第5話「温かい寝床と不器用な優しさ」

 王都にあるリアムの屋敷は、カイが想像していたよりもずっと質実剛健な建物だった。

 貴族らしい豪華絢爛な装飾はなく、騎士団長という彼の立場を表すかのように無駄がなく機能的な造りをしている。

 けれど手入れの行き届いた調度品や磨き上げられた床からは、主の几帳面な性格がうかがえた。


 数日の旅程を経て屋敷に到着すると、数名の使用人たちが出迎えてくれた。

 彼らはリアムの後ろから現れた見知らぬ少年――カイを見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに主の命令を待つように静かに頭を下げた。


「このカイを、今日からこの屋敷に住まわせる。俺の番だ。相応の敬意をもって遇するように」


 リアムの簡潔な言葉に、使用人たちの間に動揺が走るのが分かった。

 特に、年配の執事らしき男性は目に見えて狼狽している。


「だ、団長……。そ、その……番、と仰いますと……」


「言葉通りの意味だ、セバス。部屋を用意しろ。一番陽当たりの良い部屋を。それから、風呂と食事の準備もだ」


「は、はい! かしこまりました!」


 セバスと呼ばれた執事は、慌てて他の使用人たちに指示を飛ばし始めた。


 カイはそのやり取りを呆然と眺めていた。

 自分が『番』として扱われている。

 その事実がまだ現実のものとして受け止めきれない。


「カイ、こっちだ」


 リアムに促され、カイは屋敷の奥へと続く廊下を歩いた。

 案内されたのは2階の角部屋だった。

 扉を開けると、柔らかな西日が部屋いっぱいに差し込んでいる。


 大きな窓、ふかふかしていそうなベッド、上質な木の机。

 今までカイが与えられていた物置部屋とは、何もかもが違っていた。


「今日からここがお前の部屋だ。必要なものがあれば何でも言え」


「あ……ありがとうございます……」


 カイは夢の中にいるような気分で部屋の中を見回した。

 こんなに素敵な部屋を使わせてもらうなんて、生まれて初めてだ。


「まずは風呂に入れ。服はこちらで用意させた」


 リアムが指し示した先には、ベッドの上に真新しい服が畳んで置かれていた。

 柔らかそうな生地の、シンプルなシャツとズボンだ。


「服のサイズが合うか分からんが……とりあえず、だ。明日、街へ行ってちゃんとしたものを揃えよう」


「こ、こんなに良くしてもらわなくても……」


「番に尽くすのは当然のことだ」


 リアムは当たり前のように言って、カイの頭にぽん、と大きな手を置いた。

 その手つきは少しぎこちなかったけれど、とても優しかった。

 カイはなんだか胸のあたりがくすぐったくなるのを感じた。


 ***


 案内された浴室は広くて清潔で、大きな湯船には湯気が立ち上っていた。

 辺境伯の屋敷では行水をするのが精一杯だった。

 こんなに大きなお風呂に入るのは、前の人生を含めても数えるほどしかない。


 おそるおそる湯に身体を沈めると、「はあ……」と思わず安堵のため息が漏れた。

 温かいお湯が、凝り固まった身体を芯からほぐしていく。

 湯船に浮かんでいたハーブの香りが、心を落ち着かせてくれた。


 身体の汚れを洗い流し、新しい服に着替える。

 ぶかぶかでもなく、きつくもなく、まるで測ったかのようにカイの身体にぴったりのサイズだった。

 リアムは一度見ただけで俺の体型を把握したのだろうか。

 その観察眼に少しだけ驚いた。


 浴室から出ると、リアムが廊下で待っていた。


「……ああ」


 カイの姿を見たリアムが小さく息をのむ。

 そして少しだけ照れたように視線を逸らした。


「……似合っている」


 ぼそりとつぶやかれた言葉に、カイの顔に熱が集まる。


「ありがとうございます」


 誰かに服装を褒められるなんて、初めての経験だった。


 その後、食堂で夕食をご馳走になった。

 テーブルに並べられたのは、ローストされた肉、温かいパン、具沢山のシチュー。

 どれも心のこもった温かい料理だった。


 カイは夢中で食べた。

 辺境伯の屋敷で与えられていた、冷たく硬いパンとは違う。

 ちゃんとした、人の温もりが感じられる食事。

 その一つ一つが、乾ききっていたカイの心に染み渡っていくようだった。


 食事を終え、自室に戻る。

 ふかふかのベッドに横になると、すぐに身体が沈み込んだ。

 清潔なシーツの匂い。

 柔らかい枕。

 静かで温かい部屋。

 今まで当たり前だと思っていたことが、こんなにも幸せなことだったなんて。


『本当に、夢みたいだ……』


 カイは目を閉じた。

 すぐに眠気が襲ってくる。


 今日一日、あまりにも色々なことがありすぎた。

 氷の騎士との出会い。

 運命の番という言葉。

 新しい生活。

 まだ何もかもが信じられない。

 でも、この身体を包む温かさだけは本物だ。


 カイの意識が心地よい眠りの底へと沈んでいく。

 もう、寒い物置部屋で空腹に耐えながら朝を待つ必要はない。

 そう思うだけで胸の奥から安堵感が込み上げてきて、知らず知らずのうちに涙が一筋、頬を伝った。

 それは悲しい涙ではなく、温かい涙だった。

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