科はB判定が出たこともあったけど、最後の模試でC判定だったし。理系だったから今のコースは判定されなかったけど、英語がネックになるからあまりいい判定にはならなかったはずだと思うし。

「難関国立大とかもね、たまたまなんだけど総合でC判定とか出ちゃったから、もう一息だ、頑張れって周りがもううるさいの。難関の国立大に合格して欲しくてしょうがないんだよね。ほんっとにわずらわしい。」

 たまたまだったとしても、夏前に現役で難関国立大が総合Cって、結構すごくない?まあそれはそれとして、そうだよな、公立高校では、国公立の合格者数が大きな評価ポイントっていうことを聞いたことがある。

 優秀な生徒ならではの悩みか。

 でも、周りにはぜいたくな悩みにしか聞こえないんだよな・・・。

「でもね、私は、隆ちゃんの大学に行きたいの。そうすれば、隆ちゃんと毎日一緒に大学行けるし、えへ。」

 なんだろう、ちょっとゾクッとしたんだけど。

「いや、学科が違うと時間割とか違うから。そもそも1年生と3年生になるわけだし。登校時間だって毎日違ったりするし。」

 みどりは、あっという感じの顔で言った。

「そっか、そうだよね・・残念。でも、朝ご飯とか一緒に食べれるし。」

 え?、何言ってるんだろうこの子。なんかドヤ顔に戻ってるし。

「下宿かアパートか寮かはわからないけど、俺んちの近くとは限らないだろ?」

「だって、私、隆ちゃんのお家に下宿するから。」

 そうか、その手があったか。

 さすがは優秀なみどりちゃん・・・って、待て待てい。

「さすがにまずいでしょ、それ。俺と2人で暮らすってことになるぞ。姉さんは他のところに住んでるんだし。」

「そんなこと知ってますよーだ。別にいいじゃない。兄と妹みたいなものだし。」

 ちょっと待て。

 まあ、なんとなくそんな話も出るとは予想してたけど、ここまで凄いこと考えてるとは。女の子の暴走は恐ろしい。

「だって、従兄妹(いとこ)同士だよ。やっぱ、やばいっしょ。」

「やばくないですっ。ねえ、いいでしょ?」

 その上目づかいはやめ・・・いやいやいや、ここはしっかりしないとやべー。

「里恵叔母さんだって許すわけないぞ。」

「お母さんに話したら、絶対私の話にのるよ。だって、おかあさん、私と隆ちゃんが結婚して、家継いでくれると嬉しいなって思ってるはず。」

 なんだそれ、里恵叔母さんなら考えそうな策略かも。従兄妹同士だから、問題ないって言えばそうだしなあ。

 うわぁ、恐ろしい母娘だな。

「でもさ、そうするとうちが困るじゃん。高階は親父の15代目で終わりってわけにもいかないだろ?」

 とりあえず、俺は家を継ぐとか真面目に考えたことなかったし、むしろ、姉貴が家を継ぐほうがいいんじゃないかって思ってるぐらいなんだけど、この危機的状況を打開するためには、俺が家を継ぐということにするのは正当防衛だな。

 よし、ここは、俺が16代目隆右衛門襲名で押し切るぞ、と思ったのだが・・・。

「心配ないよ。由香お姉ちゃんがいるじゃない。亡くなったおじいちゃんだって、由香お姉ちゃんが継いでくれるのを草葉の陰で祈ってるはずだよ。」

 う、やばいとこついてきやがった。16代目襲名披露が早くも露と消えてゆく・・・。

 やっぱ、よく見てるよ、この子。昔から聡明だったことはよく覚えているけど。

 そうなんだよな、高階家の歴史に詳しく、家業にも関係ありそうな仕事してるから、確かに、姉貴の方が適任なんだよね。

 言い返せねえ。

「ね、何も問題はないんだよ。」

 こいつ、俺の考えてること、本当にわかるんだな。昔からそんな感じだったけど。でも、そのちょっと勝ち誇った顔も可愛いなあ・・・。

「・・・」

「そういうんじゃなくて、何よもう。そんな結婚とかは先の話だし。今は従兄妹同士だし。私の下宿代もタダってわけにはいかないだろうけれど、でも他に借りるよりは、だし、だから、親孝行になるし。お父さんも安心だし。」

 こいつ、赤い顔してるから、照れ臭そうだけど、言ってることがいちいち恐ろしい。さすがは秀才少女。不覚にも可愛いという感情に流されそうになった俺も、冷静に戻った。

「いやいやいや、叔父さんは反対するでしょ。可愛い一人娘が従兄とはいえ、男と2人で同居なんて。」

「大丈夫だよ。万が一そういうことだったら、由香お姉ちゃんに話して、由香お姉ちゃんも一緒ってことにするから。」

 何だこいつ、自分勝手すぎる。

 でもまあ、本気なんだろうな・・・それに、姉貴も戻って来かねないし・・・いやいや、押されてどうする俺。

「姉貴は、そんなこと許すわけないぞ。」

 それを聞いたみどりは、達観したような顔つきで言った。

「そうかもね・・。隆ちゃんと由香お姉ちゃんは、世界一仲の良い姉と弟だもんね、ふん。でも、うーん、そこがハードルかあ・・・。」

 ハードルはそこではないぞ、違うだろ。

 ていうか、世界一仲の良いって姉と弟って何が基準なの?

「とにかく、ダメ!」

「えー、いいじゃない。隆ちゃんがいいって言ってたっていえば、お母さんが大歓迎してくれて、お父さんは尻に敷かれてるから反対できるわけもないし、万事解決だよ。」

 今明らかになる吉岡家の構造。

 っていうか、知ってたけど。叔父さん優しいからな。

 くそ、他のハードル探さないと。

「ていうか、やっぱ、年頃の男女が、2人きりで一つ屋根の下は、よくないぞ。不健全だ。」

「不健全じゃないよ。あれえ、そうなんだ、隆ちゃんは不健全なこと考えてるんだ。私とエッチするとか。」

 思わずせき込みそうになったじゃないか。

 こいつ、こんなこと言えるようになったんだな。成長したものだ・・・って。待てよおい。俺が悪者なの?

「しないだろ!」

 いや、正直なところ、みどりは可愛いし、やばいでしょ。宮下に瞬時に押し倒された俺ですから。

 さっき、成長も認識してしまったし。

 みどりが本当にその気なら、俺はひとたまりもない。

 と、俺が明らかに動揺を見せていると、みどりは俺ににじり寄ってきた。

「ほんとにそうかな?」

 何こいつ、ヤバすぎる。

 おねえちゃん、タスケテ。

 と、俺が思考力を喪失しかけたその時、

「だだいまー!」

 救世主降臨!おねえちゃんがほんとにキター!!

「おねえちゃん、おかえりー!」

 と、みどりを振り切って、俺は玄関に走っていく。

 いつもは、姉貴とか、ねえさん、なんだけど、こういう時は、昔からの呼びかたが自然に出てしまうのだ。

 別にシスコンってわけじゃないんだよ。

 え、いい年して姉に頼るとか情けない?

 しょうがないでしょ、俺は姉貴に育ててもらった面が多々あるんだから。

「あれ、隆太、どうしたの?お母さんは?」

 きょとんとした顔の姉貴に俺は伝える。

「里恵叔母さんとどっかに行っちゃった。」

 そして、おれは、姉貴に

(タ・ス・ケ・テ)

 と口パクをする。

 姉貴は、さらに一瞬、?という顔をしたが、その時、

「由香お姉ちゃん、こんにちは!おひさでーす!」

 と、みどりも玄関に出てきた。

 こいつは、先ほどのちょいエロ、っていうか、策士丸出しの顔から、私、純真無垢な高校生ですって顔で、にこやかな表情で姉貴に挨拶しやがっている。

「あら、みどりちゃん、久しぶりね。可愛くなったね。」

「えへへ、ありがとう。でも、隆ちゃんは可愛いって言ってくれないんだよ。酷い!」

 酷くはないだろ。照れ臭いだけだ。

「隆太だって、そう思ってるって。こいつは恥ずかしがり屋さんだからさ、許してあげて。」

「由香お姉ちゃんがそういうなら、許してあげる。」

「それは、ありがとな。」

 と、俺は投げやりな口調で一応礼を言っておく。

 姉貴は、俺とみどりの様子を見て、何かを把握したみたいだったが、そこでは何も言わなかった。


 その夜。

 ちょっとした宴が終わり、叔母さんとみどりは、自宅に戻っていった。

 姉貴がいなかったら、みどりはうちに泊まる、とか絶対言ってたな。


 宴会中、俺は、みどりに迫られるんじゃないかとびくびくしていたが、あいつは、見事なほど純真無垢な高校生としてふるまっていた。

 姉貴や俺とも、普通に話してきたから、おれも普通に話したけど。

 でも、里恵叔母さんは、酔っぱらったらしく、こんなこと言ってきた。

「隆太ちゃん、吉岡継いでくれないかなあ。そうしてくれたらさ、毎月お小遣いもたっぷりあげちゃうんだけど。」

 さっきのみどりの話はマジだった!

 はっきり言わないけど、みどりと結婚して養子に入れってことだよね?

 みどりの奴、聞こえてるのに無表情でスルーしやがって。

 この母娘、マジヤバいわ。

 今思い出しても、冷や汗ものだったな。

 でも、叔父さんの会社、商売も好調みたいだし、続くかどうかわからんけど、あそこに収まるのは、パラダイスの一形態にはなりえるからなあ。お小遣いもたっぷりくれるみたいだし・・・

 ってやっぱりまずいでしょ。


 とか、考えてると、姉貴が俺を手招きした。

「隆太、ちょっと。」

「何?」

「あなた、みどりちゃんに何かしたの?」

「何もするわけないじゃん。むしろみどりちゃんが俺に何かしたって感じだよ。」

 姉貴は、ふうとため息を吐いた。

「あの子、まだ隆太のこと慕ってるんだね。」

「たぶん。」

「自覚はあるんだ。」

 え?俺を詰めるのですか?おねえちゃん。

「まあ、恋愛感情かどうかはしらんけど、昔から俺にべったりだったからね。いまでもそうなのかと思うと、若干恐怖感を覚えるけど。叔母さんも味方につけてるし。」

「そうね、里恵叔母さんは、昔から隆太のことお気に入りだったし。もし私が男だったら、私が隆太になって、隆太は違う名前になっていて、確実に吉岡を名乗らされたわね。」

 確実って・・・。おねえちゃん、その発想、怖いです。

「姉さん、やめてよね、シャレになってない気がする。」

「ていうか、あなたにも問題あるでしょ。昔から隆太はみどりちゃんを構いすぎるし、優しすぎるのが悪いんじゃないのかな。」

「だってさ、あれだけ慕われると・・・。それに可愛いんだもん、昔も今も。そうだから不可抗力だと思うんだけど。」

「隆太・・・、あなたって結構クズ男風なところあるよね。」

 おねえちゃん、なんで呆れた顔なのでしょうか。

 それに、何ですかその形容?クズ男風って。爽やかなそよ風みたいなもの?よくわからないけど、俺、指導されてるよね。何で?

「少しは毅然とした態度をとりなさい。まあ、普段いろんな女の子口説き回っているものでもないし、それはいいんだけど、そんな態度だから、前みたいに変な女に引っ掛かって振り回されるんだよ。あげく傷つけられて。そうだ、あの女どうしてるの?なんか言ってきたりしてない?」

 おねえちゃん、目がくわっとなった。マジ怖えー。

「だ、大丈夫だって。その後は友達でもないし、ただのクラスメートでしかないから。」

 姉貴、本気で心配してくれてるんだよな。

 いつもありがとうございます。

「私はね、怒ってないよ。でもね、隆太もちゃんと言わないといけないって思ってるんだ。それに隆太はね、さっきも言ったけど、女の子に優しすぎるんじゃないかなって。」

「そんなことないと思うけど。そもそも、女の子の知り合いなんて、大学のクラスとサークルだけだし。その子らにも普通にしてるだけだけど。」

「普通、ね。そうなんだろうね。でも、まあいいや。何かあったら、早めに私に相談しなさい。」

「いつも報告してる通りだけど、わかった。」

「あ、これだけは言っておくか。隆太はね、自分が女の子に人気があるって全く思ってないみたいだけど、そうでもないって思っておいた方がいいかもよ。」

「え?モテたこともないし、確かに去年彼女がいた時期はあったけど、1~2か月だったし、それだけだし。」

「冬に遊園地に遊びに入った子もいたよね。その子から誘われたんだよね。」

「あれは、ただの友達だし。それに他にもメンバーがいたし。」

「そうね、あと2人はカップルだっていってたよね。」

 姉貴、よく覚えてるな。

 もっとも、詳細に報告したのは俺だけど。

 でも、ハグされたこととかは言ってないはず。

「まあ、そうだけど・・」

「隆太は向こうを友達だと思ってるけど、向こうには向こうの気持ちがあるんだよ。それは、隆太にはわからないことだよね。」

「そうだけど・・」

 友達に決まってるじゃないか。

「まあいいよ、おねえちゃんはどんな場合でも隆太の味方だから。困ったことがあったら、すぐに連絡しなさい。いつでも聞いてあげるから。」

「ありがとう」

「そうだ、隆太、去年自動車免許取ったんだよね。」

「うん。あれからほとんど乗ってないけど。」

「なら、明日から練習しようか。おかあさんの代わりに買い物頼まれてるんだけど隆太が運転して。」

「え、あ、まあいいけど。」

「大丈夫だよ、おねえちゃんが横にいてあげるし。」

 さすがに、俺一人で運転して、買い物ってのは自信ない。

「ねえさん、普段から車の運転してるの?」

「事務所の車を結構使ってるの。今、辻堂の事務所にいるのだけれど、あちらでは結構使うことが多いんだよ、結構担当エリア広くて。」

「そうだったんだ、なら、ねえさんがいてくれるなら安心だね。」

 いい機会だし、運転の練習もいいか、と俺は思った。

「じゃあ、私は、先にお風呂いただくから。」

「わかった。」

 何かよくわからない状況でもあったけど、長野の夜は更けていく。

 とりあえず、ももか先輩関係は報告してなくてよかったかな。


 *


 盆期間はそんなに忙しいこともなかったが、両親は親戚とか来客を結構想定しているらしく、俺は基本的に家にいるように、と言われており、来客があったら必ず顔を出して挨拶するようにしていた。

「隆太君、大きくなったねえ、そうか、大学生か」

 などと言ってくれるおじさん、おばさんも結構いたのだが、一部を除いて、すみません、お会いしたこと覚えてません、って人が大半だった。

 もっとも、祖父ちゃんや祖母ちゃんのお葬式で会ったはずの人が多いはずなのだが、覚えている人は少ない。俺は、コミュ力はないと自覚はしているが、今後改善しないとまずそうだなと思った。

 姉貴はそこまで考えて俺を帰省させたのだろうか。

 多分、聞いても答えてくれないだろうから聞かないけど。でも、姉貴だからな、俺の成長を促すことは考えてくれたと思う。

 でも、篠ノ井に住んでいる親父の叔母さん(俺は、篠ノ井の大叔母ちゃんと呼んでいた)と、その娘で、俺の従妹叔母になる真奈さん(篠ノ井のお姉ちゃんとか真奈お姉ちゃんと呼んでいた)は、よく覚えていた。大叔母ちゃんは、いつも優しくて、俺の話もうんうんとよく聞いてくれていたな。父さんの子供の頃は、ここに住んでいたらしく、父さんの子供の頃の話とか、よくしてくれた。悪戯の話とかもあって、父さんはマジヤバいって顔してたなあ。

 それから、俺が小学校の低学年の夏休みに長野に長期間いた時、確か大学生だったその従妹叔母、真奈お姉ちゃんが結構来てくれていたんだ。思い出してきたよ。

 その頃、松本の大学に行ってるって聞いたことがある。そうだ、もっと前も、俺が祖父ちゃんの家にいた時、そこによくいた気がしたので、聞いてみたら、みどりと同じ高校にいってたそうなのだけど、その時もここでよく一緒にいたねって。なるほど。

 そうそう、真奈お姉ちゃん、その頃から結構かーいーなあって子供心に思ってました。いまは、結婚してますけど、可愛い奥さんになったなあ、てへって感じ。そもそも、可愛いなんて言ったら、怒られちゃうかもだけど。

 そうだ、干支が一緒だねって話したことあるから、おれより12歳年上のはず。


 そして、盆期間が終わると、姉貴は一足先に戻っていった。

 姉貴がこっちにいる間、姉貴とは、少し遠くまでドライブしたりした。高速も走ったし、俺は結構運転に自信を持つことができた。といっても、次に運転する機会はいつになるのだろうか。


 最後の日は、小諸に行った。

 姉貴は、この街が結構好きらしい。

 車を駅に近い駐車場に停めると、姉貴は俺を連れて歩いた。

 この街では、江戸時代の本陣の建物が現存している。本陣の母屋は駅の近くの公園に再建されており、元の場所にはかつては母屋と一体だったという問屋場の建物がある。

 本陣では、姉貴が異様に詳しい説明をしてくれた。なんでも最後の当主が明治時代の初めに本陣や問屋場を売り、軽井沢のほうに移ったものの、移った先の家が火事で全焼し、多くの貴重なものとともに消えてしまったとか。でも、姉貴は何でそんなこと知っているのだろうか。そもそも本当なのかもわからないけど。

 高階の先祖も庄屋をやったことがあるらしいし、もしかしたら、昔は何らかのつながりがあったのかもしれない。そうだとしたら、祖父ちゃんは姉貴にそのことを教えたかもしれない。

 繋がりは知らないけど、祖父ちゃんは歴史好きで小諸もよく行っていたらしいから、そのことも知る機会があったかもしれない。

 姉貴からは、家を継承するつもりのようなことをはっきり聞いたことはない。

 でも、今日姉貴が俺をここに連れてきたのは、高階の伝統を自分が引継ぎ、継承していくという思いを俺に伝えたかったのではないか、という気がした。

 俺は、16代目は重いというのが正直なところだけど、姉貴の手伝いならできると思う。

 姉貴は祖父ちゃんからも様々な話を聞いていたようだし、自分でもいろいろと調べていたし、俺としてはそれがベストなのではないかと思う。

 でも、俺は、俺が「高階」隆太であるということを再認識させられたのだった。

 そして、姉貴は、やっぱり俺の母同然の存在なのだと。


 姉貴を佐久平駅に送った後、長野へ戻る高速道路のパーキングエリアに車を止め、俺はそんなことを考えていた。


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