プロローグ②
「ほう。私が未来の人間だと、何故知っているのですか?」
ピエロ服の男が未来から来たことは、この時代の人間には知る由もないはずだ。
知っているとすれば――この女もまた、自分と同じ未来から来た人間ということになる。
「もしかして、あなたはルールを破ったのですか?」
「は、そんなことはどうでもいいね!」
赤い髪の女性は、自分よりも背の高い男、ましてや銃を持つ相手に対しても怯むことなく、一歩前に踏み出した。
ピエロ服の男は、ゆっくりと銃口を向ける。未来からの来訪者。それだけで警戒する理由は充分だった。
「どうでも良くはありませんねぇ。私はこの過去を、正式な手順を踏んで購入しています。それがどういうことか、分かりますよね?」
ピエロ服は、自分の玩具を盗られた子供のように不服そうだ。
怒りを紛らわすように、引き金にカチ、カチと指を掛ける。
ほんの少し力を込めれば、いつ発射されてもおかしくない。
だが、彼女の勝気は崩れない。
「ああ、購入した過去に後から入ることは――『
未来からの人間が過去を旅するために設けられた規則。
それを破る者は、未来で罰則を受ける。
だが、その規則では――過去で人を殺しても、罪に問われることはない。
その惨劇を、彼女は嫌というほど見てきた。
何度も、何度も。
目の前で過去の人々が殺される様を、凌辱される様を、その赤い瞳で――。
「残念だけどよ、私は規則よりも命を大事にする人間なんだよ!」
赤髪の女性は胸に手を当て、吠える。
「『
彼女の叫びと共に、空気が震えた。
赤い光の粒子が絢爛に輝き、やがて物質を帯びていく。
光は鎧のような形を成し、彼女の身体の各部位へと、光の糸に引かれるように装備されていった。
全身を覆う重装ではない。
動きやすさを重視した鎧。
だが、何よりも目を引くのは――彼女が手にした武器だった。
否、それは鎖鎌ではない。
鎖鎌と呼ぶには、鎌が巨大すぎる。
彼女は、自身の体躯ほどもある大鎌を軽々と回す。
振り回される刃が風を切る音は、まるで嵐のようだった。
迫る風圧と、その異形の姿に――
「じ、じえつそうてん……だと!!」
ピエロ服の男は、これまでの冷静さが嘘のように取り乱し、引き金を引いた。
放たれた弾丸は、レールを走る車両のように一直線に赤髪の彼女へと向かう。
キィン。
金属に弾かれたかのような甲高い音が響いた。
「『時越想纏』を使えば、肉体が強化されることは、お前も知ってんだろ?」
赤髪の女は、嘲笑うように目を細める。
「ひょっとして、お前――能力が発動しなかったのか? それとも買えなかったのか……。ま、どっちにしても、私の相手じゃねぇな」
彼女は鎌ではなく、鎖の先端に付いた分銅を放り投げた。
鎖は、まるで意思を持つ蛇のようにうねり、伸び、ピエロ服の身体に絡みつく。
「じゃあ、精々、未来で苦しむんだな」
彼女が鎌に力を込めると、それに呼応するかのように、ピエロ服に絡みついた鎖が締め上げられた。
「か、かはっ……!」
圧迫される苦しみの中で、男の意識は刈り取られ、だらりと頭が垂れた。
「さてと……。じゃあ、こいつには、しっかり反省してもらおうか」
能力を解除した赤髪の彼女を労うように、雲が月を隠す。
隠れた月を掴むように伸びをした瞬間――
頭にプラグを差し込まれたかのような感覚が走った。
「……っと。いきなり繋ぐなよな」
『それはすまない。しかし、こればかりは事前に告知するわけにもいかないからね。確かに不便だ。どうすれば解決できるか、考えてみよう』
頭の中で響く声は、ブツブツと解決策を探し始める。
それは、耳元を飛び回る蠅と同じくらい鬱陶しかった。
「今考えんなって。とにかく、ちょうどムカつく奴を捕まえたんだ。準備を頼むぜ」
『それは良かった。だが連続で悪いんだけど、また別の過去に行ってはくれないか?』
声の主に対して、彼女は嬉々として目を輝かせる。
「いいぜ。次はどんな奴だ? 次は力を使える人間がいいなぁ」
『力を使えるかは分からないが、かなり酷いことをしているらしい。2026年の日本に飛んだようだ』
「おお、100年前か! 悪くねぇな」
頭からプラグが抜けるような感覚が走る。
「さてと……じゃあ、この未来が平和であることを祈るか」
彼女は、そっと夜空を見上げた。
雲が流れ、月が姿を現し、再び赤い髪を照らす。
次の瞬間、赤い光が彼女を包み込み――
風に溶けるように、その姿は消えた。
彼女が立っていた場所には、僅かな赤い残光だけが揺らめいていた。
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