第3話 春休みの始まり
晩秋から年末年始、そして年明けしたと思ったら試験。
大学1年生なら、さぞかしイベントが目白押しって感じが普通なのかもしれないけど、俺はいつも通りの生活を送っていた。サークルの秋の旅行もなんかうーんと思っているうちに申し込み損ねたし。
自動車免許の取得が結構なウェイトを占めていたんだろうな。
勉強はおろそかに出来ないし、スケジュール管理が大変だったんだよ。
結局のところ、俺はいろんなことを同時にやるのが苦手なのかもしれない。いや物事に集中しすぎるということなのかも。
そうそう、11月には普通免許を取得した。別に、大きなイベントではないけどね。
それから、年末年始も勉強が遅れてるからこっちで集中して勉強するって嘘をついて、長野には帰省せず、ずっと東京で過ごした。あ、勉強したのは本当だけど。
母さんは、勉強するって言っておけば黙るんだよな、昔からそれだけ。全くもう。
そうだ、1年次の成績がそのうち実家に送られるはずだから、成績見てさぞかし安堵してくれることだろう。これもある意味、親孝行、だな。
それはもういいや。やっぱ東京にいた方がいい。
こっちには、多くはないけど、丸山、四井、美鈴といった仲良くしてくれる友達も複数いる。サークルに行けば、ももか先輩が構ってくれるし、岩村さんは罵倒してくれるし。
授業は真面目に出ている。そのあたりは高校時代とあんまり変わらないけど、教える側雰囲気はかなり異なる。高校時代は、クラス全員難関大学行かせるぞ、みたいな熱血な先生もいたけど、大学は、やる気のある奴だけ勉強すればいいんだよ、って感じだ。
もっとも、強制されないから遊ぼう、みたいになってしまうと、単位は来ない。
まあ、要領よく単位を集めようと思えばできそうなものも多いけど、一般教養科目みたいなものも自分で選べるから、勉強のモチベーションは保ちやすい。それに、やっぱやるならSを目指さないとね。
そんな日常を送りつつ、俺は、学生の本分の1つである後期試験に臨んだ。
*
そして、1月中に試験は終わり、2か月間の休みに入った。大学生の春休みは長い。
試験は、努力の甲斐があったって感じだろう。まだ成績はわからんけど、かなりの科目がSになるはず。
それにしても、あー、春休み、もっと予定入れとければよかったな。
コースの先輩である晃さんの話とか聞いてると、このコース、2年、3年はどんどんきつくなるってことだし、余裕なくなってしまいそうなんだよね。入学前にあまり研究してなかったのがバレバレ。
2年からはバイトもやろうと思ってるけど、この春休みにはスキー場近くのペンションとかで居候でもすればよかったかな。住み込みで、バイトじゃないから平日は食事つき住居付きリフト券付きでスキー&スノボやり放題、週末のみ働けばいいみたいな。
昔、父さんが懐かしそうにそんな話をしてたっけ。今、そもそもそんな口あるのかわからないけど。
などと思っていると、スマホが鳴動した。
あれ、誰からだろう。
鳴動するスマホを確認すると
<由香姉>
だった。
姉貴?なんだろう?と思って、確認すると、
<春休みの予定、どうなってるの?>
なんだ、掃除でもさせようっていうのかな?まあそれもいいけど。
<しばらく予定なし。>
と返信する。
そうなんだよな、嘘ついてもしょうがない。
3月にはサークルの遊び合宿のようなイベントがあって、一応参加予定だけど、それまでは予定は決まっていないんだ。
<何それ?もったいない。>
おねえさま、仰せのとおりです、はい。でもさ、
<しょうがないよ、年明けてから勉強が大変で、春休みのことなんて考えていられなかったし。>
<じゃあ、次の土曜日、うちにおいで>
それもまあ、いいか。
<何時に行けばいいの>
<昼前に来なさい>
<わかった>
メッセージ交換、終了。
<来なさい>などと言われると、普通は反発するのかもね。でも、由香お姉さまですから、御意のままに。
でも、俺、姉貴の言うことは、なんで素直に聞いてしまうのだろう。
あれは、中学の頃、いわゆる中学受験を経て、私立の中高一貫校の男子校に入った俺だが、何もかもが嫌になって、部活もやめて、勉強もしなくなったことがあった。
まあ、そういう年頃だったんだろうなあ。
当時も母はフルタイムで働いていたし、顔を合わせるのは食事時くらいだったから、普段あまり話すことはなかったが、それでも何かと勉強勉強とうるさいので、はいはいわかったわかった、というようないい加減な返事をしていた。
でも、勉強なんてロクにしてないから、定期試験の結果、まあこれがすごい酷さなので、無理もないのだが、結果を見てもただひたすらに、何で勉強しないの!、もっと勉強しなさい!と騒ぐばかり。
何だこの怒るだけのクソ親、と思った俺は、ますます勉強しないようになったっけ。
いや、別に昔は不良だったとか、ワルだった、なんてことは微塵もない。不良みたいな知り合いもいなかったし、学校には毎日ちゃんと行ってたんだよな。多少は世渡りを考えていたのかもね。
だから、母さんは安心していたのか、何かとうるさいだけでほぼ放置してくれてたけど、試験の結果を見ればぎゃあぎゃあうるさいし、3者面談では、クラス担任の先生に、成績が悪すぎる!家でどう過ごしているんだ、みたいに、親子そろって激詰めされ、成績が凄まじくボロボロということを知って、家に帰ったとたん、もはやお小言というより大声で俺を罵倒するかのように大騒ぎだった。まさにエキサイティングなお祭り状態。
めんどくさいから黙ってそのパフォーマンス眺めてたけど。
しかし、そんなに頭ふりながら怒るものかなあ。もし母さんの髪の毛が長かったら、きっと獅子舞みたいだっただろうな。残念ながら母さんの髪の毛はそんなに長くないからつまらないな、残念、とか思いつつ、吹き出したくなるような気持を抑えながら表向き神妙な顔を作りつつ眺めてたなあ。
そんな俺の様子を見たためか、埒が明かないと思ったみたいで、母さんなりにソリューションを考えたらしいのだが、これが全然的はずれ。
ママ友だか知り合いだか何だか知らないけど、その人からこの塾がいいとかガセ情報つかまされて、強引に行かされたんだ。
でも、なんだこのクソ先生、全然勉強する気にならねえじゃないか、と思ったから、1回で行くの止めた。
俺が塾に行かないのを知って、母さんは当然大騒ぎだったけど、俺は聞き流すだけだったから、母さんは逆切れしたのか、全然子供がやる気にならないから止めさせる、ついては入学金返せ、と塾に言いに行ったみたいだった。そういうところはしっかりしてる人だったなあ。
幸いお試し期間だったみたいで、入塾は取り消されたはずだが、当時の俺は、どうなったんだか、知ったことじゃないと当時は思ってた。
しょうがないよ、俺は授業について行けないから授業がつまらないだけなのに、成績が悪い→もっと高いレベルの内容の授業が必要、とか、おかしいだろ?基礎レベルの立て直しから、とかならわかるけど、勉強してないやつに高いレベルの内容を理解しろなんて、そんなの無理ゲーでしかないじゃん。
そうだね、中高一貫校の深海魚対策で親が陥りやすい罠とやらに嵌ったんだろうな、母さんは。
一応親だから、バカじゃねえのとは言いませんでしたけどね。ていうか、中学生の俺には冷めた目で見るのが精一杯だったけど。
え、バカはテメエだろって?そんなことわかってるよ。
はい、塾の授業は、たぶん高度過ぎて、やる気にならなかったのです。しかも厳しさ満載。
ていうか、塾生っていうの?あいつら、こんなの日常としてやってるの?中学生のうちからこんな苦行に耐えてるの?って思ったし。小学生の時の中学受験の進学教室は強制感がなくて楽しかったから、そのギャップに驚いたというか。
俺は高校受験を経験してないからわからないのだけれど、高校から入ってくる生徒は結構優秀でだいたい上位にそのまま割り込んでくると聞いていたし、実際に経験上もそうだったから、それだけ勉強してきたってことは、塾も日々これ忍耐みたいな、欲しがりません勝つまでは、ってところも普通にあるのだろうなあってことは、今の俺なら発想できる。
でも、当時の俺は、高校受験を経て入学してくる高校受験組は特殊な連中で、滅茶苦茶勉強してくるらしいってことくらいしか思いつかなかった。
だから、逆に俺が普通と考えていた中高一貫の生徒に関しては、そうした生徒のクラスは、塾とかでも穏やかに和気藹々みたいなのがデフォルトだって思っていて、この塾もさあ、もっと楽しくやれないのかねえ、とか思ってしまった。
そんな俺なので、苦行ばっかりで楽しくなさそうだから、仮について行けたとしても、こんなクソ塾行かねえよ、って思っただろうなあ。
いや、実際高校時代の俺はそこそこ優等生だったから、そう思うのだけれど。
でもさ、母さんだって仕事大変なんだから、俺のことなんて放置すればいいものを、母さんは母さんで本当に何とかしなきゃいけないって思って困っていたらしく、そんなときは、必ず姉貴に何とかして、と泣きつくんだよね。
そして、そのたび姉貴は、いつも優しく俺に向き合ってくれた。あの時もそうだった。
*
「勉強したくないなら、無理にしなくてもいいんじゃない?」
当時大学生のおねえちゃん。ちょっと大人になった感じだけど、雰囲気は昔と変わらなかった。そして、変わらず優しく俺に問いかける。
「したくなくもないんだけど・・・」
「そうなんだね。でも、無理しないでよ。そうだ、勉強するんだったら、質問とか、おねえちゃんに聞きなさい。」
「いいの?おねえちゃんは大学生だし、勉強大変なんじゃないの?弁護士目指すって言ってたよね。」
一応、当時の俺の知識でも、弁護士は生半可な勉強量ではなれないって理解していた。
「そんなこと気にしないの。隆太、授業が難しくてついて行けないんでしょ?」
「うん・・」
「そんなときはね、簡単な問題からやるといいの。難問に向き合うのは禁物。ますますやる気がなくなるから。そうだ、隆太、数学は好きだよね?」
「うん。数学だけは何とかなってる感があるな。宿題は忘れず、授業に出てるだけだけど、何故か平均を下回ったことはない。」
下回ってはないけど、上位ではないので全然威張れません、はい。
「すごいじゃないの。ならさ、まずは数学だね。教科書と学校で指定された教材だけ、例題から復習してみようよ?そうだ、おねえちゃんがいるときはね、おねえちゃんの部屋に来なさい。そこで勉強すれば、すぐに聞けるから。」
「本当におねえちゃんの部屋で勉強していいの?」
それを聞いた姉貴は、微笑みを浮かべつつ言った。
「前は勝手に来てたのに。遠慮するのは止めなさい。」
「わかった。」
「他の科目は、とにかく授業は何が何でも出席して、理解するようにしてね。でもまずは、数学を立て直して自信を取り戻そう。期末試験は、上位を目指すよ。」
それを聞いて、おねえちゃん、それは無理でしょ、って思ったっけ。
「そんなの無理だよ。」
でも、姉貴は微笑みを浮かべたまま、こう言ったんだ。
「目指すのは自由なんだよ。結果が上位でなければ、次の試験でまた上位を目指せばいいの。」
何だろう、どどどって大きなものが押し寄せてきたような感じがしたんだよな。
「でも、成績あがらないと、またおかあさんがお祭り騒ぎする。」
「お祭り騒ぎって、あはは。笑わせないでよもう。わかった、おねえちゃんから騒がない、じゃなくて怒ったり叱ったりしないように言っておくから。」
そして、姉貴は、本当に母さんを説得してくれたらしく、それから母さんは何も言わなくなったんだよな。
当時の母さんは、俺に関して姉貴が進言すると、だいたいその案を聞きいれたっぽい。
それで、環境が整った感があって、その後は順調になった気がする。
そうそう、姉貴は法学部だし、高校時代は歴史部みたいな文化部だったし、趣味は史跡巡りみたいだし、完全な文系かと思ったら、どちらかというと、高校では数学とか物理とかが得意だったらしい。地歴公民は趣味の関係で日本史とかが得意なだけだったとのこと。ちなみに、大学受験時には、日本史Bは、教科書に書いてあることはほぼ全部知識になっていたらしい。凄い。
でも、異端とは思わないですよ、だって俺の大好きなおねえちゃんですもん。
それはそうと、姉貴は、数学の質問にはわかりやすく説明してくれたんだ。本当に頭にすらすら入って行くって感じ。俺が勉強してなかったからってこともあるかもしれないけど。
それに、姉貴の部屋は、不思議な安堵感があって、勉強が進むのが不思議だったっけ。
そして、たまたまかもしれないけど、次の期末テストで数学がえらく高得点で、苦手科目も平均前後、理科の一部科目とかもまずまずの高得点で、俺は自信を少し取り戻した。
さらに、その後は勉強の成果が出て、数学はクラスで最上位集団に食い込むようになり、その他の科目も成績がどんどん上がって、中学から高校に上がるころには、総合でも上位が指定席になってたんだよな。大嫌いな英語ですら、10段階評価で8以上だったし。
中学最後の三者面談で、担任の先生が、
「底が見える下位からここまで伸びた生徒は見たことがない。日々の学習態度も問題なく、高等部でも上位を維持できると思うぞ、頑張って行けよ。」
とか言ってくれたのだけど、母さんが自分が褒められたような雰囲気を醸し出しているのがなんかおかしかったなあ。
でも、帰る途中に、
「何故あなたは素直に勉強しなかったの?いつも余計なことばっかりして。」
とか、怒ってて、この人ほんとに褒めること知らないんだな、母親の適性ないんじゃないの?とか生意気なこと考えてたなあ。まあ、俺は姉貴がいれば安泰とか思ってた。
でも、俺が高校に進んだと同時に、姉貴は大学を卒業して就職し、家を出てしまって、ちょっと不安だったけど、姉貴のおかげで俺はその後は一人ででも普通に勉強できるようになっていたんだ。
そして、姉貴のアドバイスがなく、学校で深海魚状態のまま下位に低迷していたら、高校受験組は滅茶苦茶優秀と思い続けていたと思うのだが、高校に上がったときは俺は上位にいたので、高校受験組とそん色ないどころか、むしろ進んでいるところすらあって、数学とかは高校入学組の奴らから、質問を受けることも結構あった。
そうそう、高校1年の委員会活動で一緒になった丸山にも教えたことあったなあ。どうしてこんな激ムズ問題わかるんだよ、とか言ってたけど、あいつはすぐ追いついた気がする。
中高一貫教育をメインにする私立だと、高校入学組だけでクラス編成してカリキュラム別にして中高一貫生に追いつかせるように特訓する学校も多いって聞いたことあるけど、俺の高校では、逆に同じクラスにして、お互いに刺激し合うみたいな方針らしかった。
ちなみに、俺が行かされかけた塾は、今ネットで見ると偉く評判の良い塾で、入塾するにも大変なところらしい。さらに、俺がクソ呼ばわりした先生は、凄まじいくらいに評価が高い人だった。ネットでは、その先生に指導を受けた、御三家中の優秀な生徒だったらしいOBの、その先生を崇拝するようなコメントであふれてやがった。
私が東大理Ⅲに合格できたのは、中学時代の先生のご指導の賜物ですだと?ふうん。
・・・要するに、俺がクソ生徒だったわけだ。うん、やっぱり他人のせいにしてはダメなんだね。
そういえば、俺は、物心ついたときから、いつも姉貴と一緒だったよな。
友達もいるにはいたけど、姉貴と遊んだ記憶が多い。いや、遊んでもらっていたが正確な話だろう。
俺の両親はともにフルタイムで働いていたから、俺は保育園や学童保育のお世話になっていた。
あれは、年長の時だったかな、今思えば、厳密には規則違反だったのかもしれないけど、珍しく中学生だった姉貴が迎えに来てくれたことがあったんだ。
その時は、予想していなかったので、とにかく嬉しくて嬉しくて、そうだ、わざわざ園長先生にまで、<園長先生、今日はおねえちゃんがお迎えに来てくれました。とてもうれしいです。さようなら>みたいに挨拶して、姉貴はすごく恥ずかしかったかと思うんだけど、俺は先生たちに手をふって、帰ったことがあった。
なんだろう、何を話したかは覚えていないんだけど、すごく楽しかった記憶がある。
それで翌日、俺はなぜか今日も姉貴が迎えに来ると思っていて、ワクワクして待っていたのだが、迎えに来たのはいつもどおりの母さんだった。
なので、俺はなんか帰りたくなくなったので、まだ遊びたいとかごねたのだが、母さんはなぜか切れたみたいに怒りだしてしまい、そうなると俺は俺で反発して、お家なんて帰らないと逃げ出したんだ。
まあ、逃げるといっても、保育園内を逃げ回るだけなんだけど。
先生も、早く俺を引き渡さないといけないというので、追いかけてきて捕まえようとしたけど、俺は結構すばしっこかったから、なかなか捕まえられなくて、他の先生も参加して保育園総出での捕り物劇になったんだけど、俺は逃げ回ったんだ。でも、最後は、園長先生に<隆太君、待ちなさい!>と一喝されて止まってしまい、あっさりと先生につかまってしまって、母さんのところに連れて行かれたんだ。
園長先生、特に叱り方が怖いわけでもないし、むしろ優しい先生だったと思うんだけど、なんだろうか、園長先生ならではオーラみたいなものがあって、幼子すらも逆らうの憚られる、みたいな感覚を覚えるような先生たっだな。
それで、その時の俺は、ラスボスみたいな園長先生も登場し、もはやこれまでだ、みたいな、この世の終わりみたいな感覚になって、とにかく悲しくてわんわん泣いていたら、周りの子たちも泣き出してしまって、もう泣き合戦のような様相。
そしたら、なぜか姉貴が来てくれて、なんだろう、すごく安心したことを覚えている。
そういえば、その時の母さんの様子とかは全く覚えていないんだけど、姉貴に優しく言い聞かされて、姉貴と一緒に母さんのところに行って、泣きながらごめんなさいと言ったよな記憶がある。
姉貴に<ママに迎えに来てもらったらちゃんと帰るんだよ。おねえちゃんはね、中学校で遅くなるから、お迎えに行けないことが多いんだ、隆太ごめんね>とか言われたっけ。
この話、実はこれ以上は詳細に覚えてなかったりするんだけど、母さんにはインパクトが大きかったみたいで、今でもたまにぼやいている。
姉貴によれば、母さんは自宅にいた姉貴を電話で呼び出して、来てもらったらしい。保育園に行って見たら、俺をはじめとして、何人かの園児たちがわんわん泣いていて、びっくりしたらしいけど、俺は姉貴の姿を見るや否や、涙を流しつつも笑顔になって姉貴に飛びついてきたらしい。他の子は、お母さんやお父さんのお迎えが待ち遠しくて泣いてたらしいけど。
それも、前後して親たちが迎えに来たので、泣き止んでいったとか。
まあ、いたたまれない気分だっただろうな、母さんは。
その後は、普通に過ごしたんだと思う。多分。
そして、小学生になると学童保育のお世話になるわけだけど、そういった母さんを拒否するようなイベントが発生することもなく、普通に行ってたと思う。
そして、俺が3年生になると、姉貴は高校生になっており、結構普通にお迎えに来てくれたんだ。
母さんのお迎えの時は、もっと遊んでいたいのに、とか思っていたんだけど、さすがにごねるようなことはしなかった。でも、高校の制服姿の姉貴がお迎えに来てくれると、ものすごくうれしかったよな。
いそいで片づけをして、姉貴のところに行って、先生さようなら、といって帰るんだけど、学童保育の先生にも、「隆太君は、本当にお姉ちゃんが大好きなんだね。」などと言われたこともあった。
そんな感じで、お姉ちゃん子だったから、母さんも姉貴に俺のことを任せていた部分が多かったように思う。
そういえば、姉貴には逆らったことはないかもしれない。姉貴の言うことは全て正しい、みたいに思っていたのかもしれない。
無理もない。姉貴は、いつでも、何でも俺の話を聞いてくれたし、いつもわかってくれた。そう、いつでも100%俺の味方でいてくれる頼もしい存在のように思っていた。
だから、俺は、自分の恋愛の話とかも姉貴にするけど、そういった話を不用意に知り合いとかにすると、必ず引かれるんだよな、だから、最近は言わないけど。
まあ、シスコンと言えばそうかもしれないけど、一応短期間とはいえ彼女がいたこともあったし、正常の範囲と思うんだけどね。
でも、姉貴はどう思っているのだろう。
*
姉貴とのメッセージ交換が終了してすぐ、再び俺のスマホが鳴動した。
<野中美鈴>と表示されている。通話だ。
デフォルトの、いつもの掛け合いみたいな挨拶みたいな会話の後、美鈴は言った。
「ねえ隆太、試験前に話した件なんだけど。」
あれ、思い出せない。
「何だっけ?」
「なによ、希美たちと行こうって話したよね?」
あ、そうだった。山麓の遊園地に行こうって話。恐怖系とか絶叫系とかがウリのところ。
「そうだったな。」
とりあえず、忘れてたことは誤魔化そう。
「全くもう。で、早速来週あたりに行こうって思うんだけどね。」
ああ、忘れてたことばれてるよね、でも美鈴はスルーしてくれたみたい。
そうだった、希美さん、そう臼井さんと臼井さんの彼氏と・・・
ん?臼井さんとその彼氏さんと、俺と美鈴ってこと?
その組み合わせって、いいのか?
「平日だよね?来週ならいつでも空いてるけどさ・・」
「なによ、<けど>って?何か気になるの?」
あれ、また<けど>にいちゃもんつけられたような?
軽いデジャヴ感ってやつだけど、思い出せない。何だったっけ?
まあ、それに拘ってもしかたないので、会話を続けよう。
「だって、臼井さんのカップルと、もう一組は俺と美鈴だよね?」
「そうだよ。向こうはカップルだけど、うちらは友達同士。」
「いや、何というか、ダブルデートみたいでちょい恥ずかし・・」
「なによ。隆太、嫌なの?」
うわ、美鈴、怒ってる?
「い、いや、そんなことはないんだけど・・・」
「そうですか、そうですか、私と一緒じゃつまらないって言いたいのね!なにさ。」
そうじゃないんだけど、やべー、変な所嵌まったなあ。まあ、こんなやり取りもお約束みたいな感じもあるけど。
「そういうんじゃなくて、向こうはカップルなのに、俺らは友達だし、臼井さんたちに変な気を遣わせないかなあって。まあ、何というのかな、恋人同士、2人っきりになりたいんじゃないのかなって。」
「そーいうこと気にしてるの?希美は彼氏と現地で泊まるって言ってたから、問題ないって。それに、あーいうところは、ある程度人数がいた方が盛り上がるからねって。そもそも、この話、希美からの提案だったのよね。」
ふう、助かった。でも、そういうことか。なら、臼井さん的にも問題ないんだな。ていうか、そうすると、帰りは美鈴と2人っきりだよなあ。いいのかなあ、とかいうと、また美鈴、怒りそうだけど。でもまあ、そこ前から行きたいと思ってたんだよな。
うん、先ほどの懸念はどこへやら、だけど、別にいいよね。だって、すごくワクワクするじゃん。楽しみだな。
と、思った俺は、
「わかった。日程は任せるよ。」
と、応じる。
「了解。日程決まったら、連絡するね。バスのチケットとかは私が手配しておくから、当日精算ということで、よろしくね。」
「お手数かけちゃってゴメンというか、ありがとう。よろしく。」
「何いってんの。じゃあね」
「おう」
今からだと、高速バスのチケットとかとれるのか?まあ、俺がやきもきしても仕方ないし、こういうことは美鈴に任せるのが吉だからな。
でも、いつも俺、諸事女性任せのような気もするけど、まあ、いいよね。
翌日午前中、再度美鈴からの連絡があった。
「例の件、火曜日に決まったよ。バスのチケットも取れたからね。朝から行くからね、いいよね。新宿のバスターミナルに7時集合厳守。」
「何から何までありがとう。お疲れ様でした。」
「なに、そんなに気にしなくていいのに。」
「いつも美鈴に頼りっきりだよね。本当にありがとう。そうだな、試験でも世話になったし、今回のお昼代は俺が持つことにするよ。」
俺は、基本真面目に授業に出ているのだが、過去問の調達とかは、あまり得意ではないんだよね。全く、美鈴さまさまって感じ。
もっとも、前年と同じ問題が出るような甘いものはないのだが、過去問は安心感にはつながるので、入手できればありがたいんだ。
前期試験では、サークルの先輩である晃さんからもらえたもので何とかなったのだけれど、後期試験では、一般教養科目が先輩の1年の履修とはかなり違っていたので、俺よりは顔が広いらしい美鈴に頼りきりだった。
そのお礼、このくらいでは足りないけど。
「隆太は律儀だよね。うーん、そうね、たまにはご馳走になろうか。」
「そんなのでチャラと思ってるわけではないけど、気持ち受けてくれると嬉しい。」
「わかってるよ~。楽しみだね。天気も気になるけど、きっと大丈夫だよ。」
「そればっかりはね。まあ、雪にでもならなければ大丈夫でしょ。」
「そんな弱気はだめだよ、絶対晴れの気持ちでいようよ。ね。」
「そうだね。うん。」
一通りの話が終わった後、ふと思った。
そういえば、美鈴と友達になって、まだそんなに経ってないはずだけど、すっかり昔からの友人みたいになってるよな。
一方で、弥生、いや、宮下さんとは、別れて以来、友達でもないし、ただのクラスメートでしかないんだけど。
それから、丸山とも、実質1年くらいの付き合いだけど、高校以来の友人みたいな感じだし。
あいつとは、高校時代は委員会活動で短期間一緒だったことはあるけど、それ以降は顔見知り程度って関係で、同じクラスになったこともなかったのに、同じ高校出身同士というためなのか、すでに親友同士だし。
美鈴に言わせると、俺は、人見知りしがちであるが、一度仲良くなると急速に親密になることもある、要するに馴れ馴れしいんだろうね、っていうことだけど、俺は普通にしてるだけなんで、たまたまだと思うんだけど。
それはそれだよね、楽しみだな。
*
週末になった。
試験が終わってからバタバタしているうちに土曜日になった感じだけど、今日は姉貴の家に行くことになっている。
ということで、朝は平日並みの時間に起きたのだけれど、小雨が降っていた。
向こうは大雨じゃないだろうなあ?冬の雨って、何か嫌いだ。子どもの頃も、雪なら楽しいのに、雨なんて寒いだけじゃないかって。
スマホで気象情報を確認すると、神奈川も雨らしい。うえー。
それでも、
<昼前に来なさい>
という姉貴の指示なので、粛々と出かける準備を進める俺。
台風や大雪で交通機関が麻痺でもしない限り、俺は、姉貴に言われた通りに行くのだろうな。
とか考えているうちに、完全に目が覚めた。
そして、洗顔して、朝食を食べて、用意を終えると、やばい、9時過ぎてしまった。
さっさと出発しないといけない。
電車を乗り継いで、俺が鎌倉駅に着いたのは、10時半ごろだった。
こちらも雨が降っており、おまけに風が結構強く吹いている。
風は南風のようだ。気温はこの時期としては結構高そうで、そこはまあよかったかな。
ちょっと悪天候だが、とにかく姉貴の家を目指そう。
賑やかな東口側とは違い、住宅地の駅前的な雰囲気の西口駅前から少し歩くと、古い感じの住宅地に入って行く。
いかにも姉貴が好きそうな雰囲気だよな。
実家とか、姉貴が継げばいいんじゃないのかな。亡くなった祖父(じい)ちゃんから、よく先祖の話とかよく聞いてたし。
祖父ちゃんも<由香ちゃんが男だったらなあ。そうだ、男だったら隆太だったぞ>とか言ってたので、もうボケてんの?と思ったら、要するに、姉貴が男として生まれていたら、隆太と命名されるということだったらしい。
そうだよ、今の時代、男女平等だし、姉貴が後継ぎでいいんだよ。
ていうか、後継ぎとか、面倒くさそうだしな。そりゃ、誰かが継がなければってのはわかるんだけどさ、俺である必要はないんじゃないのかな。
まあ、俺がここで考えても結論出ないし、そろそろ到着だ。
俺は、姉貴の住む古い一軒家の前に佇む。
いつも思うけど、ここも姉貴好みの雰囲気だよな。
でも、何というか、俺も落ち着く気がする。
俺は、古い雰囲気の家には少し似合わない最新っぽいインターホンのボタンを押す。
さすがに、こういった風に近代的なものを導入しないと、生活しにくいだろうし、防犯の意味合いもあるのだろう。
「やっと来たか。鍵開けといたから、入ってきて。」
と、姉貴の声が聞こえた。
姉貴は掃除中だった。
そのまま、俺は、姉貴を手伝って掃除をした。
小さいころ、よく姉貴と家の掃除をしてたよな。
何だろう、掃除とかあんまり好きじゃないんだけど、姉貴と一緒なら、楽しかったよな。
とか思い出に浸っていると、
「隆太、あっちの部屋、箒で掃いてきて。」
と、姉貴の指示が飛んでくる。
「え?あっちって姉さんが借りてない部分だよね?」
「ケチなこといわないの。オーナーさんが必要な時には使っていいって言ってくださってるんだし。隆太だってそこに泊まったことあるでしょ?」
そうだった。時々泊まったっけ。俺が高校の頃、姉貴が就職してここに住み始めて、初めてここに来た時、姉貴と一緒の部屋で眠るのもなあ、と躊躇していた時、<もうしょうがないなあ、向こうの部屋にお布団敷きなさい。あーあ、隆太が成長してしまっておねえちゃんは哀しい>と言われ、俺も妙に寂しくなってしまい、結局よく眠れなかったなあ。
「何感傷に浸ってるの?さっさと掃除してきなさい。」
「はいはい。」
姉貴には、全てお見通しなんだろうな。
素直に、箒と塵取りをもって、行こう。
なお、俺が姉貴の部屋で眠ったりしていたのは、俺が小学生の時までだ。
別に変な姉と弟の関係ではないんだぞ。
その後も、姉貴の指示で様々な場所を掃除し、また、ものを運んだりと2時間ほどたった昼すぎ、
「今日はありがとうね。お昼ごはんにしようか。」
と、姉貴から声がかかった。
いつの間にか、食事の用意をしてくれたみたいだ。
行って見ると、なかなかよさげな感じ。
「高級スーパーで買った食材は違うなあ。」
「食材じゃなくて、おねえちゃんが作ってくれたから、でしょ。」
うん、いつもありがとう、おいしそうだよ。
と思うが、そんなことは言えない。恥ずかしいし。
姉貴は何も言わなかったが、微笑んでいた。そうだよな、姉貴には俺の思っていることは全てお見通しなんだ。
俺は、改めて心の中で姉貴に感謝しつつ言った。
「いただきます。」
食事もほぼ終わりというころ、俺は近況報告を始めた。
そう、俺は、幼いころから姉貴には何でも話していた。
俺は、非行に走ったりしたことはないけど、まあ母親には反抗することも多かった、かな。
そんな俺だから、母さんは俺を育てにくかったところもあったらしい。
そうだ、幼い頃、保育園のお迎えを俺にいやがられるという稀有な事態もあったほどであるから、大変であったことは想像できる。
母さんには悪いんだけど、母さんより姉貴の方が、話しやすいし、信頼できるんだよな。
また、姉貴も俺のことを良く面倒を見てくれたので、母さんもそれをうまく活用して俺を育ててくれたのだろう。
俺は、成長しても、学校でのこととかも母さんに話すよりは姉貴に話すことが多かった。
そのため、母さんは、俺の情報を姉貴経由で入手していたみたいだ。
でも、姉貴は、母さんに何でも報告していたわけではないと思う。俺が母さんには言わないで、といったことは、絶対話さないし、そういわれなくても、これは話さないほうがいいという情報は、母さんには上げなかったみたいだ。
そうだ、姉貴は、どんなときでも俺の話を聞いてくれたっけ。
とにかく、俺は、姉貴を絶対的に信頼しているのは、そうした積み重ねに寄るのかもしれない。
俺は、スケジュールを姉貴に報告する。
「来週、友達と遊園地に行く。」
「そうなんだ、予定入ってよかったね。サークルの人たちと?」
「うーん、クラスの友達、かなあ。」
「かなあって、何?また悩みでもあるの?」
と、いつもながら鋭い姉貴のチェックが入る。
「別に悩んではいないんだけど、友達と、友達の友達と、その友達の友達の彼氏と4人なんだよね。」
「友達」との言葉が何度も出てきて、わかりにくそうなものだが、姉貴は慣れているのか、理解してくれる。
「女友達と、女友達の友達のカップルでダブルデートみたいな感じってところね。」
と、今回も瞬時に把握された模様である。
「そうなんだよ、ダブルデートみたいでちょっと。」
「そっか、隆太、その女友達との距離感をどうしようかって悩んでるのかな?」
「悩んではいないよ。その子とは仲良いし。」
「向こうはどう思っているか、のほう?」
「いや、そんな、俺如きだし。」
「そんなの向こう次第でしょ?すぐフラれたけど、去年隆太は彼女いたことがあったよね?その子から隆太に近づいてきたんだよね。」
やば、その話って姉貴、目が怖くなるやつじゃん、話逸らさないと。
「古傷が痛むなあ。確かにそんな経験もあったけど、美鈴はあの子とは違ってまともだし。」
「みすずさんっていうんだね。そっか、いい友達のようだね。」
「うん。俺って友達多くないし、少ない友達とは良い関係でいたいし。」
「うーん、向こうもそう思っていればいいけど、隆太と同じとは限らないからね。そこは押し付けちゃいけないよ。」
なんだろうか、姉貴、何か思うところがあるみたいだ。
「わかってる。」
「仮に、もしも、だよ。その子が隆太のこと好きだったらどうするの?」
それはないな。即答できるよ。
「それはないでしょ。だったら、多分ここまで仲良くなってない。」
「そうかなあ。あ、でも、隆太は変なことは考えないし、真面目な子だから、きっと良い友達でいられるよ。折角なんだから、いろいろ考えすぎないで、楽しんでらっしゃい。」
「うん、そうだね、実はそこ前から行きたくて、結構楽しみにしているんだ。」
なんだろう、姉貴、やっぱり何か言いたいこと隠してるよな。
まあいいや。姉貴が言わないってことは、問題ないってことだろうし。
結局なんだかんだで日曜まで姉貴の家で過ごす俺なのであった。
それでも、月曜は姉貴は出勤だし、俺は日曜日に姉貴と早めの夕食を済ませた後、家に戻った。
姉貴は、いいよ、と言ってはくれたが、後片付けもちゃんとしてから帰る。
姉貴に甘えすぎてはいけないと思うからだ。
休日の夕方、鎌倉からの東京方面の電車は結構混んでいるが、この時間になると、空いてはくる。
それでも、電車によっては混むこともあるので、俺は、一番前の先頭車両の位置に並ぶ。
休日、ここであれば大体座れることを知っている俺は、今日も着席することができた。
翌日の月曜日は、明日の準備をしつつ、基本ダラダラと過ごしていた。
久しぶりに四井やサークルのメンバーからメッセージが来て、ちょっと長チャット気味になったりしたので、結構楽しかったかもしれない。
明日、楽しみだな。
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