クロノ罪人

朝昼夕夜

プロローグ①

空が闇の衣を広げる。

 その裾に包まれた木々が、不気味に揺れていた。それはまるで襤褸布ぼろぬのを纏った死神のようだ。

 ケタケタと――風に揺れ、笑う。


「はあ、はあ……!」


 森の中を必死の形相で走る一人の男がいた。ぬかるんだ地面が男を引き留めるように絡まり、冬の風に白い息が弾む。

 男は全身泥にまみれ、顔は枝で切ったのか血を滲ませていた。


「くそ、くそ!! なんで俺はこんな目にあってんだ!!」


 楽して金が稼げると思ったのに!!

 男は自身が想定していた未来を思い浮かべ、涙を堪える。


 パキ。


 背後で枝の折れる音がした。心臓の鼓動が一気に早くなり、苦しさが増す。だが、それでも足を止める訳にはいかない。

 足を止めたら、死という闇に飲み込まれるのだから。


「全部、あいつのせいだ!!」


 ピエロのような服を着た、あの男の話に乗らなければ!!


『鬼ごっこで逃げきれたら、100万円を差し上げますが……どうしますか?』


 パチンコで負けた昼過ぎ。

 ピエロのような服を着た男が、薄気味悪い笑顔と共に話しかけてきた。

 白い襟巻に赤い服。赤に浮かぶ白い水玉模様は、男の真面目な表情に全くと言っていいほど似合っていなかった。


 あからさまに怪しい誘いだったが――ピエロ服の男は実際に金を持っていた。

 手に提げていたアタッシュケースを開くと、中には100万円の束が綺麗に並べられていた。


 相手の体躯は細く、いざとなったら逃げればいい。

 負けてイライラしていたしな。

 そんな軽い気持ちで参加した。

 なのに――!!


 バアン!


 空を裂く雷のような轟音に、思わず男は足を止めて身を震わせる。


「私の所為……? それは違いますよ。これはあなたが選択した未来です」


 闇に紛れるようにして――ピエロのような男はいた。

 月を刺すように伸びる木枝。

 幹に寄り掛かり座る男。白い襟巻が風に揺れる。男の持つ猟銃が月の光を反射する。

 轟音の正体は、その銃だった。


「ゲームオーバですね」


 まるでそこが舞台とでも言うかのように優雅に、男は両手を広げた。

 そうすることで肩から掛けられた猟銃が、嫌でも目に付く。


「な、なあ! た、助けてくれよ」


 男の懇願に、ピエロは微笑みながら首を傾げる。


「私が命乞いに応じないのは、知っているでしょう?」


 ピエロ服の言う通りだった。

 このゲームが始まった直後。一番最初に捕まった人間を、この男は容赦なく甚振り、撃ち殺した。

 そして、他の参加者たちも同じように……。


「ふ、ふざけんな! こんなことして、ただで済むと思ってんのか! 警察や国が黙ってないぞ!」


 人を殺すことは重罪だ。

 許されるはずがない。

 男の脅し文句に、ピエロ服の男は腹を抱えて笑った。


「ははっはっは」


「何がおかしい!」


「それはつまり、警察など関係なければ、このゲームを続けても良いということでしょう?」


「どういうことだ?」


「さあ、どういうことでしょうね? まあ、何にせよ、あなたには関係ない事です」


 ピエロは笑顔を消すと、寝ぐせを直すような軽い動作で銃を構えた。

 そして、躊躇うことなく引き金を引く。


 パン。


 頭部に穴が開き、倒れる男。

 命尽きた男に興味はないのか、夜空に浮かぶ月に、舞台の幕引きを告げるように手を広げた。


「ああ、最高です。罪にも問われず、好きに人を殺せる。なんと良い時代でしょう」


 ピエロ服は、そう一人呟いたつもりだった。

 だが――。


「ふざけんな……! 何が良い時代だ。てめぇ!」


 いつのまに現れたのだろうか。

 撃たれ、地べたに転がる男を抱える一人の女がいた。

 後ろで縛った赤い髪は月光を反射し、燃えているかのようだ。

 そしてその瞳もまた――熱く、赤く輝く。


「あなたは……? ゲームの生き残りですか?」


 ピエロは、このゲームはもう飽きたと言わんばかりの瞳で見つめていた。


 人の命を弄ぶゲーム。

 そのことに対して、赤髪の彼女はグッと倒れた男の肩に力を込める。

 まだ僅かに残った熱が、男が生きていたことを告げている。

 そして、その命は――もうない。


 彼女は失われた命の行き場を求めるように叫ぶ。


「そんなわけねぇだろ!」


 赤髪の彼女は、そっと抱えていた男を地面に寝かせ、目を閉じ祈る。

 次に目を開いた赤い瞳は、炎のように怒りを灯していた。


「私はあんたと同じで、未来・・から来た人間だ!!」

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