3話 飛鳥時代
「……やっぱり、来ないよね」
約束の時間は過ぎた。
マホからのメッセージはない。
声も顔も知らない相手。
これが当然だ。
それでも、ここまで来たのだからあと10分だけ待つことにした。目を瞑りただ、秒数を数えていく。心臓の音が、カウントを邪魔するように大きく聞こえる。
秒数が200を超えた所で、スマホが震えた。
飛鳥は急いで画面を見る。
『10分前行動って、お主は真面目な学生か! 私は不真面目なので少し遅れる』
マホからのメッセージだった。
会社であれば約束の時間から20分過ぎていたら叱責されてもおかしくないし、職場であれば飛鳥も苛立つかも知れない。
だが、今は違う。
マホが自分に会うために向かってきてくれる。
それだけで身体が熱くなるほどに嬉しかった。
『変なところが真面目なので。慌てず来てください』
飛鳥は喜びに降るえる指先で返信する。
すると、直ぐに既読が着くと同時に写真が送られてきた。
全身鏡に映る人物。
顔にはお祭りで売っている特撮ヒーローの仮面。服は紺にピンクのラインが入った有名スポーツメーカーのジャージだった。
『今日はこの服装で行く! 嫌だったら今の内に逃げろ!』
どうやら、この写真は今日のマホの服装のようだ。
「これが……マホさん」
華奢な体躯に細い肩。
顔は隠れているが間違いなく女性だった。
チャットで『女子力を上げるために狩りに来た!』とか、『可愛いは属性攻撃に宿る!』とか言っていたので、女性なのかもしれないと思っていたがこの写真をみて確信に変わった。
「性別は関係ない……でも」
マホが女性だからと会いに来たわけではない。一緒にプレイしていた楽しい相手に会いに来たんだ。だが、それでも一つ確認しなければいけない。
そのことを伝えるために、飛鳥は素早く指を動かした。
『……か、仮面は付けてないですよね?』
顔を隠したいのであれば、もう少しいい方法があるのではないか?
だが、何よりも飛鳥が不安になったのは、その仮面が『今日の服装』に含まれているのではないかということだった。
『安心せい、流石に仮面は外している』
『ですよね……』
飛鳥は少し安堵した。自分も写真を送った方がいいのかと思ったのだが、この場所で写真を撮ることはできない。
結局、飛鳥は自身の写真を送ることなく待つことにした。
『着いたぞ』
とメッセージが届いた。鼓動のギアが一気に跳ね上がる。飛鳥は周囲の人々に視線を走らせる。
――いた。
飛鳥が待っていた場所から少し離れた位置に紺にピンクのラインが入ったジャージを身に着けた女性。
身長は女性の平均よりも大分低いようだ。
恐らく、150cmはないだろう。
飛鳥を探しているのか、キョロキョロと顔を動かす仕草はまるで兎のようだった。いや、仕草だけでなく表情も兎に似ていた。
丸い顔に白毛を思わせる滑らかな肌。
目と口は小さく、小さな体に対して少し耳が大きい。
「よし」
心臓が喉から飛び出しそうだ。
小さく頷き無理矢理飲み込むようにして、ゆっくりとした足取りで歩いていく。近付いてくる飛鳥に気付いたのか、マホは大きな瞳でじっと見つめる。
毎日、一緒にプレイしていた相手が、こんなおじさんだったらどう思うだろうか?
飛鳥はそんなことを考えながらも、マホに声を掛けた。
「マホさん……ですよね?」
「おお、その通りだ。ということは、やはりお主が
マホは飛鳥のことをゲーム内の名で呼んだ。
マホの声は、文字がそのまま音になったようだった。
マホの言葉に飛鳥の不安は少し溶ける。
「はい、そうです。初めまして」
「初めましてじゃな。取り敢えず移動しようかの。ここは人が多過ぎる。儂は人混みが大嫌いなのだ」
「ですね、俺も苦手です」
飛鳥はマホと並んで歩く。
見た目の通りに歩幅が小さいようだ。飛鳥は半歩後ろに下がりながら歩調を合わせた。
「取り敢えず、近くにあった居酒屋を予約しといたんですけど……良かったですか?」
「おお! 気が利くのぉ飛鳥時代は。さてはお主、リアルでモテるな?」
「モテませんよ。29才になるのに独身です。えっと、マホさんは……何歳ですか?」
初対面の女性に年齢を聞くのは失礼だとは思うが、『華金』と聞いて飛鳥は居酒屋を予約してしまっていた。だが、ひょっとしたらマホは未成年の可能性もある。酒を購入したら必ず年齢制限をされるに違いがない。
「儂は24歳だ。見えんだろう?」
マホは少し振り返りはにかんだ。
自由気ままな風貌のマホに、飛鳥は釣られて笑う。
駅前の灯りが二人の影を伸ばし重ねていく。
これまで画面の中でしか交わらなかった二人が、今、現実にいる。
親しいのに初めての出会い。その不思議な距離感が、飛鳥には心地良かった。
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