4話 まだ、帰りたくないの
店内の喧騒から隔てられた個室。
笑い声やグラスの音が、壁越しにくぐもって響く。
天井から吊るされた照度を抑えた灯りが、琥珀色の光をテーブルに落としている。
その中心。
飛鳥とマホはテーブルを挟んで座っていた。
「ほい、じゃあ、乾杯じゃ」
マホはビールジョッキを持ち上げた。小さな手で持つジョッキは、まるで特大サイズのようだ。グラスの中で泡が弾ける。
飛鳥は「改めまして」とグラスを軽く合わせた。
コクリ。
軽く一口飲み込む。
麦の苦みと炭酸の刺激が喉に流れ込んだ。
「んっ、ん!」
一口で口を離した飛鳥とは対照的に、マホは何度も喉を鳴らす。瞬く間にグラスが空になった。その小さい体からは想像できない豪快さだった。
「ん? どうした、酒は嫌いか?」
飛鳥のグラスは、ほとんどビールが残されていた。
「正直、あまり好きではないです。こういう時は最初の一杯だけ付き合うようにしてるんですよ。入社したばかりの頃にそう教えられまして……」
「そうなのか。なら、儂が貰おう」
言うが早いかマホは少し身を乗り出して、飛鳥の前に置かれたグラスを手に取る。
そしてそのままの勢いで一気に飲み干した。
「ぷはー、上手い!」
「えっと……良かったんですか?」
「何、儂が飲みたいから飲んだだけじゃ。注文する手間が省けて助かったわ」
次は何を飲もうかなとメニューを開く。
「でも……」
「気にするな。好きな人に呑まれた方がビールも、飲む人間も幸せというモノじゃ」
「……」
マホはゲームの中だけでなく、現実でも明るかった。
マホは串焼きを掴むと口へ運ぶ。
小柄な身体とは裏腹に食べる姿は豪快だ。
「うまいのぉ。やっぱり肉は最高じゃ。火と鉄とタレを手に入れた人類にもはや敵はいない」
マホの言葉に飛鳥は噴き出した。
「何言ってるんですか」
「いや、そうは思わんか? 肉を語るときに器が小さい人間は、何をしても器が小さくなるもんなのじゃ」
がぶりと残っていた串に齧り付いた。
そして、「にしし」と笑う。
飛鳥はその笑顔に、「マホさんは面白い人だ」と笑い、真似をして串に食らいついた。
もう飛鳥に緊張はなかった。
そこからはゲームの話から、職場の話しになり、子供の頃にハマっていたアニメまで、話題が尽きることなく、二人は話していた。
因みにマホの口調は好きなアニメから取り入れたらしい。
好きなモノを、「好き」といって好きにする。
マホの生き方は飛鳥の憧れに近かった。
「飛鳥時代よ、どうやら儂とお主は趣味が近いようじゃな」
「というか、マホさんの守備範囲が広いだけな気もしますが」
マホは22歳。
飛鳥とは7つ離れているが、マホは飛鳥が子供の頃のアニメは勿論、それよりも古い時代のアニメまで知っていた。
「そんなことはないし、何よりお主は凄い話易いのじゃ」
「お、おお」
飛鳥はマホの言葉に慌ててスマホを取り出してテーブルに置いた。
「どうしたのじゃ?」
「いえ、俺は普段から褒められることないので、ちょっと録音して目覚ましにでもしようかと」
「やめんか!!」
二人の笑い声が個室で弾ける。
テーブルの皿は空になり、グラスの中身も亡くなっていた。
「マホさんと話しているの楽しいです」
「儂もじゃ」
カハハと笑うとグラスに残っていた氷を口に含んで齧った。
飛鳥はスマホの時計を見る。
すでに二人が店に来て4時間が経過していた。
そろそろ終電の時間だと飛鳥は気付いた。
だが――、
「まだ、帰りたくないの」
ポツリ。
まるで飛鳥の心の奥を覗き込んだかのようにマホが言った。
飛鳥は驚きに目を見開く。
そしてゆっくり頷いた。
「俺もです」
マホはニヤリと笑った。
「このまま二次会でも行くか?」
「お願いします」
飛鳥は照れながら頷いた。
この夜は恐らく一生の思い出に残る。マホとの出会いは自分の未来を変えていく。
そんな予感が――飛鳥にはあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます