5話 『それ』
「いや、今日は寒いですなぁ……」
「ですね。ついこないだまでは、夜でも暑かったんですけどね」
10月中旬。
つい一週間前までは、「10月になったのに暑い」と職場の人々が世間話に華を咲かせていたことを思い出す。
しかし、ここ数日で気候は一変し、風が冷気を鋭く運んでいた。
マホが肩を抱くようにして両腕を擦る。
「うう。飲みすぎちゃったし、身体も冷えてしまった。カラオケ行く前にコンビニで暖かい飲み物買ってこ。これから行くとこ、持ち込みいいとこ。色々買い込んでこ!」
「なんで、急に韻を踏んでるんですか」
唐突にラッパー口調になったマホの提案を受けて、二人は道中のコンビニに立ち寄った。
「おお! 新商品が出ているではないか!」
マホがスナック菓子の棚に目を光らせる。手に取った商品を迷わずカゴに入れると、次はスイーツコーナーへ。季節限定のスイーツをどれにしようかと悩んだうちに、「今日は特別なのじゃ」と、全部をカゴに入れた。
「一人でこんなには食べれんが、二人ならばいける!!」
「ですね。俺も食べてみたかったので、嬉しいです」
他愛のない会話が、優しく揺らめくさざ波のように、静かに二人の距離を近づけていく。
「よし、ここの会計は儂に任せろ」
「でも……」
飛鳥は商品が大量に入ったカゴを見る。
こういう時は男が払うべきだ。
29歳の飛鳥の頭には、古い世代の名残がこびりついていた。だが、世代が一回り以上離れているマホにはないのだろう。
気にする様子もなく豪快な笑みで、「さっきはお主が払ってくれたではないか。二次会は儂に任せておけ」と、胸を叩いた。
「では、お言葉に甘えます」
会計を終えた二人は、夜気の中に戻った。
終電を過ぎた駅前には、人の影がまばらに散っているだけだった。
「お、こっちの方が近そうだ」
地図アプリは大通りを通るように道を示していたが、マホは一つ手前の細い道を指した。
細い裏通り。
街灯の間隔が広く、秋夜は濃さを増していた。
「これくらいの静かさが落ち着きますね」
「そうじゃのぉ、いい雰囲気じゃのぉ」
夜風が二人の間をすり抜ける。
だが、その風がふと乱れた。
まるで、誰かが風を遮ったかのような不自然な流れ。
飛鳥は思わず振り返ったが、そこには何もなかった。
「どうしたんじゃ?」
「いや、何かいたような……」
「確かに急に風が静かになったような気もしたが……気の所為じゃろ」
マホの言う通り、気のせいだろう。
飛鳥は、夜、誰かと歩いていることに浮かれているんだなと、改めて前を向く。
その瞬間――腕の骨が軋んだ。
「……っ」
痛みに気付き、状況を把握するよりも前に、視界が跳ねた。
身体が重力を失ったと感じた時には、飛鳥はビルの壁に叩きつけられた。
「がッ……!!」
全身を貫く衝撃と痛み。
肺の中の空気が全て押し出され、視界が霞む。
耳鳴りで風の音がノイズのように聞こえる。
朧げな視界の先に『それ』はいた。
人形の形をしている。
だが、その体格は明らかに人間離れしていた。
二メートルはあろう巨体に、通路を塞ぐほどの恰幅。
街灯の光すらも吸い込むようにして、『それ』は立っていた。
「こんどはこいつでいいか」
低い声が空気を震わす。『それ』は軽々とマホを抱え上げた。まるで、鞄でも持つが如く自然な動作だった。
「やっ、助けて――!!」
マホは最後の抵抗として、助けを求め声を出す。
だが――『それ』が、トンと、マホの首裏を指で打つ。それだけでマホの身体は力を失いダラリと四肢が垂れた。
「な……」
『それ』は身体を鎮めて跳躍する。その体型からは想像もできない高さ――否、普通の人間では超えることのできない高さを跳躍する。
ほんの数秒で、そこには誰もいなくなっていた。
「何が起きたんだよ」
飛鳥は声にならない声を漏らした。立ち上がろうとするが、痛みで力が入らない。それでもマホを助けようと手を伸ばす。
そんな飛鳥を『それ』は笑い、ゆっくりと空を見上げ地面を蹴る。風圧で飛鳥の視界は奪われた。
次に視界が戻った時、その場には誰もいなくなっていた。
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