2話 人生で一番長い10分間

「本当に……くるのかな?」


 飛鳥は横浜駅近くにある公園にいた。公園といっても子供たちが遊べるような遊具はなく、舗装された広場があるだけだ。

 夕暮れが近いからか、人は殆どいなかった。


「新幹線に乗ったのも、数年振りだな」


 ベンチに座り小さく声を漏らす。これから人と会うというのに、半日も声を出していなければ、第一声がしわがれた蛙のようになってしまうかもしれない。飛鳥は、そんな心配から、発声練習のつもりで呟いていた。


 飛鳥が新幹線で片道1時間掛けて横浜を訪ねた理由。

 それは、マホとの待ち合わせだった。

 昨夜、イベントを周回で素材集めを終えた後の休憩タイムで、唐突にマホからメッセージが届いた。


『明日の夜、華金をしないかい?』

『えっと、もう日付が変わってますけど?』

『じゃあ、華土はなど

『なんだか、一気に華やかじゃない響きになりましたね』

『うるさい! 私だってたまにはそんな気分の時もあるんだ!』


 深夜テンション特有のノリに飛鳥は苦笑した。だが、飛鳥もまた深夜で気分が高まっていたのかも知れない。

 迷うことなく『いいですよ』と返事を返した。ならば、今から寝て明日の夕方に集まろうと決めて、昨晩は終わりにしたのだった。


「でも、流石に早く着き過ぎたかな?」


 飛鳥は約束の1時間30分前には駅についてしまった。それならば、横浜観光を楽しもうと思ったのだが、その感情は横浜駅の雑踏に踏みつけられ消えていった。


 飛鳥は基本的には職場と家の往復しかしない。しかも自家用車でだ。そんな飛鳥に取って、日本で人口が二番目に多い都市は気力を奪うには充分だった。


 仕方なくコンビニで缶コーヒーを買い公園のベンチに腰を降ろした。缶のタブを開けて口を付ける。砂糖がたっぷり入ったコーヒーの甘みが、喉を通り疲れた心に染み込んでいく。


「にしても、なんでマホさんは急に会おうなんて……。知り合って一年経つけど、そんなこと言うのは始めてだ」


 飛鳥はマホと出会った時のことを思い出す。

 二人が出ったのは現在プレイしているシリーズ最新作。モンスターの大半が一新され、環境や新たに追加されたアクションなど、これまでのシリーズとは全くの別物になっていた。


 開発したプロデューサーが言っていた『全ての人に初めての経験を』という言葉は消して誇張ではなかった。


 これまで全てのシリーズをプレイしていた飛鳥でさえ、初心者に戻ったような気持ちでプレイすることができた。


 だからこそ、飛鳥は環境に慣れるためにも、積極的に救難信号に参加を繰り返していた。

 マホは、その中の一人だった。

 彼女はどうやら、このシリーズから始めらしい。

 立ち回りはおぼつかず、モンスターを前にしたらあたふたするタイプ。

 なのにチャットだけは異様に多かった。


『助けて!』

『ちょ、なんでこっちばかり来るの? 美味しそうなの!?』

『回復しようと思ったら罠置いた!!』


 そんなチャットが、次々と流れてくる。

 飛鳥は思わず口元を緩めた。

 救難信号で一緒にプレイをしても、基本は簡易チャットの簡単な挨拶のみ。基本ソロでプレイする飛鳥にとって久しぶりの『誰かと遊ぶ感覚』だった。


 結局、そのクエストは殆ど一人でモンスターを狩った。

 討伐後、クエストから戻ると、マホからフレンド申請が届いた。

 飛鳥は僅かに悩んだ後に、別にフレンドになるだけならばと承認のボタンを押した。

 そこから、毎日のように一緒にプレイをするようになったのだ。


「そろそろ向かおうかな」


 昔のことを思い出していると丁度良い時間になった。待ち合わせは駅前。今から向かえば10分前には付けるだろう。

 駅に向かって歩く。

 学生時代はこういう時大抵道に迷っていたのだが、今では常に地図が見れて案内してくれる。時間通りに駅前に付いた。

 駅前を多くの人が歩く。


「本当に……来るんだよね?」


 到着してから二度目の自問をしても、答えは返ってこない。駅前を歩く人々の足音に重なるように、心臓の鼓動が早くなる。


 飛鳥は少しでも問いの答えに近づこうと、到着したことを伝えた。

 マホからのメッセージは昨夜で最後。出発したことも、道中を伝える言葉も受け取っていない。


 そこから10分。

 メッセージに既読は付かない。

 マホが来るのかどうかの不安と戦う。もう時間になったのかと何度も腕時計で時間を確認するが、まだ予定の時刻ではない。まるで、時計の針に重りが付いているのかと思えるほどに時間が長い。


 そして――、人生で一番長い10分間が終わった。

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