第2話 サークルの先輩
「高階くぅん!来てくれたのね~!」
俺は、なぜか
今は大学の昼休み、サークルの会合場所として借りている教室の中だ。
しかし、このハグを気にしているサークルのメンバーはいない。
もはや、お約束の風景らしい。
「ちょ、ちょっとももか先輩、晃さんに叱られますから、離れてくださいよ。」
晃さんは、同じコースの先輩。そして、ももか先輩の彼氏なのだ。
でも、晃さんは、陽気に笑いながら俺たちにこう話しかけた。
「ももかは高階がお気に入りだもんな。もう家に持ち帰っちまえよ。」
な、なんてことを!
「そうねえ、でも、これからお家に帰るわけにもいかないから、このあと私と一緒に授業受けようね。」
何すか、そのわけわからない発想は。ダメに決まってるじゃないですか。でも、強く言えないんだよな・・・あ、浅野さんに助けていただこう。
「あの、浅野さん、ももか先輩に理不尽な目にあわされそうです。助けていただけないでしょうか?」
何やら難しい顔をしつつ何人かの先輩と話している浅野先輩がこっちを向いた。
「高階、悪いな。今、俺たちはサークルの街歩き企画を検討しているんだ。波岡はオマエに任せるから、よろしく。」
なんでやねん。
いや、聖地巡り、みたいな言葉が聞こえてきた気がするのですが、ひょっとしてご自分たちの個人的なプランのお話ではないのですか、浅野さん。
先輩に見放され、もはやこれまでか、と思った瞬間。
「そうだ!私、学科の友達と約束があるんだった。高階君ごめんね、今日はバイバイね。」
ももか先輩は、そう言って、さらに、晃さんにウインクをして教室を出て行った。
全くもう、毎度飽きずにしょうがねえなあ。まあ、俺ももう慣れたっていうか、何も感じないんだけどね。
それに、誰も気にしてないじゃねえか。
晃さんも別なメンバーと話してるし。あ、
「サイテー」
やっぱお約束でした。
俺見参→ももか先輩が俺をハグ→解放されると岩村さんがやってきて→サイテーorサイアク、という流れ。
「たまには助けてよ、岩村さん。」
と、とりあえず言って見る俺。
「サイアク」
今日は、サイテーとサイアクがダブルでキター!!
向こうでは、浅野さんたちが、何やら激論になってる。
どの作品の聖地巡りをするかで揉めてる模様。
何なんだよこれ。俺、昼は来ないほうが良いのかな。でも、ももか先輩には、あの時お世話になったし。
*
俺がこのサークルの会員になったのは、GW前、宮下さんと付き合い始めた頃だった。
コースの同期などは、課外活動に興味ないって人を除いて、クラブやサークルに加入し終わっていたと思うが、俺は例の如く、また今度って感じでいたら、出遅れてしまったんだ。仕方ないじゃないか、当時は誰かさんに振り回されてたんだよ、たぶん。ていうか、追いつけなかった俺がいけないだけなんだろうけど。
その日は、宮下さんが友達と約束したというので、フリーな感じだったのだが、ふと気になっていたサークルのことを思い出して、もらったチラシを引っ張り出していた。
「新入会員随時募集中!」とか、ラノベの挿絵みたいなキャラクターが言ってるイラストが描いてある。
しかしなんだ、激論中って。
とか思いつつ、俺は、そこに書いてあった部室を訪ねてみたんだ。
そこには、偶然新入生歓迎週間に説明してくれた先輩と、もう一人の先輩がいた。
説明してくれた先輩は、確か、同じコースの先輩だったと思う。
「すみません、1年生なんですが、まだ募集中でしょうか。」
「ん、あれ?君は俺と同じコースの1年だよね?名前は・・・すまん忘れた。」
「高階です。」
「そうだったそうだった、同じコースの後輩が来てくれるとは思わなかったからさ、あの時のことは覚えてるぜ。俺は
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
そこに、もう一人の先輩が話してきた。
「僕は浅野、
「はい。よろしいでしょうか。」
「もちろん大歓迎だぜ、早速、この入会申込書に書いてもらえるかな。」
「はい、ありがとうございます。」
こんな感じであっさりと入会した。
三橋さんと浅野さんは、その日は、GWの合宿の準備でたまたま部室に来ていたらしく、普段はここには常時メンバーがいるわけではないらしい。幽霊会員も含めると50人以上がいるらしく、部室ではなく、普段は昼休みに教室を借りてそこでミーティングをしたり雑談をしているそうだ。
浅野さんは、
「そのうち君も激論に加わるか?」
とか謎のことを言っていたのだが、三橋さんは、
「浅野、後輩を悪い道に引き込むんじゃないぞ?」
といって笑っていた。
また、GW合宿に関しては、参加希望するならなんとかするぞ、と2人に言っていただいたのだが、GWは宮下さんとの予定が結構詰まっていたので、
「すみません、行きたいんですけど、友人との先約があって・・・夏合宿から参加でもいいでしょうか。」
と恐る恐る言って見たら、浅野さんは、
「そんなこと気にしなくていいんだよ。このサークルはさ、自由なんだよ。それにさ、夏合宿からじゃなくて、明日からでも昼休みに来てくれよ。みんなにも紹介したいしさ。」
こんな感じで、仲間に入れてもらったんだ。
そして翌日、俺は案内の通り昼休みに教室に行き、メンバーに紹介してもらった。
なんか俺みたいな奴でも、居場所にしていいんだなって思った。
浅野さんは数人で本当に何か激論しているし、他にも小グループに分かれて話しているメンバーがいるって状況だったが、時々小グループが再編成されたりと、孤独なメンバーはいない感じで、なんだろうか、緩いんだけど最低限のまとまりがあるって感じだった。
新人は、先輩が声かけしてくれて、常時どこかのグループに入れてもらえるし、勝手に動いても許されるようだった。すげー自由だけど、目に見えない規律というか約束事はあるのだろう。そして、初日から居心地のいいところだった。
でも俺は、宮下さんに嵌り込んでいた時期で、昼休みにも週1回行くか行かないかという感じだった。
そして、宮下さんと別れた後も、急に参加頻度を上げるのもなあ、みたいな感じだった。
でも、夏合宿は参加申し込みをしたんだ。
晃さん、そう、その頃には、俺は三橋さんのことを晃さんと呼ばせてもらっていたのだが、晃さんは俺が参加すると聞いて、喜んでくれた。
それは、夏休みに入ったころだった。
宮下さんにフラれた後でも、俺は淡々と授業を受けて勉強し、前期試験は普通に乗り切れて、手ごたえもよかった。
だが、試験も終わってしまうと、抑えていたものが噴き出してきたような感じになってしまった。
彼女に二股かけられたあげくフラれ、その元カノが二股かけた他方の相手と仲良くしているという事実は、19歳の俺には消化しきれなかったようだった。
目の前をラブラブな感じで通過して行ったこともあったし。
そうなんだよ、俺は、少し後になってから思いだしたかのように急にダメージを受けたりすることがあるんだ。丸山の言った通りになってしまった。
俺は、夏休みに入っても、何もやりたくないなあ、という感じだった。5月病?だっけ、5月の連休明けに学校に来なくなってしまう学生がいるって話を聞いたことがあったけど、こんな感じなのかな。
実家にも行く気が起きない。こんな精神状況だと、母さんと要らぬ衝突を繰り返してしまいそうだし。それに、間に入ってくれる姉貴は、今年は仕事の関係で夏はまとまった連休が取れないらしく、秋のお彼岸には行けるかなあ、という話で、8月は向こうに行けないらしいし。
そんな状況の俺は、他に何もする気が起きず、参加申し込みをしていた8月に行われるサークルの合宿も、キャンセルするつもりだった。5月の合宿は宮下さんに夢中だった時期で、参加してなかったから、今回はぜひ参加したいなと思っていたはずなのだが。
ただ、俺は、合宿係の一員として、合宿前の準備の手伝いをすることになっていたから、それはやらないといけないだろう。
なので、俺は大学のサークルの部室に行ってみた。
合宿係のキャップは、3年の先輩なのだが、今回は都合で欠席らしい。そのため、2年生の晃さんが、そこを仕切っていた。晃さんは、このサークルで唯一の同じコースの先輩でもある。
晃さんは、本当によくしてくれるんだ。前期試験の過去問なんかも、専門科目を1揃い提供してくれた。それほど多くはなかったけど大学の専門科目って高校の教科とは違うから、さすがに同じ問題はでないけど、精神的にすごく楽だった。
まあ、俺は授業は欠かさず真面目に聞いてるし、必要に応じて予習復習はするし、試験ではSを目指して勉強する。別にAで十分だって言う人もいるけど、やるからには満点を目指したいんだよね。
でも、過去問って、あるとないとでは全然違うんだよ。入試の時だって、過去問学習するし、それが合否を分けるってことはよくある。大学の試験だって同じことなんだ。
タハハ、思わず力が入ってしまったけど、もう試験は終わって、学生は夏休みモード、青春真っ盛りだ。俺を除いて。もはや俺は参加することもない合宿だけど、準備の手伝いをするのも、そういった学生のサポートでもしますかって感じだ。
そうそう、うちのサークルは、もともとは理工学部の学生が集まって、研究室に籠ってばかりいないで、たまには野山をハイキングしよう、みたいなメンバーが集まってできたサークルだったらしい。理工学部の学生が主体だったためか、割と地味だったようで、合宿はキャンプ場とか、高原といった場所が多く、海沿いは夏にはいかず、冬に行ったりする。そのあたりの伝統は残っている。
地味サークルではあるが、自由な雰囲気が受けているのか、なんだかんだでもう何十年も存続しているらしいから、「伝統」っていってもいいかなという感じ。
そして、地味サークルらしく、男子が喜ぶらしい水着イベントとかは、公式行事では存在せず、有志で海に行く企画が存在する年もあったり、なかったり、らしい。
今年は、知らない。まあ、あったとしても、興味ないので行かないから関係ないし。
また、普段の活動は、昔は当然ハイキングとかが主体だったらしいけど、だんだんと街歩きのような感じになって、いまは我が町発見、みたいな感じで、街中を散策するのが主体だ。
少し前は、学祭でそんな展示を行ったこともあったらしいが、特に評判を呼ぶこともなく、近年は参加していない。そうだ、アニメの聖地巡りとかもやってるって話だったな。
そんなわけで、学内での活動は、もっぱら昼休みに集まって話すといった地味な感じでもある。
だから、このサークルのメンバーは、伝統的に理工学部の学生が多めで、割とおとなしい学生が多い。
そのため、チャラそうなメンバーはあまりおらず、なぜか俺がチャラ系にされていたりする。何でだよ?とは思っているが、チャラ系扱いしているのは浅野さんと仲間たちぐらいだし、まあ、いいか。
さて、サークル室には、晃さんの彼女でもある2年生の波岡ももか先輩も来ていた。この先輩も理工学部のリケ女である。理工学部でも数学科で、女子率は高い学科らしい。
そして、この先輩は、本当に可愛い人だ。あ、先輩の彼女をどうしようという気はないから、そのあたりは期待しないように。
また、もう一人、1年生の岩村咲さんも来ている。彼女も数学科だ。
しかし、彼女は、俺が気に入らないらしく、何かと因縁をつけるようなことを言って、最後は「もう知らない!」と言って離れていくのがお約束になっている。
何が気に入らないのかはわからないが、強い敵意や悪意も感じないし、てことは将来的に害もないと思うので、そのようにさせている。
でも、それも気に入らないのだろうか、俺のことを「サイテー」だの「サイアク」だの罵ったりもする。まあ、俺にはちょっとした清涼剤だな、と思うことにしている。
俺は、手伝いをしながら、思い切って、晃さんに合宿への参加をキャンセルしたいことを伝えた。
「そうか、残念だな。実家に帰るのか?」
晃さんは、怒ることもなく、静かに俺の話を聞いてくれた。
「いや、そういうわけでもなく、ちょっと調子が出ないので・・・」
サークルのメンバーには、特に宮下さんと別れた話(というか付き合ってた話も、だが)はしていないのだが、晃さんは、なんとなく察してくれたみたいで、
「まあ、今ならキャンセル料も払ってもらわずには済むと思うけど、バス乗ってけばいいんだしさ、体調が悪いなら無理はいけないけど、少し気が乗らないっていう程度なら、取りあえず一緒に行こうぜ、高階。」
という感じだった。
俺が、下を向いてしまうと、今度は波岡先輩がやってきて、俺を鼓舞するように言った。
「高階君、元気出すにはね、合宿が一番!ね、行こう。ほら、咲ちゃんも高階君を合宿に行くように言ってあげて。」
岩村さんは、波岡先輩に言われたからって感じを露骨に出しつつ、明らかな作り笑顔をして、
「最高の合宿にするためにはさ、サイテーサイアクの男も必要と思うんだ、私。何ていうのかな、あのね、そう、ももかさんも参加してって仰ってるんだし、来い。」
とのご命令。なんだ、来いって。それに、とりあえずやっつけで台詞考えましたみたいな。しかも、サイテーサイアクの男って何なのでしょうか。
でも、俺は、救われたような気がした。というか、ここに乗らないといけないと強く思えたんだ。
「晃さん、波岡先輩、岩村さん、やっぱ俺行きたいです、合宿。」
「おう、そうこなくっちゃ。盛り上がろうぜ!」
と、晃さんは力強く言った。
そして、波岡先輩も笑顔だった。
意外に、岩村さんも笑顔だった。当然見栄見栄の作り笑顔だったみたいけど。
当然とはいえ、ちょっと寂しい、かも。
そして、8月の旧盆後、俺は合宿に参加した。
スケジュールを聞いたときに、高校時代まで夏休みは8月までだったから、そんな夏の終わりに、みたいなことを思ったのだが、そもそもうちの大学の夏休みは9月下旬までなんだよね。
そして、旧盆後は合宿先も空くし、何よりもバス代も宿泊代も大きく下がるし、宿も空いてるからある程度の羽目外しを許容してくれるし、みたいな先輩の話を聞いて納得した。
大学生って、大人だなあ、だって、合理的に考えるから、とか思ってしまったよ。
それに、偶々かもしれないけど、今年は8月前半は天気がイマイチだったところ、合宿期間中は天気にも恵まれそうで、よかった。
それはそうと、合宿の話。
うちのサークルは、合宿と言っても好き勝手に遊ぶだけだ。そう、メンバーが集まって楽しく遊ぶっていう感じ。
でも、このライトな感覚の集まりが、俺には心地よかったりする。
集団でゲームをやる集まりがあれば、そこに混ぜてもらえるし、やっぱ伝統ってことなのか、ちょっと遠くにハイキングというようなこともあったりする。また、1人で散策なんてことも、行先さえちゃんと伝えておけば大丈夫。
もっとも、1人で出かけようとしても、
「わー、高階君、どこに行くの?いーないーな、ちょっと待って、私も行くから、あ、晃!ちょっと来て!高階君と一緒に行くよ!絶対行くの!」
っていう感じで、何人かで行動することになるが、それはそれで楽しめる。
ちなみに、一緒に行くと駄々をこねた人は、もうお分かりのように、波岡先輩以外にはいない。この時は、結局、晃さん、波岡先輩、俺、そして岩村さんがなぜか巻き込まれて、一緒に行動した。
岩村さんは、同じ学科の先輩である波岡先輩を崇拝、いや、結構仲良くさせてもらっているらしく、波岡先輩が言うと結構な確率で言うことを聞いている。
この時も、波岡先輩の言いつけで、しぶしぶ俺たちと行動することになったようで、俺に対しては、露骨に<あんたとは一緒に行動したくない>って顔をされてしまったのだけれど、蓋を開けて見れば、何あの滝、凄い!とか、あの花、何と言う花なのでしょうか、綺麗ですね、とか、波岡先輩と一緒になってノリノリだったりする。
晃さんは、そうした女子たちとにこやかに会話しつつ、ついて行くという感じ、俺は、さらに晃さんの後ろを金魚の糞のようにくっついていくという感じだったが、後ろで目立たないようについて行っても、波岡先輩がやってきて、「高階君、高階君、ちょっと来て!あれ見てごらん?」とか結構気を使ってくれて、感謝あるのみだった。
でも、「元気ないなあ、そういうときはね、<僕はももか先輩のことが大好きなんです!>とか大声で叫ぶといいんだよ」とかいうのは、やめて欲しかったです。
ビビって後ろ見たら、晃さんが「うわははは!そいつはいいなあ。おい、高階、叫んでみろ!」とか豪快に笑っていて、俺は、元気をなくすヒマなどないって感じだった。
岩村さんも、「ねえ、高階君、あの滝何て名前なの、え?知らないの?何で調べてないの?全くもうサイアク。」とか、「高階君、あの木の上の方に、セミ止まってるんだけど、ちょっと捕まえてきてよ、なに、何でできないの!大学生にもなっておかしくない?何それサイテー!」とか、ここまでくるともう理不尽を通り越して大笑いになってしまった。
そうすると、岩村さんは「笑い事じゃないの!もう知らない!」って、変な方向に走っていくものだから、迷子になったらやばいということで、捕まえに行ったりと、体力もかなり消耗してしまった。
そうして、異様に盛り上がっている波岡先輩と、カノジョの機嫌が良いので満足な晃さんと、ほんとは楽しかったくせに、わざと渋い顔をしている岩村さんと、疲れ切ってはいるが、満足感いっぱいの俺は、合宿先の宿に戻っていった。
合宿の拠点としている民宿は、毎年貸し切り状態にしてくれているため、夜は、大宴会となる。大宴会といっても、まとまって何かをという感じではなく、小グループがいくつもできては再結成されるようなことが延々と続くようなものだ。芸を強要されることもないし、酒を無理強いされることもない。
もっとも、勝手に裸踊りっぽいことを始める奴とか、先輩の制止も聞かず、一気飲みをして、その後ゴ〇ラと化すメンバーとかもいたりして、かなり自由である。後片付けちょっと大変だけど。
そんな中で、波岡先輩が、やたら俺の近くに来るのは、嬉しいような、でも、ちょっと勘弁してくださいというような感じだった。
波岡先輩は、男子との距離感が独特で、気に入った男子には、やたらベタベタ触ってきたり、腕を組んできたり、手を握ってきたり、さらにはハグしてきたりするので、結構驚かされた。まあ、事前に少し聞いていたんだけど。
かといって、晃さんとは仲良くしているが、あまりベタベタしている感じはなく、2人が付き合っていると知らない人は、恋人同士だとわからないのではないかなという気さえした。
そう、その気に入った男子というのは、この合宿では俺だったようだ。あ、波岡先輩は男子には誰でもそうするわけじゃないんだぞ。痴女とかではないからね。
なんて、思ってたら、
「きゃー高階君だ!捕まえたっと。」とか言いながらハグしてきたり、
「私、高階君が気に入ったの!隆太くんって呼んでもいい?」
とか、手を握って見つめながら言うものだから、俺は都度、
「晃さんに叱られます!勘弁してください!」とか、「もう許してください!」とか言って逃げ回るのだが、晃さん、しっかりチェックしていて、叱られると思いきや、
「わははは、高階、ももかに喰われちまえよ!」
とか、むしろ上機嫌で波岡先輩を煽る始末。でも何それ、ほんとにいいんですか?
それでもって、俺は結局波岡先輩につかまってしまい、頭をなでなでされたり、波岡先輩で膝枕するように強要されたり、そのうち波岡先輩は酔っぱらってきたらしく、
「隆太君、2人だけでこっそり向こうのお部屋に行ってお話ししない?」
などと上目遣いで言ってくるという超ド級の破壊力を示してくるとか、もうサイアクじゃなくて災厄寸前のような状況で、あなた彼氏持ちでしょ、そんなこと言っちゃダメでしょって思ったけど、先輩にストレートに言うわけにもいかなくて、子供につかまった昆虫のごとくバタバタしてたのだが、波岡先輩は、小さい体ながら何故か力があって、俺を強引に引っ張って行こうとする。
俺は、とにかくヤバいと思って、
「波岡先輩、お願いですから許してください!」
とストレートに言ってみたのだが、波岡先輩は、俺の渾身のお願いをわかってくれたのか、立ち止まると、こういった。
「もう、隆太君は照れ屋さんなんだから。そうね、私のこと、ももかって呼ぶんだったら、許してあげよっかな~」
もう選択の余地なし、そう判断した俺は、
「わかりました、ももか先輩!解放してください!」
って言ってみたのだが、
「きゃー、嬉しいな隆太君、ももかって呼んでくれるのね!」
とか言いながら抱き着いてくるって、先輩、それ詐欺です。許してくれないじゃないですか?まあ、結果はわかってましたけど。お約束、ってやつなんですね。
他方、岩村さんは、とっとと女子部屋に行って寝てしまったらしく、晃さんは「ぐおー」と豪快ないびきをかいて宴会場となった部屋の隅で寝てるという状況、先輩方も面白がって見てるだけだし、浅野さんなんか、「高階、波岡に持ち帰られちまえ、わははー」とか勝手なことを言う中で、俺は隙を見て逃げだし、男子部屋の1つになんとか避難して、難を逃れた。
しばらくの間、「りゅうたくぅん、出ておいで~♪」とか変なメロディに乗せたように、呟きながら廊下を徘徊する妖怪・・じゃなくて天使の声が聞こえてきた気もするが、それは、恐怖ゆえの幻ということにしておく。ガクブル。
でも、何だろうか、このカオスな状況の中で、俺は憂鬱な気分が消えていることに気がついた。
翌朝、二日酔いの先輩もいたが、ももか先輩も晃さんも、昨日のことはなかったかのように爽やかな表情だった。それで、俺は、昨日の出来事は、ひょっとして
いや、実は、<波岡先輩、おはようございます>って言ってみたら、どうなるんだろう、わくわく、とか思ったりしたのだが、多分それはやらなくて正解だったと思う。
多分、大多数のメンバーの面前でハグ攻めの刑とか喰らうだろう、うわ、マジ勘弁。
そんな感じで、結構良い気分で合宿から帰ってきたのだが、俺は疲れもあったのだろうか、夏風邪をひいてしまって、数日寝込んだ。そのため、長野には帰らずじまいだったが、それはそれでいい。
母さんには、「サークルのイベントの手伝いをするので、今年の夏はそっちに行かない」と嘘八百の理由とともに伝えたら、あっさりと「そう、わかった」とのことだった。もちろん、母さんには体調のことは言っていない。
姉貴によれば、父さんと母さんが継いだ会社は、業績は良いらしいのだが、2人とも多忙らしいので、俺が行っても邪魔だろうし、特に母さんはイライラするだけになってしまってもいけないので、まあ、行かないことも親孝行ということにしておこう。
こっちで大学生させてもらって、元の家に住まわせてもらってるわけだし。
そこは本当に感謝してる。
一方の姉貴の方だが、姉貴には何かと世話してもらってるし、病気とか言うと心配して駆けつけてきてくれるのは間違いないので、俺は黙っていた。
体温も一時39℃を超えたし、体調は結構きつい状況だったが、俺は精神的には完全に元気を取り戻せたから、全く弱気にならなかった。そう、俺には、優しい先輩と厳しい同期という仲間がいる。
姉貴を頼らなくても大丈夫だ。
でも、俺は、ももか先輩にべたつかれて、まあ、身体は少し反応しかけたような気もしなくはないが、少なくとも恋愛感情のようなものは全く出てこなかった。
そうなんだ、恋愛するという気は、全く起きなくなったと自覚したんだ。いや、もともとそうだったのかもしれないけど。多分、そういう体質?性質?なんだろう。
でも、いいんだ。恋愛なんてそんなものいらねえ。俺には仲良くしてくれる先輩や友達がいるんだから。
俺は、数日自宅のベッドに横たわりながら、そんなことを考えていた。
合宿後、数日間寝込んだ後は、俺は完全に復活し、サークルの先輩や仲間たちと遊びに行ったりもした。これは、あまり付き合いが良くなかった俺を心配してくれた晃さんが、
「そういうのはさ、最初だけでも行くといいぞ。面倒かもしれないけどさ、行って見ると案外楽しいもんだよ。それに、断ってると、高階は誘っても行かないから、誘わないって仲間外れになっちまうし。俺はそんな寂しい後輩を見たくねえんだよ。」
こんな感じで、アドバイスしてくれたので、乗ってみたんだ。
合宿で疲れているなんて発想はないんだな、大学生は。地味サークルと思ったけど、結構みんなパワフルだ。
遊びに行くところは、都内の名所めぐりとか遊園地で遊ぶとか地方出身の学生の定番みたいなものだったが、苦手な飲み会主体ではなくて、昼間の遊びだったし、結構楽しかった。
まあ、遊びに行った後の飲み会は、そこそこ楽しかったってところかな。
俺は、東京育ちだけど、あまり行ったことがないところもあって、新鮮な気もした。
また、ももか先輩も、俺にハグすることもなく、俺に笑顔で接してくれていた。
誤解してる人も多いみたいだけど、この人、基本的に天真爛漫なだけで、エロさがない。そう、恋愛感情みたいなものを感じないんだ。それも、なんだか心地よかった。
へたにお礼すると、ハグ攻めの刑とか喰らいかねないし、言いませんけど、ももか先輩、ありがとうございます、と俺は心の中で感謝した。
サークルとは違う話ではあるが、その頃、俺は自動車教習所にも通い始めた。こっちで暮らしてると、自家用車の必要性を感じないのだが、ちょっと郊外に住んだりすると、自家用車がないと結構不便らしい。
埼玉の奥の方に実家があるというサークルの先輩が実体験として教えてくれた。
そして、長野の両親も、仕事だけでなく買い物とかでも結構自家用車を使っているらしく、親父に電話で話したら、長野に帰ってきたときに運転手してくれるのはありがたい、とか言って、教習所の費用を出してくれることになった。父さん、ありがとうございます。
それで、俺が行くことにした自動車教習所は、俺の自宅の最寄り駅から電車で一本でいける、駅近のところだった。
そこは、丸山が通ったところでもあった。あいつは、うちの大学を第一志望にしていた私大専願だったから、2月の前半には進学先が決まり、その時点で即自動車教習所に通い始めていたらしい。その時期はそういった若者で多少混雑するみたいだが、それでもアイツは、4月には運転免許証を手にしていたんだ。
そして、丸山の推薦もあって、俺はその教習所を選んだというわけだ。
一方、勉強の方も再び意欲が増してきていた。
9月になると、俺は、前期から後期も続く授業の復習をしてみた。授業は真面目に出ていたし、前期試験も結構よかったはずだが、宮下さんとの関連で勉強に身が入らず、理解が不十分だった箇所がある。そういったところを再確認できた。
また、得意でもあり好きな数学系の授業のテキストの問題を解いてみたりもした。
そう、このコースは普通の経済学科とは違い、事実上経済工学科か、実業界を題材にした情報工学科、といってもいいようなものなんだ。
経済学部にくっついているのは、設置されたのが結構前であるため、学内の様々な力学とか文科省の意向とかが関係しているらしいが、詳しいことは知らない。
そして、このコースは経済学科とは別募集になっており、入試科目も数学が重視されているから、理系志望者も受験しやすいというか、理系志望者をターゲットにしているとしか思えない入試だったりする。
だから、受験は理数捨てて英国社の3科目に命かけてました、みたいなド文系学生には仮に合格しても絶対無理ってカリキュラム。とにかく1年次から、数学、数学、数学。
俺は高校では理系で数Ⅲまでやってたし、学年でもTOP集団に食い込むくらいの得意科目だったから、その延長で行けているようなところはあるけど、高校で文系だった奴とかはかなり辛いのではないだろうか。一応、数Ⅲを履修していない学生向けの授業も選択できるので、文系高校生だった人でも大丈夫ってことになってるけど、どうなんだろう。
だから、経済学部の理系コースとも言われているのは、間違いではない。入試も数学必須は当然で、しかも配点が高いから、理系か国公立大志望者でないと厳しい。いわゆる私大文系3教科型に特化した受験生ではそもそも無理だろう。
まあ、俺も、入ってからやりたいことも、入試科目も、行きたかった情報工学科に限りなく近いじゃないか、と思ったから志願して合格し、ここにいるわけだ。
少し横にずれたけど、俺は、ベストの状態で、後期に臨むことができた。
こんな感じで、友達もできたし、サークルでも居場所を作れたし、勉強も順調だし、これ以上何も望まねえよって思っていた。
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