赤い糸なんて、いらねえよ
神津善九郎
プロローグ
「あのね、これから私の買い物に付き合ってくれる?」
この時から、俺の少し遅めの青春が、走り出した。
そう、思っていた。
***
話は、少し前に遡る。
201X年4月。
新しい生活もどうやら自分のものになったかな、という今日この頃。
今年は、桜の開花が遅く、大学の入学式の時、桜はまだ咲き始めだったのだが、その桜も今や葉桜となってしまい、4月の下旬となった大学の周辺では、つつじの花が咲き乱れている。
このように、華やかな色どりが入れ替わるこの季節、俺は大学生としての生活を始めていた。
俺は、
何そのコースって?うーん、そうだなあ、他の大学だと理系の学部の経営工学科とか経済工学科に相当するところだと思う。
そう、俺は、ついこの間まで、第一志望が国立大理工系学部の受験生だった理系である。ここにいるということは、そこは残念ながら桜散る、さらに本学の理工学部情報工学科も落ちた、ということなのだが、このコースでは応用数学や情報工学も学べるので、浪人することなく現役で大学生になることを選択できてよかったと思っている。
このコースの同期の学生は40名だ。
そして、かなりの科目が必修科目として指定されており、同じコースの学生は、1、2年にそれらの多くを履修するため、必然的に一緒に行動するケースが多く、高校時代のクラスのようなノリもある。
そのような状況のためか、すでに、同じコースの同期の中で、友人の輪ができ始めていた。
ある授業が終わったとき、その1つの輪の中の1人の女子学生が、別の輪の中にいた俺のところに来て、囁くように声をかけた。
「ねえ、高階クン、ちょっといい?」
この女子学生は、
肩の下まで伸びたさらりとした黒髪が綺麗な人だ。
そして、コースの同期の中では、一番人気との声もある女性である。
その一番人気さんが、俺に声を掛けてきたわけだ。レアなこともあるものだな。
「ん、宮下さん?俺に話し掛けるなんて、珍しい。」
珍しいというか、宮下さんと話すこと自体、初めてだったんじゃないか?とか思っていると、宮下さんは苦笑するような顔で、
「同じコースでしょ。クラスメートみたいなものだから、珍しいことなんてないよ。ていうか、君がいつもすぐいなくなるだけだし。たまにはいいじゃない?」
と言い、俺を教室から連れ出した。
俺は、後ろで「お」とか「あ」とかいう声や視線を感じたが、俺は導かれるがまま彼女を追う。そして、彼女は、人が少ない方向に導くようにやや早足で進んでいく。
でも、何この状況、と俺は少し混乱している。
確かに俺は、授業が終わるとさっさと移動してしまうし、歓迎会のような行事でも終わるとだらだらと残っているということはなく、さっと帰ってしまう傾向がある。
そんな状況だから、当然女性に誘われたような経験はない。
まあ、とりあえず、宮下さんに聞いてみよう。
「どこ行くの?」
しかし、
「いいから付いてきて。」
という返事であった。
お姉様だなあ、とは思ったが、とりあえずついて行くことに決める。
宮下さんには、今まで、話しかけたり、話し掛けられたことは、記憶にはないが、少なくとも何となくと言った程度には、彼女を見ていたことはあった。髪が綺麗だし、目立つ人だから。
ひょっとすると、そんな俺の視線は、宮下さんにはしっかり把握されていたのかもね。
そもそも、普通は、素直について行くのはおかしいのかもしれない。
でも、性格上というか経験上、仕方がないのだ。
俺には、7歳年上の姉がいるのだが、その姉にいろいろと指示されて育ってきたから、年上の女性からの導きは、自然に受け入れてしまうことも珍しくはない。
まあ、年上に限らず、可愛い女性には、のような気もするが。
そう、宮下さんは同級生ではあるが俺より2歳年上だ。
入学時の自己紹介で、一旦ほかの大学に入学したものの中退し、改めてこの大学に入学したと言っていた。
でも、20歳以上には見えないんだよね。一見するとまさにフレッシュな1年生という雰囲気。多分、そういったプロフィールを知らない人に、私は18歳ですっとか、しれっと噓を吐いても誰も疑わないだろう。そんなことする人かどうかは知らんけど。
そんなことを考えていたら、突然宮下さんが振り向いた。
「あのね、これから私の買い物に付き合ってくれる?」
「え?」
その瞬間の俺は、宮下さんが何を言っているのかが、よくわからなかった。
*
「あのね、これから私の買い物に付き合ってくれる?」
「え?」
何が起きているんだろう。
俺、この人にお誘いされているのか?
俺は、中高男子校だったし、こういった話の経験はなく、極めて不慣れと自覚している。
でも、宮下さんは、そんな俺の当惑を気にしないかのように話を続ける。
「服買いに行くんだけど、似合ってるか、男の子の目で見て欲しくて。ね、お願い。」
この時点で、俺はようやく事態を把握し、反応できるようになった。
「別にこのあと授業もないから、いいけどさ。でも、俺なんかでいいの?男子高出身で女の子には縁なしだったんだけど。」
ぶっきらぼうに話す俺の態度が想定外だったのか、宮下さんは、再びちょっと苦笑するような顔になったが、続けた。
「そういう女慣れしてない君こそ、適任なの。」
ふふっと微笑むような感じで話す宮下さんに、俺は、可愛いお姉様と一緒も悪くないな、という感じになり、また、正直興味もあったので、ついて行くことにした。
いいじゃないか、俺だって若い男子なんだぜ、そのくらいで健全ってものだよ、うん。
でも、何だ、押しに弱いみたいだな、俺は。
それはそれとして、近くで見ると、宮下さん、やっぱり髪、綺麗だなあ。
俺は、まず、副都心の商業施設の婦人服のフロアに連れて行かれた。こういうフロアには、あまり来たことがなく、正直何が何だかわからない状態だ。なので、俺は懸命に宮下さんについて行くのみ。
その宮下さん、美人というよりもやっぱり可愛い人だなあ。年上だけど。
でもこの人、何気にスタイル良くて、正直見るのちょっとハズいんだよな。
とか思いながら、フィットルームから出た、服を試着した宮下さんを見つめている俺。
「どう?」
ちょっと威圧感のあるお姉さまが、感想を命令してきたって感じ。
「・・・何というか、宮下さんって、何でも似合うんだなあっていうか・・。」
俺は、宮下さんを見るのが恥ずかしくて、定まらない視線で呟くように感想を言ってみた。でも・・・
「そんな感想は0点だよ。」
と、容赦ないお姉さま。
くそくそ、それなら、正直に言うだけ。
「・・そうだね、その明るい色だと宮下さんがより輝いて見えて・・・髪にも良くあってるし、すごく素敵だね。」
と言ってはみたものの、やっぱり気が利いたことはいえないなあと、ちょっと落ち込みつつ、宮下さんの反応を伺う。
「・・・そう、嬉しいこと言ってくれるのね。」
あれ、全然参考になりそうもない俺の感想だと思ったけど、ぷっとおかしそうに笑うような表情だったのに、ちょっと顔を赤らめたぞ。あれ、まさか、怒らせちゃった?
いや、嬉しいことって言ってたよね?あれ、ひょっとして照れた?んなわけないか。
でも、この表情、明らかに嬉しそうだよな、まあよかった。
宮下さんは、店員さんに何やら話しかけている。その服を買うようだ。
宮下さん、可愛い人だと思ったけど、それでいて、大人の色気?なんだろうな、があって、何というか、こんな素敵な人の買い物に付き合うことを俺は許されているのか。
夢じゃないよな。
宮下さんは、気を良くしたのか、俺を店から店へと連れまわした。俺の気が利いているとは思えない感想を聞くたび、何だろう、すごく嬉しそうな表情をしてくれる。
でも、ほんとに俺の感想なんて、参考になるのかな。
そんなこんなで、いつのまにか夕刻になっていた。
唐突に、宮下さんが言う。
「ねえ、折角だから、ちょっと飲んでいかない?」
俺は、その言葉をきいて、夢見心地の状態から、若干の警戒感を覚えて、はっとする。
「いや、俺未成年だし。」
宮下さん、すごく魅力的な人だよな。そうだよ、そもそも、俺如きの男に深い関心を持つはずもないじゃないか。ここは、引くべきだよな、と俺は思っていた。
しかし、宮下さんは、一歩も引かない。引かないどころかぐいぐいと押してくる。
そう、俺はハンターに狙われた獲物のようだった。
「そうだったわね。じゃあ、食事で。それならいいでしょ?」
「うーん・・・まあ、それならいいけど・・・。」
畳み掛けるような宮下さんの誘い、そして、
「なあにそれ。君、折角の女の子からの誘いを「けど」扱いするの?」
ちょっと迫られるような感じで言われてしまい、何も言えない俺。
主導権は完全に宮下さんに握られていた。俺は翻弄されるしかなかった。
「いや、その・・・、ぜひお願いします。」
と、言う他なかった。
「そうそう、恥ずかしがることないって。お姉さまについておいで。」
にこりと微笑みを返され、
「何で急にお姉さま?一応俺、宮下さんと同級生なんですけど・・・」
などと言ってはみたのだが、宮下さんには当然のように無視されて、それから、どこに連れて行かれたのか、よくわからなかった。
あ、連れて行かれたのは、普通のレストランかカフェですよ、多分。
まあ、お店の中は雰囲気ってえの?たぶん良さそうだったし、何だっけ?カップルシートっていうのかな、2人で三角形というか半円のようなテーブルが備えられている席に座って、お互いの顔は斜めからすぐに見れるような感じ。
そして、テーブルの前には窓があって、都会の夜景が眺められるみたいな。
そこでは、宮下さんは別れた彼氏との別れた時の話とか、結構具体的な話も織り交ぜてきて、そのせいだろうか、俺は宮下さんのことを大人の女性として意識させられた気がする。でも、そんな話よりも、大学の授業の雰囲気とか、カフェテリアや学食の話といった日常会話的なものが多くて、親しみやすかったと思う。
だから、俺も、初めに感じていた警戒感は薄れてしまい、いつも通りというか、少ししゃべりすぎたかなあ、という感じだった。それに、宮下さんは、可愛くてちょい美人って外見だけではなくて、話が上手というか、いわゆる聞き上手なんだなあとか思っていた。
そう、これもまた俺の癖みたいなものだが、このような時でも冷静に状況を分析しようとしている自分がいるんだ。
でも、こんなことは無経験だったし、分析したところで大したことは判らない。
結局、この人何が目的なんだろうね、と思ったりもしたが、そんな思考を深める暇もなく連れまわされる感じだった。そういうのも、たまには、まあ、いいか。大学生だし。
それで、この日は、食事で解放してもらって、正直ほっとしたのだけれど、当然のように連絡先を交換したため、家に帰る前からメールのメッセージの突撃を受けてしまう。
その後も俺は、深く考える暇もなく応対に追われ、そして、また、宮下さんに連れ出されて・・・、もう分析するなんてこともできなくなってしまい、流されるままの状態になってしまったと思う。
そして、俺は、いつしか彼女を弥生、と呼び、彼女もまた俺を隆太、と呼ぶようになっていたんだ。まあ、恋人同士になったってことだろう。
そのような状況となっていたところ、この日は夕食をとったあと、成人が一緒でないと入ることはないような、落ち着いた雰囲気のバーに連れて行かれ、酒を無理強いされることはなかったけれど、結構遅くなってしまった。
なんだろう、お店の人も、彼女のことをよく知っているみたいだ。
俺がいるからか、弥生に話しかけたりはしないのだけれど、ちょっとしたアイコンタクトに、弥生が一見客ではなく、結構な上得意客扱いであることが垣間見えた。
弥生、大人なんだなあ。
この時点で、俺は圧倒されていた・・・いや、このお店に入る前からそういう状態だったのだけれど。
そして、弥生は、カクテルだろうか、何度もお酒を注文した。彼女、お酒は結構強いみたいだ。それでも、今日は、少し酔ったのかなという感じでお店を出た。
そして、弥生は、気持ち俺に寄りかかりつつ、上目遣いで言った。
「ねえ、隆太、ウチに寄って行かない?」
これは予想もしていなかった言葉だが、この時点では、俺は冷静さを完全には失っていなかった。そう、空気が読めないとよく言われる俺でも、この時間になされたそのお誘いの意図は正確に把握できていた。
しかし、弥生の相手は俺だけではないのでは、という、勘のような変な感覚もあった。
それ故、ここは、一旦断った方が良さそうだと判断したのだが・・・。
「え、弥生んち?さすがに女性の1人暮らしのところに、この時間には行っちゃいけないでしょ。」
「隆太はお子様だなあ。私たちの仲なら当然良いに決まってるじゃない?」
と、弥生は身体を密着させてくる。
そして、俺の口が何かで塞がれた。
俺の中で、何かが封じられたような、そんな気がした。
深夜の路上。
もう、この人の意思は明確だ。まっすぐ俺を取りにきている。もう間に合わない、っていうか、もう体、いや心の中までがっしりと掴まれてしまった感じすら覚える。
既に逃げようという気はなくなっていた。さらに、俺は、「お子様」というワードにも反発を覚えていた。
そう、完全に弥生のペースに嵌まっていたんだ。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて。」
と言いながら、俺はなるようになるんだろうな。それも、まあ、いいか。
と思いつつ、招かれるがままに、俺は弥生の家に入って行った。
*
翌朝、若干の疲労感と安心感のような不思議な感覚と共に、セミダブルだろうか、広めのベッドの上で俺は目覚めた。
昨晩からのことをざっと思い出す。
そうだ、夢じゃない。ここは、弥生のマンションだ。
彼女は、今の大学に入る前、叔母さんの経営する飲食店でアルバイトをしていたと言っていた。
受験勉強とアルバイトを両立させてたってあたりに、要領の良さと頭の良さをも兼ね備えているのだろう。
そして、アルバイトをしていた時に貯金をしていたため、金銭的には結構余裕があるらしい。このため、現在はアルバイトをしておらず、結構時間的な余裕があるようだ。
彼女が住んでいるマンションも新しく、2LDKと一人暮らしにしては広くて少し贅沢な方かもしれない。
まあ、俺なんかは家族で住んでいたマンションで事実上1人暮らしさせてもらってるわけだけど、それは極めてレアなことだと思ってるし。
それで、弥生がこのような新築のいい物件に住んでいるのは、経営者としても成功し、幅広い人脈をもつという叔母さんの口利きもあったようだ。
弥生、叔母さんに偉く気に入られているみたいなんだよな。そんなに頻繁には話題に出てこないけど、出てくるときは、そんな感じの印象を受ける。
そして、その叔母さんに何かと援助してもらっているような感じもある。昨日の高級そうなお店も、ひょっとすると弥生の叔母さんがオーナーかママなのかもしれない。
それなら、従業員さんが弥生のことを知っているのは当然かもしれない。
でも、俺は、詳しいことは、聞いてはいけないことのような気がしていた。
それにしても、弥生に、大学から連れ出されたときから、あまり日がたっていない。あまりに早い展開で未経験のことばかりが続いていたけど、とうとう彼女の部屋のお泊りとは。
感覚が追い付かないな。
俺は、とろい、とか、どんくさい、とか言われたこともあったし、それゆえに、こんな風になっても仕方のないことだよな、などと言い訳のようなことを思っていると、弥生が扉を開けて入ってきたのがわかった。
「やっと起きたのね、隆太。」
と、弥生が笑顔を見せる。
既に、彼女は朝食の用意をしていたようだ。
弥生は恋を狩る女性のようなところがあって、俺は一撃で仕留められちまったようなものだけど、何だろう、家庭的な一面があるんだな。
一方の俺は、初めて泊った彼女の部屋で熟睡してしまったとは。意外と図々しい一面があるのかもね。
いや、調子に乗ると頭に乗るタイプ、かもな。
などと、今更ながら、若干の恥ずかしさが湧き出て来るのも手伝って、自虐的な発想をしてしまう。そして、照れ隠しのつもりもあって、
「弥生が早起き過ぎるんだよ。年寄りには困ったもんだ。」
と、失礼なことを言ってしまった。うわ、ヤバいよな、その言い草。
でも、彼女はそんなことで怒ったりしない。そう、常に俺の上を行く。
「なんだとー、私のような魅力的な女の子に何たる侮辱。」
と言いつつ、起きたばかりの俺を背後からギューッと抱きしめてきた。
間近に感じていた柔らかさと暖かさを思い出し、抵抗できなくなってしまう俺。
「ぐるじいんでずげど・・・、わがっだよ、もう言わないから・・・」
恥ずかしさもあって、わざとこういった物言いをしてしまう。
「だあめ。悪い子は、私のハグで教育しないと。」
弥生も少し乗ってくる。でも、弥生の体温と柔らかさで、俺は変になりそうだった。
「反省した?」
「・・・うん。」
「じゃあ、朝食にしようね。」
にこりと笑う弥生。
そして、俺を解放する。
俺は、再び冷静さを取り戻した。俺も健康な男子らしい。
弥生の作ってくれた朝食は、シンプルな和食だった。でも、ご飯の炊け具合、味噌汁の塩加減、出汁の利き具合に至るまで、なんだろう、料亭の雰囲気というのか、それでいて、懐かしい家族の味というのか、凄く美味しい。
俺は少し感動を覚えた。
「美味しい・・」
弥生は、少しはにかんだような表情を見せた。こんな表情も見せるのだな。
「お粗末様でした。料亭の女将でもある叔母に鍛えてもらったからね、料理はちょっと自信あるんだ。でもね、これは、隆太のためだけに作ったの。他の人には作ることはないの。」
その時の俺は、その言葉を深く考える余裕もなかった。でも、何だろう、料理の腕とかそういうものではない、何かがあると感じた。暖かい朝食だった。
俺はもう弥生の虜になってしまった。でも何だろう、この変な感覚。
いや、本当は判っていたのかもしれない。
変な感覚はそれとして、俺たちは若い恋人同士らしく、一緒に出掛けたり、遊園地に行ったり、食事をしたり、映画を見たり、といったことも普通にしていた。本当に楽しかった。
彼女がいる生活って、こういうものなのかって。
それから、俺はどんくさいらしいけど、遊園地のスリリングな乗り物とか、結構得意だったりする。
ジェットコースターとかは、結構好きだ。それから、無重力状態になって落下するような遊具は、最初はちょっとびっくりしたけど、結構面白い。
前にも少しふれたが、俺には、7つ上の姉がいる。
俺は、小さいころからその姉や姉の友達に遊園地によく連れて行ってもらったし、そこでいわゆる絶叫系マシンなども何度も乗っていたから、慣れというものも大きいのだろう。
だから、弥生と一緒にそう言った遊具に乗ると、彼女は怖そうにしたり、乗った後は、身体を密着してくるのが、ちょっと不思議というか、新鮮だった。女の人って、こういった遊具は得意だって勝手に思ってたから。
「隆太は頼もしいね。」
なんて言われてしまうと、何か恥ずかしいような、それでいて嬉しいような。
そんな感じで、お出かけする度に、密着度が増していった気がする。
そっか、こういうのが普通の大学生のカップルなのか。こういうのも悪くないな。
でも、何だろうか、あの「変な感覚」は続いていた。
妙な居心地の悪さというのか、違和感のようなものが常に付きまとっているような。それも、徐々に強まっているというか。
まあ、慣れないことしてるからかな、と、思うことにしていた。
俺は、あまり自分のことを他人に言う性格ではないし、彼女がいるというのはむしろ何か気恥ずかしい。だから、大学では、あまり変わらないように振る舞っていた。
でも、明らかに弥生と一緒にいる場面が増えたので、同じコースの学生だけでなく、他の学科の友人にも気づかれていたようだった。
「高階、お前、あの子と付き合ってるの?」
ある日、この大学の違う学科に通う、友人である
「ああ、わかる?」
俺は、同じ年頃の男子のように、積極的に彼女自慢をしたり、その子との関係に関しての話を他ですることはほとんどない。
また、そういったことを悟られたくないので、大学では「普通に」しているつもりなんだ。でも、俺は、基本的にどんくさい奴らしく、そうそう切り替えることができるほど器用なタイプではないんだ。
だから、丸山には、俺と弥生が、少なくとも特別な関係である2人らしい、ということは、わかってしまったのだろうし、すでに知り合いの何人かには知られているのだろう。
それに、わかっている人に隠し通すものでもない。
「やっぱりそうだったか。お前いつの間に。」
丸山が、悔しそうにも見える感じで話してくる。
こいつは、俺と同じ高校の出身なんだ。
俺と丸山は、高1の時に委員会活動で一緒になったので、話をする仲にはなったのだけれど、高校時代は同じクラスになったことはなく、委員会活動の終了後は、段々と疎遠になっていたのだが、卒業前に同じ大学に進学することが分かって、しかも、同級では2人だけだったこともあって、急速に仲良くなったんだよね。
まだ、仲の良い友人となって2、3か月であるのだが、同じ高校で過ごしたというのは大きかったのかもしれない。もはや、高校時代からの長い付き合いのような親友ともいえる関係だと俺は思っている。
俺は、丸山に応える。
「いつの間にかそうなってた。」
「何だよそれ。どうやって口説いたの?」
丸山は、俺が弥生に告白して付き合うようになったと思っているようだ。
俺は中学から高校まで男子校のため、男女交際とは無縁であるばかりか、はっきりいってしまうと、そういったことには全く興味がなかったので、告白というようなことは全く知らぬ存ぜぬだ。
そればかりか、女子との関りは全くと言っていいほどない。あ、姉貴の友達とかはいたかもしれないけど、まあ、女子枠からは外してもいいよね?
しかし、対する丸山は、同世代の男子同様に女の子との関係に相応の関心を持ち、俺と同じ男子校に在籍していたものの、告白イベントのような話も身近に存在したようだった。
それは、あいつは高校からの入学組で、中学までは共学だったからである。
「俺は何も言ってない気がするんだけどな。うーん、気が付いたら、朝彼女の部屋にいたというか・・・」
俺は、淡々と話をする。
「何だと!そんなことあり得るの?告白もなく、朝、気が付いたら横に彼女が寝ていた?しかも彼女の部屋で?そうやって、付き合い始めた関係!?」
実際、そんな感じなんだけどな、何かおかしいのかな?そうだ、あの変な感覚。
「それはいいんだけどな、何というか、俺が彼女の横にいていいの?という違和感というか・・・」
良くねえよ、とでも言い返しそうな丸山であったが、
「違和感って?」
と、違和感にちょっと引っ掛かりを覚えたようだ。
なので、俺は話を続ける。
「何ていうのかな、確かに良くしてくれるし、一緒にいて楽しいんだけど、何だろう、彼女の意識が俺に向いていないような気がするんだよな・・・」
こんなこというと、この野郎、照れ隠ししてるだけでノロケじゃねえかとか、怒られそうなものだけど、丸山はこんな時、いつも冷静に分析してくれる。本当に有難い友達、いや、親友なんだ。
「何それ、浮気されてるってこと?早くね?付き合いが始まってまだ1か月も経っていないのだろ?」
「向こうが浮気してる暇はなさそうだよ。頻繁に会うし、会わなくても頻繁にメールのメッセージが来る感じだし。こっちからメール送るとすぐに返信来るし。大体即答だし。」
と、冷静な顔で淡々と述べている俺。
しかし、さすがの丸山も、
「お前、それ単にのろけてるだけじゃんか、彼女の部屋に泊ったりもしやがって。全くもう、ごちそうさまと言ってやるべきか。」
と、言ってきた。
「そうなのかなあ。でも、この感じ、だんだん強まっているんだよな・・・」
「まあなんだ、俺は高校以来の友人みたいなものだし、お前の言うことを信じるけど、他の奴には言わないほうがいいかも、だぜ。特に同じ学科の連中とかにはさ。」
「そっか。変な話聞かせてごめん。」
「いいんだよ。また何かあったら遠慮なく話せよ。聞いてやるぐらいしかできないけどな。」
ありがとう丸山。冷静にちゃんと聞いてくれて。
その後も俺は、その不可思議な違和感を払拭できないでいた。
弥生と一緒にいるときも、彼女が時折遠くに思いを馳せているような気配を感じる。
弥生は、何を見ているのだろう。
と、俺は思うが、問い詰めることもしなかった。
そう、具体的なものまでは見えないが、それが何であるのかは、既に見えていたようなものだし、確信しつつあったから。
そういうの、わかってしまうんだ、俺は。好むと好まざるを問わず。
でも、この何か心地よい状態が破綻してしまうことを確定させたくはない、そんな感じ。
俺は、あの、幼い日に感じた感覚を思い出した。
<赤い糸でつながってなかったのかなあ。>
そして、その違和感は、唐突に現実のものとなった。
「隆太、私たち、別れよう。」
俺が見たこともないくらいの真剣かつ冷静な顔の弥生から、淡々とした別れの言葉が告げられている。
俺は、その表情を見て、既に決定事項なのだと腹を括るしかなかった。
そして、俺も静かに、淡々と言った。
「・・・そうか。わかったよ。」
「え?いいの?」
俺の反応が、予想よりもあっさりとしたものだったからなのか、逆に焦ったような弥生の反応だった。
「だって、その顔は冗談とは思えないし。もう決めたんだろ。」
俺は、この衝撃的な通告にも、冷静さを失っていない。
一方、弥生は、俺がこのことを既に知っていたのではないかと思ったのかもしれない。
「驚かないんだね。隆太は怒るか、泣くかと思って、構えてたんだけど。もしかして、もう知ってた、とか?」
俺は、確かに怒りとか哀しみの感情が湧かないことを改めて認識し、あれ?と思った。
そして、1つの結論を得る。
そうか、あの「違和感」は、こういうことだったのか。既に別れることが必然であることをわかっていたのだな、とはっきりと自覚した。
「まあ、何となく。」
その答えを、俺がすべてをお見通し、とでも解釈したのだろうか、弥生は、少し安堵したような顔で言った。
「うん、四井君がね、私を好きで好きでしょうがないんだって。でね、彼はね、隆太と付き合う前から、接近してきてたのよね。私はさ、うざいくらいに思ったし、隆太の方が素敵だし、だから隆太と付き合ったんだけど、まあ、あれだけ好きだ好きだって言われちゃうと・・・。それに、隆太は私のことそんなに好きではないのかなとも思ったし・・・。そういうわけだから。」
そういうわけって・・・。それが、真実なのか。君にとって。
そうか、四井だったのか、弥生が見てたのは。
そんなに好きではない、か。確かに、俺から告白もしなかったし、俺の方からは好きとも言っていない・・よな。やっぱそうだったのかな。
それに、弥生だって、俺に明確な言葉では意思表示してこなかった気がする。俺は、弥生の振る舞いや行動だけでそう思ってしまったけど、真実は違ったってことなのか。
そうだったんだ・・・じゃあ、終わりで、いいや。
「うん、わかった。今までありがとう。楽しかったよ。」
正直まだ夢みたいな感じはあるけど、現実のこととして、楽しかったことは確かだ。
「え?あ、そうなの・・・、そうなのね。わかってくれてありがとね。これからもクラスメートとしてよろしくね。」
「ああ。」
そして、手を振りつつ、弥生は去っていった。
終わったんだな。
何というか、濃密だったけど、やっぱ夢みたいな2か月だったな。
いや、正確には50日くらいか。
そうか、俺が弥生のこと、もっと好きになってあげればよかったのかな。でも、無理だよ、そもそも好きってどういうことなのかもよくわからないし、これで良かったってことになるのかなあ。
でもこれ・・・二股ってことだよな?・・・なんだよ糞じゃねえかあいつ。やっぱ、女の子なんて信じられない存在ってことか。
それとも、巷で誰かが言っていたように、女の子は男に思われてさえいればいいという存在なのか。
俺は、つい先ほどまで「彼女」だった弥生の後姿を眺めつつ、ふっと溜息を吐いた。
そうか、やっぱり赤い糸で繋がってはいなかったのだな。なら、いいか。仕方ない。
*
俺は、昔を思い出していた。
「おねえちゃん、赤い糸って何?」
まだ小学生の低学年ぐらいの俺が、姉に問う。
姉の名は
中学生の制服を着ている姉貴が応える。
「赤い糸はね、運命の人同士の男女を結んでいるものなの。その人たちはね、見えない赤い糸で結ばれているの。」
しかし、当時の俺にはよくわからない。
「ふうん?見えない糸?」
「そうなの。目には見えないの。でもね、その運命の2人をね、強く結びつけているんだよ。」
俺は、一所懸命に理解しようとした。
しかし、幼い頭脳では理解は難しかった。
「そうなんだ。あ、おねえちゃん、前にうちに来た、お父さんの会社の人たち、こんやくかいしょう?だって。赤い糸でつながってなかったのかなあ。」
俺は、以前、婚約した報告のため、婚約者の女性を連れて挨拶に来た父の部下とその女性が、婚約を解消し別れてしまったことをなぜか知っていた。
姉貴は、俺がその事実を知っていることにかなり当惑を覚えたようだったが、俺にきちんと向き合って話をしてくれた。
そう、姉貴は、どんなことでも、俺の質問には優しく話をしてくれたんだ。今も、だけど。
「そうね・・・悲しいお話だけど、そうなんだと思うよ。」
「そうなんだ。あの人たち、誰ともつながっていないなんて、さびしいな。」
いまにも泣き出しそうな顔だったと思う。そんな俺に姉貴は優しく言う。
「多分だけどね、他の誰かと繋がっているのだと思うよ。だからね、隆太は悲しまなくていいんだよ。」
「そうか、それなら安心だね。そうだ、おねえちゃん、ボクも誰かとつながってるのかなあ。」
姉貴は、俺の頭をやさしくなでながら言ったんだ。
「そうだね。いつか隆太と繋がっている素敵な女の子が見つかるといいね。」
「明日見つかるかなあ?」
そんな突拍子もない俺の言葉にも、姉貴は微笑みを変えることなく優しく言った。
「そんなに早くは見つからないと思うな。もっと先・・・、そうね、大人になってから、かもね。まだずっと先・・・」
なぜか消えずに、はっきりと覚えている、昔の思い出だった。
*
弥生が俺と別れて、同じコースの
ちなみに、俺は恋バナにあまり関心がないこともあって、別れた話が学生たちに伝わっていることを想像できていなかったが、俺と弥生が付き合っていたこと、そして、別れたことは、同じコースの同期には時間差はあれどほとんど公知の状態、そう、広く知られていた話だったと後で知ったんだ。
そして、俺がその件に関して何も話さないということもあって、同級生の間では、四井が後から弥生にちょっかいを出して、それに応じた弥生が二股をかけて付き合ったあげく俺を無慈悲に振ったということになっていたようで、四井や弥生の評判は、男子にはそうでもなかったけど、女子の間ではかなり悪かったらしい。
これも、俺はかなり後で知ることになる。
「高階君、大丈夫?元気?」
弥生との別れからそんなに経っていない頃、大学のカフェテリアで1人で時間を潰していた時、いきなり同じコースの2人の女子に両脇から優しく問われ、当惑する俺である。
孤独でも平気な俺は、1人で昼食ということも珍しくなく、むしろ好んで1人の時間を作ったりするのだが、他人から見ると、1人で落ち込んでいるように見えたのかもしれない。
あれ、誰だっけ、あ、ミディアムでボブっぽい黒髪の、穏やかな雰囲気なのが野中さん、栗色の髪のショートヘアで、活発な雰囲気の人が臼井さんだったかな?
と思いつつ、
「へ?別に。すこぶる健康だけど。」
と、応える。
なぜ、大丈夫?と言われたのか、それが弥生との別れに関することであるとは、ピンと来ていない俺だった。
また、俺ぐらいの年頃の男子であれば、同期の女子の名前と顔位は全て真っ先に把握しているらしいのだが、俺は、大学の同期の女子と積極的に交わろうというか、必要以上に親密に交わろうという気が全くないという状況だったから、むしろ正確に顔と名前が一致したことが、珍しいかもしれない。
他方、顔を見合わせる同期女子2名。
臼井さんが俺の顔を覗き込むようにして言った。
「高階君はあんまり落ち込んでいなさそうで安心ね。あんなおばはんのことなんてさっさと忘れたんだね。」
ああ、この子らも知ったのだな、弥生とのことを、と俺はようやく認識した。
しかも、ご親切に心配してくれるのか。
でも、いくら何でも「おばはん」は弥生に失礼だよな。
と思ったので、
「そうか、俺と宮下さんとのことを知っているんだね。俺、カッコ悪いよな。うん。でも、宮下さんのことをおばはんとか、悪口は止めようぜ、確かに年上だけど、クラスメートなんだし。」
と、2人に言った。
対して、臼井さんは、
「へぇ、高階君って優しいんだね、素敵。」
何が素敵なんだろう、とは思ったが、
「いいじゃん、イケメンの四井とお姉さんだけど可愛い宮下さんならお似合いだと思うよ。俺と宮下さんでは釣り合ってなかったってことだからさ。」
と無難なことを言って見る。
「そんなことないよ。四井君は確かにかっこいいけど、高階君も、うーん、まあ結構イケてると思うし。それに、高階君、もっと怒っていいんじゃない?あんな泥棒四井とかさ、ぶっ飛ばしちゃいなよ。」
と、今度は野中さんが言う。
おいおい、まあ結構イケてるって誉めてるのか?ていうか、実質的にはけなされ評価のような。それはまあいいけど、暴力はいけないぞ、にこやかな笑顔でいう言葉じゃないよねえ。全くもう、穏やかな雰囲気が台無しだぞ、野中さん、と思う俺だった。
それに泥棒か。ネトるとか言わないあたりは、乙女っぽくていいな。
などとも、思ったが、それは置いといて、
「いやー、俺は平和主義だからさ。それに、四井だってクラスメートなんだぜ。泥棒はちょっとなあ。ははは。」
「笑顔でそれを言えるなんて、人格者だね、高階君って。」
と臼井さんは言いつつ、野中さんと目配せをするようなしぐさをして、
「でね、私たちは、高階君が心配だったんだけど、大丈夫そうだし、カラオケでも行かないって話してたんだ。これから一緒に行かない?」
そっか、それが目的か。
何と言うか、ロックオンされた感があったけど、これか。
でも、さすがに俺も弱ってると思うから、もう少しおとなしくしていた方がいいだろうな。この子らが俺と良い仲になりたがっていると考えるほど自惚れてもいないけど、しばらく女の子がらみの話は遠慮したいわマジで。
ただ、なんというか、臼井さんは、ちょい派手な割に普通だけど、野中さんは、眼鏡かけて地味ながらもちょい可愛いし、ほんとはいい機会なんだろうけどな。
とは思ったのだけれど、
「ありがとう、ぜひ、と言いたいところなんだけど、今日は先約があってね、ごめん。またの機会ということで。」
と返す。
「そ、そうなんだ、すごく残念。」
臼井さんが、落ち込んだ感を醸し出す。ごめんなさい。
すると、野中さんが、
「そうなのね。それじゃ仕方ないね。残念だけど、またね。」
彼女は、明らかに沈んでいる臼井さんに促し、2人は、軽く手を振りつつ、去っていった。
この子らとの縁も、ここまでかなと、俺は思っていたのだが・・・。
しかし、どこが人格者だよ、ただのフラれ虫じゃねえか。と自虐的に思いつつも、俺は、このころは常に持ち歩いていたコースの名簿を確認する。
ちょっと悪かったかなと思った俺は、約束作るか、と思い、同じ大学の友人である丸山にメッセージを送った。順番逆だけど、丸山と約束できれば、それでいいよね?
丸山は、すぐコメントと承諾の旨を返してきた。ミッションコンプリート。
話のネタもあるし。
*
「何か悪いな、急な話で。」
「いいよ、気にするな。そうか、良い話ではなさそうだな。」
丸山も、俺の話の主題は何となくわかっているようだ。
「彼女にフラれてしまったよ。」
「・・そうか、辛いな。」
「いや、そうでもないんだが、予想通りといえばそうなんで。」
「ひょっとして、違和感が的中したということか?」
丸山、違和感の話を覚えていてくれたようだ。
「正解。そういうこと。」
納得し、閃いたような表情を見せ、
「そうだよ、それエスパーみたいな能力じゃね?」
と、丸山が真顔で言う。
「エスパーですか。実感ないけどね、そうなのかな、俺。」
さすがに完全には同意しかねると思いつつ、俺は応える。
「ひょっとして、お前、そういった経験以前にもあったんじゃないか?」
おお、よくぞ聞いてくれました、話させてもらうぜ。
「まあ、ある。昔、従兄の奥さんが浮気して従兄と離婚したんだけど、それを何となく予知したことがあった。その従兄が離婚沙汰になる少し前、法事があって親族が集まってたんだよね。あ、母の方ね。それで、そんとき、従兄が奥さんと一緒にいたんだ。当時の俺はその奥さんが浮気してるなんて夢にも思ってなかったけど、その奥さんに違和感を感じて、姉貴に報告したことがある。」
(夫婦喧嘩は犬も食わないっていってね、夫婦のことは他人、まして子供の隆太にはわかるものではないんだよ、おねえちゃんにもわからないし。)
といいつつも、姉貴は真剣に聞いてくれたっけ。あ、別に法事で従兄夫婦が喧嘩していたわけではなく、何というか、一見仲良い雰囲気を作ってたんだけど、ちょっと奥さんに、従兄に対する見えない棘があるというのか、仲良い雰囲気とは真逆の変な感情がでているような感じがあったんだよね。
「生々しい話だな。」
少し苦々しげな顔の丸山。
さらに、俺は続ける。
「もっと前、小1か小2の頃だけど、婚約解消になるカップルに関してだ。親父の部下の男の人だったと思うけど、その部下が婚約者の女性を連れてうちに挨拶に来たことがあったんだ。でも、その女性の唇の色が妙に赤くてね、そのせいなのかはよくわからないけど、凄い違和感を感じたんだ。母さんには、あの女の人唇赤くて変、みたいに言ったら、こういう時はお化粧をするの、みたいな、女の人が化粧するなんて保育園児だって知ってるのに、そんな回答しかなくて、納得できなくて姉貴に言ったら、姉貴はとりあえずちゃんと聞いてくれて、そういえば、妙に赤い感じだったかもね、みたいに俺の話を肯定的に捉えたように応じてくれたんだけど、その後婚約解消になったんだ。当時の俺は、両親の会話を聞いてしまったのだけど「婚約者の女性が他に男を作ったことで、婚約解消になった」という話だった。」
丸山は、その話をさらに苦悩に満ちた表情で聞いていた。
「何その家族、小学生低学年の子にそんな話聞かせるわけ?もはや地獄家族なんですけど。何故そんな大人の話に子供が巻き込まれてるんだよ。」
ん?そういうのデフォルトじゃねえの?違うのかな。
「うちは結構オープンなところがあるからね。俺が横で遊んでる場所でも、平気で大人の話してた気がするよ。でも、「婚約者の女性が男を作った」っていうのは、当時は何のことかさっぱりわからなくて、姉貴にも聞いたんだけど、姉貴もまだ中学生だったし、いつも俺の話をちゃんと聞いてくれる姉貴にとっても微妙な話題だったらしく、珍しく、そういうのは大人になってから!と、怒られたりもしたけど、俺が落ち込んでいたのを見て、やっぱり慰めてくれたっけなあ。それで、これはきっと重要なことなのだろうって思って、その後その話は絶対忘れないぞっと頭の中で反復して覚えていて、中高生の頃に思い出したときに、どういうことかを理解したというわけさ。」
「お前、良く忘れなかったな。でもそれはそれで不幸な気がするぞ。」
丸山は、俺の長い話にも慣れているようで、いつもきちんと把握してくれる。ありがとうな、と思う俺。
また、丸山には、こいつ、ほんとにねーちゃんに懐いてるんだな、とか思われてしまっただろうけど、仕方のない話さ、事実なんだから。
そのあたりも、話しておいた方がいいかな、いや、主題からずれるので、残念ながら自粛だな。なので、俺は、話を続ける。
「かもな。おかげで、女は信用できない生き物、という固定観念ができてしまったからね。」
「そうか、それは不幸というか、不憫な奴というべきか。」
「なんだそれ。昔の丁稚奉公とか強いられた子供か、俺は。」
と、思わず話をずらしてしまったのだが、丸山が修正してくれた。
「そうだとすると、その弥生さんのことも、お前はどこかで信用してなかったってことか。」
「そのつもりはなかったけど、そうなのかもな。そして、結果はアレだろ。女なんて、ソラ見たことか~って気分だったわ。でも、他の男に口説かれて、付き合っている男をあっさりと捨てるっていうのが現実に自分に降りかかるとはね。さすがにこれにはへこむ。」
そうだ、平然としてたけど、傷つくわ。俺だって人間なんだぞ。
「でもお前、そのなんだ、いろいろ指南してもらったんだろ?後学のために大いに役立つじゃないか。」
「指南言うな。まあ、天にも昇る心地だったかもしれないなあ。」
そうだった、それはそれでよい思い出かなあ。
「何にやけた雰囲気を醸し出してるんだよ、この野郎爆発しろ!ってしちゃったんだよな、まあ、美しい思い出に変えろ。」
「ま、当面女はいらん。」
「いつまで言えることやら。」
丸山と話しながら、元気になってきたと自覚する俺。
丸山は、続けて言った。
「でもさ、俺はお前の側だけど、この話を聞く限りは、弥生さんも寂しかったのかな、という気もするぜ。だって、お前のこと部屋に泊めたりしてたんだろ?」
「まあ、何回か、だけだけど。」
一瞬間があいた。
「殴っていいですかあ、と言いたいところだけど、まあ、あれだ、その弥生さんは、お前のこと本当に好きだったのだと思うぞ。」
「そうなのかなあ。」
「てめえ・・。いや、男なら誰でもいいっていうわけでもないんだろうし・・・。」
「さすがにそんな人じゃないって思うけど。そうだな、年上ってこともあるけど、何というか、身も心も柔らかく包み込まれる感じは、うそ偽りはなかったと信じるぞ。」
「・・・聞いているのも馬鹿らしくなってくるんですが。まあ、お前が個性的ながら真面目な奴であるとは俺は理解しているからな。それで、その違和感、なんだけど、お前、女の心が見えるんじゃないの。」
核心を突く、のような感じで丸山は言う。
「さすがに具体的には見えないけど。でも、自分に気持ちが全部向いていない、いや、誰かはわからないけど他の男にほうに向いているっていうのは、少なくとも弥生に関しては、目に見えるようだったな、今思えば。でもさすがに、付き合っている当時は、他の男とは思いたくないから、他の何かということにしようとしてたよ。」
「そんな能力、あっても不幸な気がするな。やっぱ恋は、そうしたことが見えないから良いんじゃねえか?」
「だよな。」
マジこんな能力要らないけど、どういうものなのか、整理できたかも。
「そうだ。姉貴の分析によれば、その能力は、女性がパートナーの男性以外の男への想いがあったり、そもそもパートナーの男性に対する想いがなくなっている場合に、それを違和感として認識する能力だってことらしいのだけど、当時はよくわからなかったが、今わかった気がする。」
「なんだよ、俺を触媒にして自己解決しやがったのか?」
「ああ、これで姉貴にちゃんと報告できそうだ。」
「さっきから<姉貴姉貴>ってよく言ってるけど、お前姉ちゃんに懐きすぎじゃないの?」
と、ついに耐え切れなくなったのかな、若干あきれ顔の丸山が言う。
「何で?姉弟なら皆そんなもんじゃね?」
と、とりあえず言って見たが、
「俺も姉がいるけど、色恋の話はまずしないよ。」
だそうで。
まあ、世間では概ねそうらしいということは薄々わかってはいるんだけど・・・、でも、
「そうなの?」
「そうなのって。俺が異常みたいじゃないか。まあ、いろんな姉弟関係はあっていいとは思うけどな。」
基本的に、丸山は多様性への耐性が強い。いや、理解というか、寛容というか。
そういったところが、俺みたいな奴と仲良くできる大きな要因かもしれない。
ということで、丸山善次郎は、俺の「能力」を俺の姉貴と同じく、知ることとなったのである。
「でも、お前、結構お坊ちゃんじゃないか。家だって、ほぼ1人でマンション住んでるし。そのあたりはプラスにならなかったのかね。」
「お坊ちゃんといえば、お前には負ける気がするが。」
確か、上場会社ながら創業家社長のご子息のはず。次男だけど。
「俺の話はまた今度。で、どうなんだよ。」
「家のことは、詳しくは話してなかった。俺んち行ってみたいって言ってたことあったけど、今日は親いるって言って断ってたし。」
「そうだったんだ。田舎とはいえ、江戸時代から続いてるんだろ?十何代目だったけ、高階なんちゃらどざえもん、になるはずだったんだぞ、俺、って言えば、縒り戻ったんじゃねえの?」
「お前なあ、よく覚えてたなその話。興味なさそうだったのに。ていうかドザエモンって俺は水死体かよ。せめて、子供たちに大人気の猫ロボットくらいにしてくれよ。」
「わはは、わりいわりい。わざとだった。でも、なんちゃら衛門としか覚えてない。」
「そのあたり、姉貴は詳しいんだよな。そういえば、姉貴が、(隆太は江戸時代が続いてたら、たぶん16代目高階隆右衛門になってた)、って言ってたってお前に話したっけ。よく覚えてたな。」
俺の姉貴の由香は歴史好きである。
高校時代、祖父の家に夏休みに滞在し、蔵の古文書を調べたりして、家の先祖のことを書いたレポートを祖父(じい)ちゃんに渡したのだけれど、祖父ちゃんが知り合いの新聞記者に見せたら、それが地元の新聞で紹介されて、祖父ちゃんの地元で話題となったこともあったらしい。
俺は、その時、姉貴と一緒に祖父ちゃんの家に滞在していたのだけれど、申し訳ないけど、そういうのには全く興味がなかった。
でも、そういえば、祖父ちゃんが自分のじいさんのお父さんだったかな、その代までは、隆右衛門と名乗っていたと話していたことは覚えている。
ちなみに、隆の字は、祖父ちゃんにも父さんにもつけられていないが、祖父ちゃんの強い希望で、隆の字を取り入れることになったらしいことは、知っている。
「すまん、たまたまだ。そうか、でも、お前のことあまり言わなくて正解だったかもな。」
「そうだね。弥生、いや、宮下さんも、よくわからないけどお金には困ってないみたいだったし。詳細は恐ろしそうなので聞かなかったけど。仮に、俺はおぼっちゃまだよーんって言っても、何ゆうとんねん、パチモンが。わてがホンマもんの超お嬢じゃボケェ、とか言われそうで。」
「何その偽関西風。お前の元カノってお笑い系のミステリアスな女?」
丸山が、タハハ、という感じで言う。
「何だそれ。って、話がぐちゃぐちゃになってきたんだけど。」
「誰のせいだし。でも、いつも通りで安心したよ。」
「いつも通りかい。」
まあ、普通な感じかもな。
「ああ。そうだ、これも言っておくか。」
丸山が少し真剣な顔つきになった。
「何だよ、改まって。」
「いや、そんなに真剣に聞いてくれなくてもいいんだけどな、お前、物事を客観視しすぎる気がするんだ。俺もそういうところあるし、お前も、もともとは俺と同じ学科目指してた理系だから、なのかもしれないけど、女の子とかさ、恋愛とかさ、他人だけでなく自分のことも客観的に見過ぎてる気がするんだよ。そういったのはさ、もっと素直というのかな、思うがままに行動してもいいんじゃないのかなって。お前みたいなのって、後から感情が追い付いてきて、しばらく後に後悔したり悩んだりしてしまうリスクがあるんじゃないのかなって。いや、そんな難しいことじゃなくて、もっと欲望・・・はまずいか、気持ちだけで行っても許されるのかなってさ、恋愛とかは。俺たちはまだ若いんだぜ。」
客観視って、普通、じゃないの、か。
別に、女の子を見て、すぐスリーサイズの数字が浮かんだり、誰を想っているかのベクトルの数値が見えるわけでもないんだけどな。
まあ、何となく瞬時に把握することもあるけど、そんなの普通、盲目的にというか瞬間的に見たり思ったりするんじゃないのかな?
それに、誰が彼女を好きとか付き合ってるみたいな話も、ふうん、って感じなんだよね。関心を持って聞くこともあるけど、あくまで第3者なわけだし、そーなんだー、そういうことするんだーって感じで。
他の奴は、しょうがないなあ、のろけやがって、幸せ者が、ご馳走様、とか言ってるんだけど、その感覚は俺には全くわからん。
でも、丸山が指摘することは、的を射てるんだよ。こいつの一言は凄くありがたいんだよ。そして、良く当たる。
「丸山、ありがとう。そうなのかもね。というか、そうできればいいんだけどなって気はするんだけどね。」
丸山は、まあ、しょうがないよな、高階は、って顔で言った。
「まあさ、あまり落ち込まないで、気軽に次に向かえよってことさ・・・。ていうのか、お前は、まだ恋愛するには、成長過程なのかもな。そのうち、普通の恋愛をするかもしれないけど・・・あれ、何言ってんだ俺。要するに、落ち込む必要なんてないってことだよ。さてと、そろそろお開きにしよう。」
次ねえ。そのうちか。それならそれでいいかも。うん、ちょっと元気になった気がする。
「そうだな。今日はありがとう。」
丸山、いつもありがとうな、俺は心の中でもう一度丸山に感謝した。
*
「隆太も辛かったんだね。」
俺は、姉貴に淡々と宮下との別れを語ったのだが、その話を聞き終わると、姉貴は優しく声をかけてくれた。
それを聞いて、俺は思わず涙ぐんでしまった。
他人には完全には自分をさらけ出すことがない俺だけれど、姉貴の前ではこんな風に素の姿を見せてしまうことがある。
俺は、久しぶりに鎌倉に住む姉貴の家に来ていた。
歴史好き、古いもの好きの姉貴らしい、古い平屋建ての家である。
年老いた女性であるオーナーさんが、生まれた時からご両親と住んでいて、養子縁組した旦那さんの仕事の都合とかで別なところに住んでいた時期もあったけれど、ご両親が亡くなった後、旦那さんと長年住んでいた家だそうだ。
その旦那さんが亡くなり、ご自分は高齢者用の住宅に住むことになったので、取り壊す予定だったらしいのだが、オーナーさんは本心では残したかったらしく、縁あってオーナーさんが姉貴に格安で貸してくれているらしい。
窓枠は一部を除いてサッシではなく、昔ながらの木枠だし、雨戸も木の板だ。雨戸の戸袋というのか、雨戸を収納するところに、不自然な窪みがあったりするので、何だろうと思ったら、昔、タイワンリスが巣にしようとして削ったらしいとのこと。
こんな感じで、古い家なのだが、オーナーさんはずっとそこに住んでいたので、中は結構暮らしやすく近代化されている部分もあったりする。
俺は、高校2年くらいまでは、この家にそこそこ頻繁に来ていたが、高校3年になると受験勉強もあって、足が遠のいていたのである。
そして、今、ここにいるのは、姉貴にあのことを報告するためである。
俺は、小さいころから何かあると必ず姉貴にその報告をしていた。
今は離れて暮らしているので、電話やメール、SNSのメッセージを利用することが多いが、今回のような重い話になると、俺は姉貴に直接話したかったのだ。
姉貴は、いつでも遠慮なくおいで、と言ってくれている。
・・いや、来なさい、という感じかもしれない。
*
私の前には、うなだれてしまった弟の隆太がいる。
「姉さん、聞いてくれてありがとう。本当は、自分だけで克服しないといけないんだけど、正直、もやもやが取れなくて。」
少し目が潤んでいるかな。本当に辛かったのだろう、と思うと、弟への愛しさを覚えてしまう。
一方、突き放さないといけないんだろうな、ということは私にも判っているのだが、小さいころから弟が何かと自分を頼ってきて、励ますというようなパターンが、私たち姉弟の標準になってしまっているのだ。
というか、
可愛い弟を、よくも弄んでくれた、のような感情を抑えられなくなっている私だ。
もちろん、弟の言い分だけでは正確なジャッジはできないし、さらに、自分がジャッジすべき立場ではないこともわかっている。
そして、弟の恋愛に関して、自分が過度にかかわるのは良くないこともよくわかっている。でも、向こうから誘われるがままに、付き合うようになったが、向こうに好きな人ができたので、一方的に別れを告げられた、という話を聞いてしまうと、その身勝手な女どうしてくれようか、という感情がメラメラと湧き上がってしまう。
さすがに、相手の女がどこにいるかは知らないし、隆太に聞くわけにもいかない。
私は、知らず険しい顔つきになっていたようだ。
「あの、姉さん。」
「な、何?」
はっとした私は、聞き返した。
「俺、もう大丈夫だよ。話したら、すっきりしたし。向こうにも向こうの事情があるんだろうしさ。」
相変わらず優しい子だな、と思うと、さっきの激しい感情は治まってしまった。
そうね、弟に余計な心痛をかけてはいけない。いつもの優しい姉にならないと。
でも、隆太は、私に話すことで、自己解決できる子になったのだな。
そうだ、褒めたいとき、私は、隆太の頭をいつもなでていたっけ。
と、思いつつ、さすがにこの年齢ではまずいかな、と自粛する。
「またそのうち、良い人に巡り合うよ、きっと。」
私は、ふと、昔隆太に赤い糸の話をしたことを思い出していた。
「そうかなあ。そういえば、姉さん、俺がちっちゃい頃、大人になったら赤い糸で結ばれている人に会えるって話してくれたことあったよね。」
隆太も思い出したらしい。以心伝心ってことね。うんうん、いいね。
「そうだったわね。でもあなた、まだ未成年だよね?まだまだ先かもよ。」
何となく照れ臭さもあって、何気に若干厳しいことを言ってしまったかな。
「いや、先でいいや。とりあえず、女の子は、話し相手がいれば、それで十分って感じ。大学行けば、普通に話せるサークルや同じコースの同級生の女子だっているし。当分、彼女とか、勘弁して、だな。」
と、笑顔を見せつつ話す隆太を見ていると、私は、切なさというか、弟に対する愛しさのような感情が湧きあがってきてしまう。
「私だっているんだよ。いつでも話聞いてあげるからさ。」
「そうだね、姉さん。ありがとう。」
でも、この頃の私は、隆太のこのような報告が、まだ序の口にすぎないということを想像できていなかった。
*
隆太は、私と話をして落ち着いたようだった。
久しぶりに来てくれた弟とゆっくりと過ごしたくなった私は、このまま家に泊まるように隆太にすすめた。
隆太は、私に気を遣って帰ろうとしたみたいだったのだけれど、それを少し寂しく感じたのは事実。隆太だって、いつかは、というか、もう私から離れないといけないし、私自身も、とはわかってはいるのだけれど。
かつて両親に言われたように、あの家で弟と一緒に住むべきだったのかもしれない。でも、それではお互いにあまりよくなかった気がする。
それにしても、隆太もいつのまにか、女の子と付き合ったりするようになったのだな、随分と成長したのだな、と私は思った。
隆太は、自覚していないみたいだけれど、女子には好かれる方ではないかと思う。
あの子、自分からぐいぐい押すタイプではなさそうだし、これからも積極的な女の子の攻勢を受けたりするかもしれない。
でも、あの子はもう簡単には靡かないだろう。
そもそも、あんな女にコロッと騙されるような隆太ではなかったはず。やっぱり両親について行かせるか、私が隆太と一緒にいるべきだったのだろうか。
いや、それは今更言っても仕方のないこと。男子校という環境から、いきなり華やかな大学に入って、惑わされたのだろう。
可愛い弟には、相応しい女の子と結ばれて欲しいものだと思う。それは、身勝手な姉の思いでしかないのだろうけれど。
そんな子、現れるだろうか。
そう、弟と赤い糸で結ばれているような子。
そんな弟の心配するよりも自分の心配をしなさいとか、お母さんには言われてしまうだろうね。
私は、夕食の準備をするために、頭を切り替えることにした。
*
「今日はここに泊まりなさい。」
姉貴に優しく言われた俺は、そのまま姉貴の家に泊まることにした。
高校時代に来て、そのままにしてあった寝間着や服を姉貴がとっておいてくれたので、とりあえずそれを着ることにした。
風呂を頂き、布団に入ったが、なかなか寝付けない。
その時、あの別れのシーンが突然蘇った。
宮下の後姿。
ああ、終わったんだな。
まあ、いいか。遅かった俺の青春もこれで終わったということで。勉強しにきたのだしな、大学には。
俺は、このとき、「終わった」と思っていたけれど、これは序章が終わったに過ぎないことを、まったく想像できていなかった。
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