7話 俺はあの日の続きがしたい
マホがいなくなってから、三日が経過した。
警察からの連絡もなく、マホからの返信もない。
メッセージを送っても既読も付かず、あの日まで一緒にプレイしていたゲームにも、彼女がログインした形跡はなかった。
「マホ……さん」
飛鳥もゲームをプレイする気力はなかった。
それでも、仕事にだけは真面目に通うのは、小学生のころから「休むことは悪いことだ」と教え込まれてきたから。皆勤賞を貰うことが正しいと、信じて生きてきたから。
マホが行方不明になっても、マホのことを知らない人間には関係ないのか。飛鳥の周りは何も変わらなかった。
「どこにいるんだろう」
仕事を終えた飛鳥は、あの日の夜、マホが連れ去られた路地に戻っていた。ここに来ればもしかしたら、マホがいるかも知れない。
そんな期待を抱いて。
だが、ここにはマホはいなかった。
つれさったあの巨体もない。
冷気を孕んだ風が、全てを流してしまったかのようだ。
このまま、交番に行って進捗はあったのか、確認しよう。
飛鳥はそう思い、踵を返した。
その時だった。
「おい、そこのあんた」
飛鳥の前に一人の女性が立っていた。
燃えるような赤い髪と――熱い瞳。
彼女は冷えた世界を焼き尽くすほどの熱を持っている――そんな気がした。
「ここで、何か異常が起こったようなんだけどよ――なんか知らねぇか?」
赤髪の女性は、飛鳥にグッと顔を近付ける。
背が高い。
飛鳥よりも頭一つ分は視線が上だ。燃えるような赤髪と鋭い眼光。いつもの飛鳥ならば、その圧に怯えて視線を逸らし、逃げ出していただろう。
だが、今の飛鳥は違った。
彼女の言葉に、喰い付くように顔を上げた。
「い、異常って、もしかしてマホさんが、どこに行ったのか知ってるんですか!?」
飛鳥の言葉に、彼女は額を抑えて顔を上げた。都合の良い展開が転がり込んできたとばかりに、大仰にして笑う。
「こいつはラッキーだ。運が完全にこっち向いてやがる」
一人で笑う赤髪の女に飛鳥は圧倒される。
彼女はひとしきり笑った後に、飛鳥の肩に肘を置く。
「おい、あんた。その攫われたっていう人間の情報とかあったら教えてくれよ」
「情報……」
飛鳥はマホのことを教えていいのか躊躇う。女の笑いに比例して落ち着きを取り戻した。
もしも、あの巨体と友人関係だとしたら。
目撃者である自分を消そうとしていたら――。
その逡巡を見透かすようにして、彼女は肘をどかした。
「はぁ。ひょっとして、私がその巨体の仲間とか考えてんじゃねぇだろうな。あんた、警戒心ばっかり高くて、それでいて妙に真面目で変な所でプライド高い性格してんだろ。人生、疲れねぇか?」
女の口調は軽いが、どこか芯があった。
それはきっと、彼女には確かな意思があるからだ。言葉は「何を言うか」よりも「誰が言うか」が大事にされる。
だからこそ、飛鳥は何も言い返せなかった。
「ま、でも、そういうのも悪くはねぇか。そう言うヤツの方が信用できる」
そう言って彼女は、笑みを消し真っ直ぐに飛鳥を見据えた。
「安心しろ。私はお前が思っている奴の敵だ」
「敵……」
「ああ。向こうから見たら私は無法者ってことになるだろうな。まあ、肩書なんざ、この私には関係ねぇんだけどな」
彼女は「ふっ」と優しく笑う。
「私はあんたみたいな奴を助けたいんだからな」
燃えるような瞳に籠る暖かさ。
その瞳は嘘を付いていないと感じていた。
「……分かりました」
飛鳥はマホの情報をすべて伝えた。
ゲームのアカウントに、メッセージアプリ。最後にやり取りした時間――。
「いいね、複数のアカウント通信履歴。これだけありゃ、充分だろ」
その瞬間、飛鳥の頭に鋭い痛みが走った。
まるで何かが強制的に脳の奥へと割り込んでくるような痛み。
「っ、ぐ……!!」
ほぼ同時に赤髪の女も頭を抑えて呻いていた。
「つッ!! ……博士か。丁度いいタイミングだ」
彼女は独り言のように呟くが、その声は、どこかここではない別の空間に向けられているようだった。
「ああ。この時代なら残ってるはずだろ?」
沈黙。
無音になった空間。
飛鳥の脳に走る痛みは、誰かが頭の中で直接叫んでいるようだ。
痛みに耐え目を瞑る。
すると、「流石だ」と嬉々とした声が耳に響いた。
「仕事がはえーな。あん? 私は大丈夫だ。その代わりに次の連絡は早めに頼むぜ」
そう言って彼女は、ゆっくりと飛鳥へ顔を向けた。
それと同時に飛鳥の頭の痛みは消えた。まるで痛みという果実が、枝から捥ぎ取られたかのようだ。
不思議な感覚に、飛鳥は傾げる。
だが、飛鳥の違和感は、彼女が発した言葉で地に落ち消えた。
「良かったな。お前のガールフレンドの居場所が分かったぜ?」
「本当ですか!?」
飛鳥の胸に希望の灯が光る。
もう会えないかもしれない。そう思っていたマホの居場所が分かった。鼓動が早まり胸が張り裂けそうになる。
「早く教えてください!!」
一刻も早くマホに会いたい。
逸る飛鳥に劣らぬ速度で彼女は首を横に振った。
「駄目だね。こっからは私に任せとけ」
「なんでですか!?」
「なんでって、そんなの決まってんだろ? それとも、あれか? お前はその巨体とやらに勝てる自信でもあんのか? ああん?」
片目を細めて口角を上げる仕草は、まるで喧嘩を売る半グレのようだった。
だが、言っていることは正しい。
マホに会いに行くということは、あの巨体の男と出会う可能性があるということ。
マホを軽々と担ぐ腕力。
人間とは思えぬ脚力。
飛鳥はそれをその目で見ていた。
身をもって味わった。
だが、それでも――、
「勝てなくても行きます。行きたいんです」
自分で動かなければ何も始まらない。
良い子のフリして、波風立てずに生きていた。
その結果、辿り着いたのは、『何も持ってない自分』。
今の自分が手を出しても迷惑になるからと、何もしなかった。だから、仕事は任されなかった。
友人も仕事が忙しいし、家族がいる。自分と遊んでる時間なんてない。だから、友人とは一切、連絡をしなくなった。
本当は迷惑をかけてでも、何か一つくらい自分のやりたいことを掴みに行くべきだった。
誰かに笑われても、拒絶されても――好きなことを「好き」と言って好きにやるべきだった。あの夜、マホが言っていた言葉だ。
「俺は、本当はマホさんともっと早く会いたかったんです。でも、関係が壊れるのが怖くて誘わなかった」
その結果、マホは攫われた。
あの日じゃなかったら、マホは攫われなかったかも知れない。そしたら飛鳥と一緒に朝までカラオケを楽しんだはずだ。
だから――、
「俺はあの日の続きがしたい」
決意を込めた瞳で赤髪の女を見つめる。飛鳥の瞳にもまた、熱く、それでいて静かな炎が宿っていた。
赤髪の女は頭を乱暴に掻く。
「くそ、私はそう言うのに弱ぇんだよ」
赤髪の女は短い舌打ちと共に言う。
「分かった。ついて来いよ。その代わり、ヤバくなったら直ぐ逃げろよ」
「はい!」
風が二人の背中を押す。
飛鳥は後について歩き出した。
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