11話 超える時間軸

「マ、マホさん……!」


 飛鳥はマホの元へ駆け寄り、笑顔でマホに手を差し出した。

 マホもまた笑みを返した。


「あれー? 龍が人になっちゃった?」


 先ほどマホが意識を取り戻した時は、大好きなキャラクターを真似た古風な口調だったが、今は違っていた。まるで5歳児のような純粋さだ。


「マホさん、どうしたんですか、俺です。飛鳥です」


 飛鳥はマホに視線を合わせるように膝を付いた。

 マホの瞳に飛鳥が映る。しかし、マホは飛鳥を飛鳥と認識していないようだ。


「おかしいな、やっぱり人だぁー」


 マホは龍が人になったことしか、脳が受け取っていなかった。


「私は夢を見てるんだ」


 マホはそう言うと落ちていた瓦礫を拾いあげ、躊躇うことなく足に突き刺した。

 血飛沫が、散る花のように舞う。

 何度も、何度も、笑顔で突き刺し続ける。


「やめてください!」


 飛鳥はマホを抱きしめた。

 マホの温もりに混じる、鉄の匂いと異様な甘さ。


「やだ、やだ! 放せ、放せぇ!」


 身動きを封じる飛鳥を敵だと錯覚しているのか、狂った獣のように瓦礫で飛鳥の背を刺す。飛鳥は痛みに耐える。背の痛みよりも狂ったマホを救えないことが苦しかった。


「『時越想纏――愚か者サクラス』」


 マホの体温を遮るように、何か二人の間を蠢く。


「これは……鎖?」


 鎖が意思を持っているかのように、マホへと巻き付き拘束していく。


「これくらいなら――いけるか」


 鎖はレオナの手から伸びていた。

 完全な『時越想纏じえつそうてん』は発動しなかった。ならば規模を縮小させ負担を軽減すればいい。

 レオナは 鎌だけでなく鎖のみを対象にすることで具現化を成功させていた。


「やっぱ、彼女は駄目か……。精神が完全に壊れてやがんな」


 鎖の中で暴れ泣き叫び笑うマホ。

 レオナは折られた足を引きずるようにしてマホの元へ近寄った。


「完全に壊れたって――簡単に言うなよ! 大体、こうなった原因は未来の薬なんだろ? なら、未来に行けば治せるんじゃないか!?」


 飛鳥は立ち上がり、レオナの胸倉を掴んだ。


「残念だが、未来に行くことはできない。普通の人間はな」

「そんな……それじゃあ、マホさんは!」


 ずっとこのままじゃないか。飛鳥の視線が鎖の中で震えるマホを捕らえる。涙を流し、笑い、怒り、喜び、表情を消し――また涙を浮かべる。

 今のマホが何を想い何を考えているのか、飛鳥には分からなかった。


「大丈夫、安心しろ」


 そんな飛鳥の肩をレオナが叩く。

 レオナの声は粉雪のように冷たく、それでいて柔らかかった。


「この世界はもうじき消える」

「え?」

「正確には、『この時間軸』とでも言うべきか」


 レオナは微かに息を吐いた。

 飛鳥は掴んでいた手を放すとレオナに問い返した。


「どういうことですか?」

「なに、簡単なことだ。この時間軸は――」


 レオナは倒れている男を睨みつけた。飛鳥も釣られて男を見る。倒れた男の姿は、酷く脆く見えた。


「こいつが過去に来たことで産まれた、枝のような世界だ」


 風が止まる。

 マホの暴れる鎖の音が静寂を許さないとばかりに響く。 


「だから、こいつを未来に連れて帰れば、この時間はなかったことになる」

「なかったこと……? それってどういうことだ?」

「そのまんまの意味だよ」


 レオナの声にはどこか悲しみが滲んでいた。

 男が過去に移動したことで産まれた世界は、男が未来に戻ることで消滅する。

 夜空がレオナの言葉を肯定するように白く輝き出す。


「じゃあ、マホさんは!」


 レオナは白と黒が交わる空を見上げた。


「本来の時間軸では、きっと普通に生きてるだろうぜ。少なくとも未来からの薬は使用されてない筈だ」


 マホは普通に生きている。

 その言葉に飛鳥は力が抜け、へたりこんだ


「よ、良かった……」


 未来から男が来なければ、マホはあの日のマホのまま。

 飛鳥はそれだけで満足だった。


「と、安心しているお前に提案があるんだが――いいか?」

「提案?」


 飛鳥はレオナを見上げた。


「ああ。本来ならば、この時間軸が消えたらお前も消える。だが、『時越想纏じえつそうてん』が目覚めたことで、お前は時間軸の移動に耐えられる可能性を得たわけだ」

「……時間軸の移動?」


 飛鳥はレオナの言葉を脳内で反覆する。どれだけレオナの言葉を噛み砕いても、飛鳥は腹落ちすることはなかった。


「えっと、それってどういうこと?」

「だー、くそ! 私は説明は苦手なんだよ!」


 レオナは赤髪をワシャワシャと掻いた。


「簡単に言えばお前は「本来の時間軸」と「この時間軸」――二人分、存在ができるようになるってことだよ、分かったか!? ああん!」


 飛鳥の理解を威圧で誤魔化そうとするレオナに、飛鳥は「分かりました」と小さく頷いた。

 レオナと出会い、そして戦った今のまま生きられるということ。本来の時間軸で飛鳥はそんな経験はしなかったはずだ。


「とはいえ、これは強制じゃないし、時間軸の移動に耐えられるってのも、ぶっちゃけ可能性の話だ。過去の人間が発現した例はねぇからな」


 レオナは頭の後ろで手を組んだ。

 飛鳥に与えられた選択は二つ。

 このまま全てを忘れて消えるか。

 想いを持って生きるのか。


「……マホさんみたいな目にあってる人は他にもいたりする?」

「ああ、いるな。過去の売買は今や流行りだからな」


 未来の人間に過去を買われ、過去を生きる人間たちは『遊び』に使われる。

 そして終われば何事もなかったかのように消えていく。

 そんなの――酷すぎるじゃないか。

 何をしなくても消えていくのであれば――自分のしたいことをしようじゃないか。


「俺は行くよ。例え無かったことになるんだとしても――誰かが苦しむなら、俺は助けたい」


 飛鳥の決意を試すように、意地悪く微笑む。


「そうか。他人が買った過去への介入は、未来では罪だとしてもか?」


 レオナの笑みに、飛鳥もまた、安っぽいB給映画の悪役のように微笑んだ。


「ああ。俺は過去の人間だから――未来の罪は関係ないね」


 飛鳥の言葉にレオナは手を叩いて笑った。


「いいね、気に入った改めて頼むぜ、時任 飛鳥」


 レオナは立ち上がり手を差し出した。

 飛鳥はその手を見つめゆっくりと握り返した。夜は白に飲み込まれつつある。

 飛鳥は振り向きマホに言う。


「じゃあ、行ってきます」


 飛鳥は薄れていくマホの笑い声を背に受けて――未来へと時を超えていくのだった。 

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