第2話:テレビ討論会
ざあざあ、ざあざあ。
雨は続いている。
交差点角の小さな屋台で、青いビニールシートが風に膨らむ。
ばさ、ばさ。
柱にボルト留めされた古いテレビが、討論番組を流していた。
画面の中は、嵐だった。
別の種類の。
ドン!
重低音。
画面いっぱいに赤いテロップが走る。
『緊急討論!たこ焼きは禁じるべきか!?』
ででん!
効果音が追いかける。
『80件・8人死亡——同意書は合法に』
黄色い文字。
白い縁取り。
影までついてる。
読みにくい。
「さあ!」
司会者が叫ぶ。
ぴかぴかのスーツ。
ぎらぎらの笑顔。
「本日のテーマは、ずばり——」
どどん!
「たこ焼き、アリかナシか!?」
スタジオには四人。
名札がでかい。
【科学者】 国立食品安全研究所 主任研究員 モミアゲが立派
【SFS代表】 安全な屋台を守る会(Safe Food Stalls) 眼鏡がきらり
【料理人】 肩幅が牛 腕組みがデフォルト
【首相】 ヤキズミ・ハチロー 「生粋のたこ焼き好きとして」出演
——先生。
司会者が科学者に向く。
——今、分かっていることは?
科学者は、世界が落ちないように、というふうに両手を机に置いた。
こほん。
——調理済みの触手片が"反射"を示す例があります。
しーん。
——死後硬直の収縮は前から知られていますが……
ごくり。
スタジオの誰かが唾を飲む音。
——ここには単なる反射では説明できない"動きの並び"がある。
ざわ……
——そして、ある三条件が重なったときに頻発します。
科学者は指を折る。
ぴっ。
——たこ焼きの中心で、内部温度が約70℃。
ぴっ。
——生地が、わずかにアルカリ性。
ぴっ。
——球型の型の中での回転が、層を組織化する。
間。
ま。
——手短に呼ぶなら——
科学者は眼鏡を押し上げる。
きらん。
——タコ焼きトリゴン。
テロップが出る。
『T³(ティー・キューブ)/たこ焼き三条件』
——要するに、T³がそろわないかぎり、目覚めはない。
——悪魔のレシピみたいな言い方ですね!
司会者が笑う。
あはは、あはは。
誰もついてこない。
しーん。
——……あ、えー、と。
咳払い。
——先生、否定されますか?
科学者は首を振らない。
——否定はしません。
淡々と。
——"中心の熱"。"アルカリ"。"円運動"。
——どれも平凡。
——でも一緒になると……
間。
——……有効です。
ざわざわざわ。
SFS代表が身を乗り出す。
両手を組む。
祈りを聞かせるみたいに。
——立場はシンプルです。
眼鏡がきらり。
——現象が完全に解明されるまで、モラトリアムを。
——店は支援します。同意書は第一歩です。
——でも大事なのは市民。
ぐっ、と拳を握る。
——T³をやめれば、死人は出ません。
——リスクを取る理由は?
どん!
テロップ。
『SFS代表、禁止派の主張!』
うるさい。
——ちょっと待てよ。
低い声。
牛みたいな肩を持つシェフが、息を吸う。
ぐう、と椅子が軋む。
今夜は豪快な笑いの代わりに、礼儀正しい怒り。
——八つの悲劇で料理を禁じはしない。
ゆっくり。
——天国で安らげ、八人。誓って見守る。
シェフは立ち上がりかける。
スタッフが慌てる。
座る。
でも声は座らない。
——この国で君らをすでに殺しているもの、ちゃんと見よう。
——餅。フグ。こんにゃくゼリー。熱い蕎麦。
——ここは俺たちの**"路上"**だ。
拳がテーブルを叩く。
ばん!
——たこ焼きを禁じたら、次は焼き鳥が固いとか言い出す。
——明日はラーメンが熱すぎるとか言い出す。
——そのうち全部、ストローつきの袋でしか食えなくなる。
——それが、お前らの"安全"か?
どどん!
テロップ。
『激論!料理人、怒りの反撃!』
ますますうるさい。
——政治は迷っています。
司会者が割って入る。
汗。
——禁じるべきか?
——議会は同意書を合法化した。でも一部は全面禁止を押している。
——首相、あなたの立場は?
カメラが動く。
ぐいん。
ヤキズミ・ハチローの顔が大写しに。
優しい照明。
柔らかい影。
笑った。
多すぎず、少なすぎず。
祖父みたいなえくぼを思い出させる、あの笑い方。
首相の笑みは、動かない。
——私は、パニックを拒みます。
静かに。
——ほかの手があるのに、全国一律の禁止を押しつけるのは拒む。
——標識、情報、同意書——今は制度化済み——、応急手当の訓練……。
間。
首相は、カメラをまっすぐ見る。
——そして簡単に言います。
にこり。
——私は、たこ焼きが好きです。
ぷっ。
スタジオに、縁を叩く小さな波みたいな失笑が走る。
くすくす、くすくす。
——それは論拠になりません、首相。
科学者。
丁寧だけど、切っ先は鋭い。
——論拠じゃない。
首相は笑みを崩さない。
——告白です。
しん。
——他人の腹の空き具合から生まれる法律は、疑ってかかる。
——助ける。見守る。
——でも、禁じない。
どん!
テロップ。
『首相激白!「たこ焼きが好き」発言の真意は!?』
もう意味が分からない。
屋台のテレビで、この場面を見ていた人たちは、鉄板の音量を少しだけ下げた。
じゅう……じゅう……
サインの手は早まる。
さらさら、さらさら。
テレビがまた新しい手順を推す前に、終わらせたい、みたいに。
ざあざあ、ざあざあ。
雨は続いている。
そして街のどこかで。
こんがりした皮の下では。
まだ何かが動いていた。
ぴくり。
ぴくり。
第2話 おわり
――――――――――――――――――
▶ 次回「第3話:生地の反乱」
キイチの初出勤、果たして無事に終わるのか——?
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