第1話 親友みたいな友達

 2コマ目の授業が終わった時、俺はふと思った。

 あの「終わった」から約半年。もう晩秋かあ・・・。あれは夢みたいなものだったのだろうな・・・。


「ねえ、隆太、ちょっとちょっと。」

 俺は我に返る。

「なんだよ美鈴、次も授業あんだよ、手短に頼む。」

「何いってんの?昼休みじゃん。ぼーっとしてるから声かけてあげたんだよ。感謝しなさいよね。」

 こいつは、野中美鈴。同じコースの同期だ。

 後期になってからよく話すようになって、まだそんなに時間は経ってないはずなんだけど、何故か昔からの友達みたいなノリになっているんだ。

 あ、こいつなんて言ったら女子に失礼かも、なんだけど、こいつは女子枠というより親友枠なので、いいんだよ。数少ない親友枠なんだぜ、丸山とこいつ。

「そいつはどうもありがとー。声掛けてくれて。」

「全くもう。心にもないってバレバレじゃない・・・。そんなんじゃなくてさ、折角授業早く終わったんだよ?早くカフェテリア行こうよ。」

「ん?今日は女子の皆様と一緒じゃないの?」

「あんたがいつもボッチだから誘ってあげてるだけじゃん。何よ、私とじゃ嫌だっていうの?」

「何その脅し・・・いや、わかった、わかったから。一緒に喰おうぜ。何だよ、人生相談か?」

 俺は、正直に言うとあまりその気はなかったんだけれど、ファイティングポーズに変わった美鈴に怯えつつ、押し切られてしまった。

 コイツとの関係は、押されて、ちょっとだけ反発を見せるけど、やっぱり押し切られてしまうっていうのがデフォルトになってるな。

 なんだよ、美鈴、その可愛いなあ、とでも言いたげな表情は止めてくれよ。弟じゃないんだから。

 でも、言うことは結構厳しかったりする。

「あんたに相談なんてあるわけないし。」

「はいはい、わかりました。」

「先に行って席とっとくね。早く来てよ?」

「よろしく~」


 美鈴は、ショートボブの髪が少し伸びた感じで、いつもダボっとした服装の眼鏡女子だ。で、一見とろそうな感じにも見えるが、行動は結構早い。前にその旨を伝えたら、

「あんたにとろいって言われる筋合いだけはないんだけど!」

 って怒られてしまった。なんでだよ。

 まあ、何でも話せる貴重な友達だからな、悪く言ってるつもりはないんだけどね。

 このように美鈴と仲良くなったきっかけは、後期が始まって少し経った頃、コース指定の授業前だった。


 *


「横、空いてる?」

 と、女子学生の声。

 誰だろう?と思ったら、野中美鈴さんじゃないですか。

 他にも空いてる席は、前の方にもあるみたいだけど、まあ断る理由はない。

 関係ないけど、いつものだぼっとした感じの服装で、なぜかちょっと安心。

「あれ、野中さん、珍しいね。」

 と、俺は不愛想なのもなんだかなと思ったし、俺如きに同じコースの女子が話しかけてくる機会も多くないから、少し笑顔を作りつつ、野中さんを見上げて言った。

 すると彼女は、

「珍しいって何?私はこの授業さぼったことないけど。」

 と、俺の横に座りつつ、ちょっとむっとした顔で言っている。

 あの、俺まだ返事してないような・・・意図も伝わってないし・・・でも、まあ、いいか。

 彼女は、かつて俺が宮下さんと別れた直後にカラオケに誘ってきた女子のうちの1人だ。

 ちなみに、俺が行かないと知っても、がっかりしなかった方だった。どうでもいいけど。

「いや、そういう意味じゃなくて、俺の横なんて珍しいっていう意味。」

「たまにはいいじゃん。っていうか、何、嫌なの?」

 さらにむっとした表情を強めて俺を問い詰める野中さん。

 話聞いてくれないよ・・・でも、不思議と不快感がなく、むしろ楽しい感じ?

「何でそういう発想になるんだよ。大歓迎はしないけど、歓迎くらいしてるぞ。」

「どこが。」

 俺たち2人の会話を聞いて、周りの女子学生がクスクスと笑っていた。

 そして、2人の掛け合いは、教授が入ってきたため、中断した。


 授業が始まって少し経った頃、スマホが軽く震えた気がした。俺は授業中に音を出すようなヘマはしないのだが、基本的に常時マナーモード、しかも最小限の反応になっているので、気が付かずにいて、後で送信者に怒られたり呆れられることも結構ある。

 しかしこの時、俺は、珍しく気が付いた。そして、野中さんだなとピンと来てスマホを確認する。

 <四井君、フラれたって>

 同じコースのメンバーとは結構メアドとかSNSのIDを交換したけど、俺はあまりそれらを使っていなかったし、野中さんのメッセージは、久しぶり、いや、こんな感じでのやりとりは初めてかもしれない。

 俺は、彼女をチラ見する。しかし、彼女は授業に集中している?いや、集中しているふりだな、これは。両手が机の下にあるしバレバレじゃないか。

 ったくもう。と思いつつも、返信を書いてやる。

 <ふうん>

 野中さんからの返事は瞬間であった。

 <何そのつまらない返事>

 俺も即反応する。

 <興味ないし>

 すると、

 <じゃあさ、お昼一緒に食べよ>

 何だそれ、じゃあさって。それに、お昼って。全然関係ないだろ?

 でもまあ、たまにはいいか。

 と思った俺は、

 <よろこんで>

 と、心にもないことを書いて返信した。まあ、おふざけだな。

 でも、ちらと野中さんを見ると、彼女が俺に微笑みを返してきたことを認識した。

 まあ、よかったかな。さて、授業に集中しないと。


 授業が終わり、昼休みになった。

 会話を「再開」する。

「私3コマ目ないんだよね、高階くんは?」

「同じだよ。同じコースだと、どうしても時間割は似るよな。」

「そうだよね、じゃあ・・、外でランチしよっか。」

「うん・・、それもいいね。」

 なんか、お互い慣れてないような感じの会話だったけど、流れに乗ったような感じで進むのが不思議だった。

 よくよく考えてみると、俺、野中さんと友達だったっけ?とか思いかけたのだが、ランチで予想外に盛り上がり、俺たちはその後、学内に戻り、喫茶コーナーとなっているカフェテリアに場所を移動して会話することにした。

 女子と2人だけど、別にいいよね?普通だよね?クラスメートだし。それに、これだけ話したってことは、すでに友達だったってことでいいよね?

「さっきは混んでたし、知ってる顔もあったから、当たり障りのない話しかできなくて、言えなかったんだけど、あ、ごめん、さっきはさっきで楽しかったんだけどね。」

「いや、美鈴さんとあんなに盛り上がると思わなかった。」

「私も、隆太くんがおしゃべりとは知らなかったよ。」

 女子を名前呼びすることなんてあんまりないのだけれど、美鈴さんに関しては、なんとなく名前呼びの方がしっくりするような気がしたんだよね。

 女子から名前呼びされるのもあまりないけど、こちらもなぜか自然な感じ。あ、サークルの波岡ももか先輩は俺のことを隆太君って呼んでいた時期があったけど、あの先輩はいろんな意味で普通じゃないし、例外でいいや。それに、最近は高階君に戻ったし、ますます問題ないはず。

 ちなみに、俺も波岡先輩に戻そうとしたけど、滅茶苦茶悲しい顔されてしまって、仕方なくももか先輩と呼び続けるって約束させられたけど、例外ですよ例外。

 ちなみに、ももか先輩とは・・・あ、今はそれ関係ないからまた今度ね。

 で、会話は続く。

「悪い、しゃべり過ぎたか?」

「嫌だったら、ここにはこないでしょ。そういう話じゃなくて、四井君と弥生の話。」

「興味ないとか書いたけど、聞こうか。」

「全く、素直じゃないんだから。でね、どうも四井君が一方的に弥生にフラれたっぽいんだよね。」

 まただよ、とでも言いたげな表情で話す美鈴さん。

「そうなんだ。そういえば、前期の終わりごろだったかな、四井と宮下さんに頻繁に遭遇する日があってね、まあ、頻繁に遭遇したのは、単なる偶然だろうけど、その時の2人の雰囲気に、何か変だなあ、と思ったことを思い出した。」

 違和感を感じて、ではなく、言葉を選んだ。まだ、お互いに理解してない相手に混乱させてもいけないし。

「そんなに前からか。そうなんだね、予感的中ってことか。」

 おお、少し緊張してきた。俺は、自分の方に話が飛び火することを警戒している。だって、俺は、違和感の原因は、自分らしいことにすでに気が付いているから。

「別に予言したわけじゃないし。」

 しかし、美鈴さんは、そのあたりはスルーして言う。

「でも、弥生って何なのだろう。男をとっかえひっかえみたいな。」

 さすがにそこまでは言えないじゃんか。駄目だよ、悪口は良くないよな、と思った俺は彼女に言う。

「美鈴さん、そんな言い方良くないよ。俺と四井の2人の他にいるわけでもないし。いや、そのあたりは想像で言ってるだけではあるんだけどね。それに、そもそもさ、俺たちはまだ若いんだしさ、恋人同士が別れることなんて珍しくないのじゃないかなあ。」

 対して、美鈴さんは、

「ていうか、隆太くんって、弥生のこといつも庇うよね。まだ未練あるの?カッコ悪。」

 と、ちょっとご機嫌斜めな感じで言った。

 いつもって、2度目だと思うけど。でも、そこはまあ、いいでしょう。

「何だよそれ、未練なんてある訳ないじゃん。」

 これは、本当に本心なのだが、

「嘘だね。」

 と、探るような目の美鈴さん。何で嘘とか言うのかなあ。

「何でだよ。どうしたんだよ?」

 俺は、素直な気持ちをそのまま言葉にした。

 美鈴さんは、少し可笑しそうな顔になり、

「あのさ、隆太くんって、もしかして弥生とより戻す気あったりするの?」

 そうか、この辺りが話したいところなんだな、と俺はようやく察する。

「微塵もないけど。でも、何でそう思うんだよ。」

「だって、弥生、隆太くんのことよく見てるし。隆太くんだって気が付いているでしょ?」

 そこストレートで言ってきたか。まあ、わかってはいたけどさ。でも、美鈴さんには言わないほうがいいだろうな。

「俺が見てるわけじゃないし。それに、何かの間違いじゃないの?確かに視線はたまに合うけどさ、そうそう、俺、美鈴さんとだってたまに視線ぐらいあうぞ。」

「嘘ばっかり。私たちがこうやって仲良く話せるのだって、お互いに今日初めて知った気がするんですけど?」

「あはは、そうでした。でも、少なくとも宮下さんと縒りを戻す気は200%ない。」

 本心だから、自然と力強く言える。

「隆太くんの気持ちは良くわかった。信じるよ。でも、気を付けなよ。」

「ああ。ありがとな。」

 恋愛に関しての言い合いみたいな内容の会話だったけど、最後の方は、2人の間を、何だろうか、穏やかな雰囲気が流れていく気がした。

 そんな雰囲気に加勢されたのだろうか、

「ねえ、たまにはさ、こんな風にお昼一緒に食べたり、話したりしない?」

 唐突に、遠慮がちに言う美鈴さん。

 俺は、それ、いいね、と思った。

「ああ、それいいな。楽しそう、うん。あと、メールとかメッセージとかも気軽に送ってよ。俺も送るからさ。さっきの授業中のやつ、結構楽しかったし。」

 と、彼女に伝える。

 すると美鈴さんは、すごい穏やかな、そう、年下の男の子に対するような微笑みを見せつつ、

「よかった。ほんとに隆太くんは優しいよね。」

 と返してきた。優しいのかねえ・・・。

 それはいいのだが、俺は、ちょっと不思議な感じがしてたので、思い切って言ってみた。

「怒らないでね、何というか、美鈴さんっておねえさんっぽいっていうか・・・」

 すると、

「・・ふふ、そんなこと言われたことないんだけどな。浪人とかしてないし。そうねぇ・・・、長女だから、かな。年が近い弟もいるし。」

 なんと。俺は、弟さんと同じレベルっていうことでしょうか。

「どうせ童顔だし。」

 対して、優しい表情をした美鈴さんが言う。

「そういうこと言うから、可愛いなって思っちゃうんだよ。そうそう、頭撫でてあげたくなっちゃうんだよね。」

 とっさに頭を押さえてしまう俺。あ、叩かれるわけじゃないか。

「いや、そういうのちょっと恥ずかしいよ、来年には二十歳になろうって男子には。」

 俺が叩かれると思ったなどとは思いもせず、可愛い男子が照れてるとでも解釈したのか、ご機嫌な顔の美鈴さん、なのかな。

「でも、隆太くんって、落ち着いて見えるけど、実は外見通り子供っぽいからなあ。それでいて、恋愛経験は豊富という珍しい存在だよね。」

 はあ・・・恋愛経験豊富って何でしょう。宮下さんとの短い経験しかないのですが。まあ、期間は短いけど、濃い経験だったといえば否定はできませんけどね。

 と思いつつ、

「まあ、憧れとかは別として、一応恋愛経験は1回だけだぞ。豊富じゃないし。」

 と、思わず力説してしまった俺。

 それを聞いて、ちょっと可笑しそうな顔で、

「そういうとこもだよ、ムキになっちゃって。でも、何となくだけど、何故弥生が君を好きになったの、わかる気がするんだよ。あの子とはあんまり仲良くないんだけどね。」

 と、最後の方は目が笑ってない状態になった美鈴さん。ちょっとコワ。

「まあ、そのあたりはわかってるつもりだけど、仲良くしようという気はないのかもしれないけど、喧嘩はやめようぜ。」

「あはは、喧嘩はしないって。弥生も私もお姉さんですから。」

 ここは調子に乗って、お姉様、とか突っ込むとヤヴァイところだよな。

 でも、宮下さんと違って、美鈴さんって緊張感なく話せるからいいね。


 ・・・こんな始まりだったから、仲良くなるというか、お互い無遠慮になるのも早かった気がする。


 *


 話は今に戻る。ここは大学のカフェテリア。

 授業が気持ち早く終わったためと、美鈴に先に席を確保してもらったので、余裕でランチしている俺たち2人である。

「隆太さあ、四井君と最近友達やってるんだって?」

「ほえ?だって同じコースだから、話す機会だって多いし。」

 俺は、ランチセットを食べながら話している。

「私はほとんど話さないよ。泥棒猫?とは男には言わないか。んー、なんていうのかな、人の彼女掠め盗るような輩なんて、友達にしたくないものじゃないの?」

 笑いを取りに来たのかと思いきや、結構マジな発言のようだ、うーん、友達を悪く言って欲しくないなあ。

 と思った俺は、ちょっと言いにくかったが、

「四井は友達なんだ。友達のこと、悪く言わないでほしい。」

 と美鈴に伝えた。

 美鈴は、びっくりした表情を見せて、

「あんた、バカなの?弥生庇うだけでもありえないのに。」

 と、酷くねえか?と言いそうになるようなことを言ってきたが、

「ん、そうかな?」

 と流す。すると、

「違うでしょ!っていうか、あんたさあ、何で四井君と仲良くなれるの?」

 焦ったような、驚愕したような感じの美鈴だ。マジだ。そっか、でも、俺の気持ちはちゃんと説明・・は難しいなあ、でも、わかって欲しいな。

「友達になるのに、理由なんて考える必要あるのか?じゃあ、何で俺は美鈴と友達になったのか、400字以内で論じないといけないのか?」

「なんで400字レベルなの?せめて1200字の小論文でしょ・・・じゃなくって!ていうか、隆太、優しすぎだよ。怒らなきゃいけないことには、怒るべきだよ。」

 そうか、美鈴は俺が人が良すぎるって、言いたいんだな。いつも心配してくれて、ありがとうな、と思ったが、やっぱハズいし、それは言えねえ。

「四井に怒る理由はないんだけどなあ。どうしてもというなら宮下さんに怒るか。怒ってないんだけど。それに、宮下さんとは仲良しの友達になろうとも思ってないからな。」

「そ、そうなんだ。いやさ、あんたが弥生とよりを戻したって噂があってね、ちょっと心配してたんだよ。あの男にだらしないビッチの毒牙にかかったんじゃないかってね。」

 そこまで言わなくてもいいんじゃないんかな。それに、美鈴に似合わないよ、そんな汚い言葉。

 それに、宮下さんだって、俺にはもはや関心ない人物でしかないけど、勉強とかも精一杯頑張ってるんだし、それに、同じコースの同期だぜ。

「宮下さんは同じコースの同期だし、より戻す気は全くないとはいえ、一時は付き合った元カノでもあるんだ。あいつをそんな風に言って欲しくない。そんなことよりも、特に俺なんかと仲良くしてくれてる美鈴にはさ、美鈴は大事な友達だし。そう、大事な友達には、そんな汚い言葉を使って欲しくないんだ。」

 それを聞いて、一瞬優しい表情を見せたものの、すぐにまた厳しい表情を見せて応える美鈴だった。

「そっか・・。安心した。でも、やっぱり弥生は許せない。」

「もちろん、美鈴の好き嫌いはわかってるから、仲良くしたら、とまでは言う気はないけど、宮下さんだって家庭的な側面とかさ、いいところはあるんだよ。まあ、恋愛依存的なところはあるのかもしれないから、そこで利害関係の対立が発生する場合もあるのかもしれないけど。」

 それを聞いた美鈴は、なぜかちょっと切れた。

「あんたを巡る利害関係の対立なんてある訳ないし!」

 そこまで切れるってことは、何かあるんじゃね?

 でも、何それ?わけわからないんですけど。

「へ、何で俺を巡る利害があんの?」

「あはは・・・そうだね、ごめん。それに、さっきはさりげなく私にも気遣ってくれる話してくれて、ありがとね・・・。」

 と話したところで、ちょっと詰まるも、何か誤魔化すように続ける美鈴だった。

「あれ、ひょっとして隆太、私にホノ字かな?」

「実は俺、お前のこと・・なわけないだろ。っていうか、そもそも、当分恋愛は遠慮しておきたい気分なんだよね。」

「そっか。そうなのね。なら、私も仲良くしてあげるからさ。」

「ありがとー。美鈴に彼氏ができるまででいいからよろしく。あ、それはまずいか。それなら永遠の友達になっちゃうよな。」

「・・隆太、殴っていい?」

 マジか、とりあえず防御、ということで、さっと頭をガードしてみる。

 それを見て、美鈴は可笑しそうに微笑んだ。いや、あれは絶対可愛いなあって思ってやがる顔だ。

 でも、四井と友達やってるのって、そんなに変かなあ。


 *


 あれは、美鈴が初めて俺の横で授業を受けたころのことだった。


 その日、全ての授業が終了し、帰ろうかなと思ったところで、四井から声を掛けられたんだ。あの頃の四井は、宮下さんと別れた後だったのだけれど、コースの連中に裏でいろいろ言われていて、結構へこんでいたような気がする。

「高階。」

「おう、四井。どうした?」

「ちょっと話さないか。」

「わかった。」

 その頃の俺は、宮下さんとの別れは完全に過去になっており、四井のことも特段普通のクラスメート的な位置づけのままで、悪い印象とかはなかったんだ。

 そして、俺たちは、カフェテリアで飲み物を調達し、席に座った。

 あれ、前のゴールドっぽい髪色からアッシュブラウンにマイナーチェンジ?そんな髪色の四井が話し始める。

「ふられちまったよ。」

 俺に言ってくるか、それ?とは思ったが、

「そうか。」

 と短く返す。四井は、

「知ってるよな?」

 と言ってきた。

「まあな。でも、他人のプライベートな話だし、積極的には話す話題ではないし。」

「同じコースの連中が俺のことボロクソに言ってるらしいからな。自業自得とかそれ見たことか、とかな。ははは、その通りだけどな。笑ってくれよ。」

 美鈴さんの話だと、そんな感じだったよな。と思いつつ、俺は応える。

「笑わないよ。そう自分を卑下するなよ。お前、宮下さんのことほんとに好きだったんだろ?振ろうが振られようが、別れはつらいに決まってる。そんなお前の傷口に塩を塗るようなことなんてできるかよ。」

 え?という顔をして俺を見る四井。結構イケメンだなお前。

「何だよお前、俺は恋敵じゃないか。何で?」

 恋敵か。そうなのかな?確かに、世間一般的にはそうなのかも。でも、そんなことを思ったことはないんだよね。

「何で、も何もないよ。恋敵?とっくに終わった話をいつまでも根に持つ気はないぞ。それに、俺が宮下さんと別れたのだって、宮下さんが俺を振っただけの話だぜ。」

「それはそうかもしれないけど・・・、好きな女俺にとられたんだし。普通もっと怒るものじゃねえの?」

 イケメンは、きょとんとした顔をしてもイケメンだな、うん。

 おっと、イケメンはどうでもいいんだ。

「そうらしいんだよな、巷では。好きな女か・・・今となってはよくわからないのだけど、お前の宮下さんを好きと言う気持ちが少なくとも俺より大きくて、それで宮下さんが決めたんだから、怒る話ではないと思うんだけど。」

 と、とっくに気持ちが整理できている俺は、さらりと言った。そもそも好きってどんな感情なんだろうな、という思いはあったが、主題ではないのでスルー。

「まじかよ。そんな風に言ってくれると、多少は気が楽になる。高階って個性的な考えの奴とは思ってたけど、そうか、そうなんだな。」

「個性的、か。そうかもな。」

 それを聞いて、ふっと笑うような表情になる四井だが、表情を引き締めて俺に問うてきた。

「まっすぐ聞くぞ。お前、弥生と今どうなってるの?」

 なるほど、四井は、宮下さんが俺に未練があるって思っているのだな。

 少なくとも俺よりは長く宮下さんと恋人関係であったから、仮に俺より感受性が低くても、そのあたりは気づいていても不思議はない。

 そうか、四井は、フラれた原因が俺にあるかもしれないと疑っているんだな、そう、俺が宮下さんを取り返したって。縒りを戻したのではないかと。

「どうって、別れたきりだけど。その後電話とかメールとかすらしてないし。」

「本当なのか?」

「本当だよ。別れた女に未練はないし。」

 だって、それが真実だからさ、と思いつつ、俺はそう言った。

 対して、ほっとしたような表情を見せる四井だった。

「信じるよ。しかしお前、案外淡白だな。お前みたいになかなか割り切れないけどな、俺は。」

「同じじゃないかな、その辺は。別れた後、少ししてからだけど、もやもやした気持ちでいっぱいになったよ。付き合ってた期間は四井よりはずっと短かったけど、はい終了!次、っていうのは無理だということはよくわかるぜ。」

「面白いこというな、お前。何だろう、少し気が楽になった。淡白なお前ですらそうなのなら、俺はその倍以上モヤるのが当然だよな。」

 そっか、四井も傷心の状態なんだろうな。

「そんなことでマウント取るなし。フラれブラザースなんてやらねえぞ俺は。」

「わはは、なんだよそれ。ん、でも、弥生にフラれブラザーズか。面白い。」

「面白くねえよ。まあ、お前が元気なようでよかったよ。」

 四井は、それを聞いて、神妙な顔で言った。

「悪かったな。初めは知らな・・・いや、言い訳にもならねえか。弥生を横取りしてしまって悪かった。今更ってわかってるけど、ずっと言いたかったんだ。」

 そっか。四井はずっと気にしてたんだな。あいつは、宮下さんの身持ちが自分から離れていくのをわかっていて、それが苦しくて、俺に同じような気持ちにさせたって思ったのかもな。でもさ、そんなの、若いんだしさ、お互い様というのか、青春の1ページでいいんじゃねえの?

「どうしたんだよ。さっきも言ったけど、もう過去の話だろ?気にすることないぜ。それに、決めたのは宮下さんなんだぜ。それにあんとき、そう、宮下さんから別れを切り出されたときに俺もあっさり認めてしまったし。誰も悪くない。」

 四井は、本当に安堵したって表情で言った。

「そういってもらえると、ほんと、正直気持ちが軽くなる。」

 この件に関しては、四井は後悔が大きいらしく、同じようなセリフを繰り返している。

 いいんだよ、本当にお前のことを恨んだりはしてないんだ。

「何言ってるんだよ。同じコースの仲間じゃないかよ。それに、そうだ、良かったらまた話そうぜ。俺ってっさ、あんまり友達いないから。」

 それを聞いて、四井は噴き出した。

「わはは、そんな風には見えないけどなあ。サークルなのか?女の子とよくヘラヘラしながら話してるじゃないか。クラスの野中とも最近よく話してるみたいだし。でも、まあ、それも面白そうだな。また話そうぜ。メールも送らせてもらうよ、あ、うざくない程度に。」

「ああ、お気軽に行こうぜ。」

 なんだろう、俺は四井と話せて、本当に良かったと思った。これをきっかけにして、仲良くなれたらいいんだけどな。

 でも俺、友達は女子ばっかりってみんなに思われてる?


 *


「・・・ということがあって、その四井ってやつと最近友達なんだけど、それって変なのかな?姉さんはどう思う?」

 鎌倉の姉貴の家で、夕食をとりつつ、俺は姉貴に報告している。

 この頃の俺は、一部を除いて、何でも姉貴に話していたから、当然のように四井との関係のことも話していた。

「よく友達でいられるわねえ、というのが一般的な感想だろうし、隆太でなければ私も同じように思ったと思うんだけど、隆太だからねえ。」

 と、姉貴は微妙な表情をしつつ、応じる。

「変かなあ。でも、四井って、結構いい奴なんだよな。確かに女の子のことでは競合することになってしまったけど、それ以外は何というのかな、自分が自分が、という感じではなくて、相手のことをちゃんと考えているし、本来は友達思いで、誠実さのようなものを感じるんだよな。」

 姉貴は、さらに優しい顔つきになって言った。

「隆太はいつもそうだったよね。ちっちゃいころ、あなたは弱くて、友達と喧嘩して負けて、すぐおねえちゃーん、って泣いて家に帰ってくるけど、私が、相手をとっちめてやる、とか言うと、また泣きながら、その子の良いところを並べて、やめてくれっていってたよね。」

「そんなこともあったかな。」

「うん、でもね、おねえちゃんは、そういうの良いと思ってるよ。今も。」

 <おねえちゃん>か、懐かしいな。なんか落ち着く。

「姉さん、ありがとう。」

 今日も、ここに泊まらせてもらおう。

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