第9話「王宮からの招待状」

 辺境伯親子を追い返した一件は、カイの心に大きな変化をもたらした。

 リアムという絶対的な庇護者の存在が、カイに過去と向き合う勇気を与えてくれたのだ。

 もう何かに怯えて生きる必要はない。

 自分の居場所はここにある。

 その確信がカイを強くした。


 一方、アークライト騎士団長の番に関する噂は、さらに広がりを見せていた。


『番は、虐げられていた辺境伯家の次男らしい』


『男のオメガだが、その作る料理は絶品だとか』


 真実と憶測が入り混じった噂は、ついに国王アルフォンスの耳にまで届いていた。


 ある日の午後、リアムは国王から直々に呼び出しを受け、王宮へと出仕した。

 玉座に座るアルフォンス王はまだ若いが、その瞳には王たる者の知性と威厳が宿っている。

 彼はリアムを臣下としてだけでなく、年の近い友人としても信頼していた。


「リアム、聞いているぞ。お前、ついに番を見つけたそうだな」


 アルフォンスは面白そうに口の端を上げた。


「は。お耳汚し、失礼いたしました」


「構わん。めでたいことだ。だが、少し変わった相手らしいな。グレイフォード辺境伯の次男だと?」


 国王の問いに、リアムは包み隠さず全てを話した。

 カイが男性オメガであること。

 家族から不遇な扱いを受けていたこと。

 そして彼の作る料理がいかに素晴らしいものであるか。


 リアムの話を黙って聞いていたアルフォンスは、やがて深く頷いた。


「なるほどな……。グレイフォード卿がそのような愚かな男だったとは。不憫なことだ」


 アルフォンス王は身分や性別で人を判断するような、凝り固まった考えの持ち主ではなかった。

 むしろ古い慣習に囚われた貴族たちを疎ましく思っている、革新的な君主だ。


「して、そのカイとやらの料理だが……。お前の口ぶりからすると、よほどのことらしいな」


「はい。我が人生において、あれほどの美味は経験したことがございません」


 リアムの真剣な答えに、アルフォンスはますます興味をそそられたようだった。


「ほう。あの『氷の騎士』にそこまで言わせるとは。……よし、決めた」


 国王は、ぱん、と一つ手を打った。


「リアム。近々、隣国エルミートから賓客を迎える。その歓迎の晩餐会で、お前の番に腕を振るわせてみてはどうか?」


「……! それは、あまりに大役では……」


 さすがのリアムも予想外の提案に驚きを隠せない。


「何を言う。お前がそこまで惚れ込んだ腕だ。試してみる価値はあるだろう。もちろん王宮の料理人たちもいる。全てを任せるわけではない。だが、何か一品、彼の『新しい料理』を披露させてみたいのだ」


 国王の瞳は本気だった。

 これはカイにとってまたとない機会になるかもしれない。

 彼の才能を公の場で認めさせる絶好のチャンスだ。

 しかし同時に、途方もないプレッシャーを彼に与えることにもなる。


「……カイと相談させていただけますか。最終的な判断は彼に委ねたいと思います」


「うむ、それがよかろう」


 国王は快く了承した。


 ***


 屋敷に戻ったリアムから王宮での話を聞かされ、カイは案の定、激しく動揺した。


「お、俺が……王宮の晩餐会で……? む、無理です! 絶対に無理です!」


 カイは顔を真っ青にして、ぶんぶんと首を横に振った。


「国王陛下や外国の偉い人たちの前で料理を作るなんて……! もし失敗したら……」


「失敗などしない。お前ならできる」


 リアムはカイの肩を掴んで、まっすぐにその目を見た。


「俺は、お前の料理の力を信じている。それはただ美味しいだけじゃない。人の心を動かす力がある。俺がその最初の証明だ」


「でも……」


「これはチャンスだ、カイ」


 リアムの声は真剣だった。


「お前が何者なのか、お前の才能がどれほど素晴らしいものなのかを、皆に知らしめるチャンスだ。もう二度と、誰にもお前を『出来損ない』などと呼ばせないために」


 その言葉はカイの胸に深く突き刺さった。

 もう虐げられない。

 見下されない。

 自分の力で自分の価値を証明する。

 それはカイが心のどこかで、ずっと望んでいたことなのかもしれない。


 恐怖と期待。

 相反する感情がカイの中で渦を巻く。

 リアムの大きな手がカイの手を優しく包み込んだ。


「俺がついている。何があっても、俺がお前を守る」


 その温かさがカイの迷いを断ち切った。

 カイはごくりと喉を鳴らし、そしてリアムの目をしっかりと見返した。


「……やります。やらせてください」


 その瞳には、もう怯えの色はなかった。

 料理人としての誇りと覚悟の光が宿っていた。

 リアムは満足そうに微笑むと、力強く頷いた。

 二人の運命が、また大きく動き出そうとしていた。

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