9話 挑むところから始めよう
「『
瓦礫から這い出たレオナは、軋む身体を伸ばしながら、痛む個所を確かめるように呼吸を整える。
拳を受けても身体を動かすレオナに、男は目を見開く。
「今のを受けても立ってられるか。……やはり、お前も『時越想纏』を使えるよな」
それは時の歪みを介して脳の枷を外し、思念を実体として纏う力。
発動できるのは百人に一人。それほどまでに稀な力。だが、未来では金を積むことで確率を上げることができた。
過去の購入と同時に追加料金を支払えば発現を促す手術を受けられる。
もっとも手術は過去の購入よりも高額なため、並大抵の人間ではそう簡単に踏み切れない。
第一、大抵の人間は未来の薬や道具を過去に持ち込むことで、その欲望を満たせる。わざわざ追加料金を支払うのは、余程、特別な力が欲しいのか、普通では物足りないと考える欲望を持っているかのどちらかだ。
「ああ、当たり前だろ」
レオナは男の問いに、不敵に笑う。
「本当はその程度なら、力を使う必要はないが――今回は特別に見せてやるよ」
レオナは手を横に伸ばして叫ぶ。
「『
その瞬間、レオナから溢れる想いが光となって爆ぜた。赤く煌めく光の粒子は物質となり、レオナの想いを形に変える。
それは、レオナが望む力の具現。
「な、なんだよ、それ……」
男はレオナが生成した武器に威圧される。
レオナが持っていたのは巨大な鎖鎌だった。
刃を覆うのは燃えるような日輪。中央には獅子の顔が刻まれている。柄には蛇の鱗のような模様が走る。鎖は生きているかのように蠢いていた。
レオナがその鎌を握ると鎌と同じく生成されていた鎧が一気に身体に装着された。
その姿は女神のように美しく、悪魔のように禍々しい。
「っ……!!」
しかし、次の瞬間。
装備されたはずの武器も鎧も爆ぜるように光を散らして消滅した。レオナは頭を抱えその場に膝を付く。痛みすらも噛み殺すようにして歯を食いしばる。
「なんだよ、ビビらせやがって」
レオナは『時越想纏』を使えない。
それが分かると男に余裕が戻ってきたようだ。身体がうねり膨れ上がる。
男の持つ『時越想纏』は自身の肉体を望む身体へと強化することだった。
能力を発動したその姿こそ、飛鳥が路地裏で見たあの異形だった。
膝を付いたレオナは、引き攣った笑みを浮かべ、巨体を睨み上げた。
「ちっ。ただでさえガタが来てたのによ、さっきの一撃で完全にぶっ壊れちまったか」
他人が買った過去に介入する行為は、時空を二重に歪ませる行為だ。
故に介入者の脳に甚大な負荷を与える。
つまり、レオナはここに来た時点で既にダメージを受けていたことになる。
「それでも、こんな奴、すぐ倒せると思ったんだけどな……」
だが、レオナは何度も介入を経験していた。自分がどこまで動けるかは把握していたつもりだった。
現に、多少の無理をしても勝ち続けてきた。相手が『時越想纏』を使用できる人間であったとしてもだ。
だが――今回は違う。
飛鳥がいた。
力を持たぬ飛鳥を庇って受けた傷によって、力を扱う余力もなくなってしまっていた。
「くそ、これが昨日だったらなぁ」
レオナは昨日も介入を行っていた。
昨日と今日。
その順番が逆であれば――男には勝てただろう。
もしくは、飛鳥と出会わなければ――。
「ま、しょうがねぇんだけどな」
過去は買えても変えられない。
男がレオナの顔を掴み持ち上げる。
レオナは、そんな状況でも勝気に笑った。
「はっ。良かったな。今なら私を倒せるぜ? まあ、こんなボロボロな相手に勝っても嬉しくないだろうがなぁ。いや、お前みたいな人間は嬉しいのか?」
決して屈服しないという強い意思を覗かせる。
しかし、それは男の欲望を駆り立てる行為だった。気の強い相手を平伏し、思い通りに支配する。
「気に入った。次はお前だ」
男はそう言うと、レオナを地面に叩きつけた。
「ガハっッ!!」
息を吐き地に這うレオナ。
男はそんなレオナの両足を、その巨体で踏みつけた。
「アアアアアアぁ!」
レオナの叫びが響く。
足の骨が折られていた。
苦痛に歪むレオナの顔を満足そうに見下ろす。
「へっ……良い悲鳴だ。だが、まだ終わりじゃねぇ」
男は踏みつけていた足をどかし、瓦礫の山を見渡す。
「あの薬……もう一つ残ってたはずだ」
そう呟くと男は瓦礫の間を漁り始めた。
マホを狂わせた薬をレオナにも使おうと考えているらしい。
レオナはその背中に痛みを堪え笑って見せる。
「は、私を薬ごときで好きにできると思ってんのか?」
「まだ、そんな口聞けるのか。こりゃ、お前が乱れる姿が楽しみだ」
男はもう、レオナを支配することしか考えていないようだ。
そのことをレオナも感じたのだろう。
「おい」
と、飛鳥を呼んだ。
飛鳥は言われるがまま、レオナの元へ駆け寄る。
「今なら……逃げれるはずだ。その子を連れて早く逃げるんだ」
飛鳥はレオナの言葉が信じられなかった。こんな目に遭っているにも関わらず、心配しているのは自分のことじゃない。飛鳥とマホの身を案じていた。
「……っ!!」
飛鳥は自身の情けなさに胸が苦しくなる。
レオナは一緒にここに来ることを止めた。無理を言って同行したのは飛鳥の意思。それなのに、ここまで、何が起こっているのか理解できず、ただ、二人を見ていただけ。
飛鳥は拳を握る。
だが、どれだけ強く握ろうとも心の奥から湧き上がる自戒の念は消えることはない。
そんな飛鳥に気付いたレオナは苦い笑みを漏らした。
「おいおい、ひょっとして自分のせいだって思ってんのか? だったら、間違いだな。なぜなら、私はこうなることは覚悟してたんだからよ。でも、お前は違ったろ?」
過去への介入によって、いつか自分が敗北するかもしれない。
レオナにはその覚悟が常にあった。
戦うとはそういうことだと。
しかし、飛鳥は違う。
普通の生活をしていただけだ。命を賭けて戦えという方がおかしな話だ。
「俺は……」
飛鳥の正当性を強調するようにレオナは続ける。
「想像してたか? 恋人を未来の薬で滅茶苦茶にされ、超能力で戦う未来人の姿を」
「それは……」
そんなこと想像もできるはずがなかった。
「だろ? だから逃げろ。そうすりゃ私の仲間があいつを倒すさ」
レオナはそっと胸を叩いて見せた。少しでも飛鳥の心配を払拭しようとしたのだが、その振る舞いは、飛鳥の胸に別の感情を芽生えさせた。
誰かを守るために命を賭して戦う。
自分もこんな風になりたいと――飛鳥は思った。
恐怖も理屈も超えた純粋な想いが心を満たす。
「俺はあいつを倒したい」
好きなことを好きだと言うように。
やりたいことをやりたいと言うように。
飛鳥は胸の中で芽生えた決意を言葉に変えた。
「お前……馬鹿言ってんじゃねぇぞ。普通の人間が倒せるわけがねぇ」
――『やりたい』だけじゃ届かない。
――『好き』だけじゃ敵わない。
でも、今それを受け入れたら、それこそマホとの出会いを無駄にすることになる。
何かを背負うためには――その現実をまずは背負わなきゃいけないのだから。
「だから――俺は戦う」
まずは挑むところから――始めよう。
飛鳥は自身を鼓舞するように叫んだ。
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