第12話 危険度不明

 魔術師ギルドの掲示板には、無数の依頼書が貼られている。


 報酬額。

 危険度。

 必要人数。


 それらが一目で分かるよう、色分けされているのが常だった。


 だが、その一角に――

 明らかに異質な紙が一枚、貼られていた。


 危険度:不明


 フェルトは、その前で足を止めていた。


「……不明?」


 聞き返すように呟く。


「ええ」


 カウンターの向こうから、あの女性の声。


「観測記録が、噛み合っていないんです」


 いつも通りの柔らかな笑顔。

 だが、説明は簡潔だった。


「第二階位相当の魔物が確認された、という報告がある一方で」

「第四階位以上の魔力反応も、断続的に出ている」


 普通なら、即却下される案件だ。


「場所は?」


「帝都北方。アイリス山脈の外縁部です」


 その名に、フェルトの指がわずかに動く。


 割れた山脈。

 渓谷となった土地。


 幼い頃から、見上げてきた場所。


「……条件は?」


「単独不可」


 即答だった。


「学院推薦が必要です。

 それと――」


 女性は一度、言葉を切る。


「現地での判断次第では、

 途中撤退も認められます」


 つまり、

 逃げていい依頼。


 それは、異例だった。


「……分かりました」


 フェルトは、掲示板から目を離す。


「推薦を、取ってきます」



 帝都魔術院。


 院内の空気は、いつもと変わらない。

 だが、噂は確実に広がっていた。


「危険度不明?」

「また、ギルドが妙なことを」


 フェルトが廊下を歩いていると、


「……あんた」


 聞き覚えのある声が、横から飛ぶ。


 サーシャだった。


「その依頼」


 目線が、手元の書類に向く。


「受ける気?」


「はい」


 即答。


「……そう」


 一瞬だけ、視線が揺れる。


「推薦、必要よね」


「はい」


 サーシャは、腕を組んだ。


 迷い。

 苛立ち。

 そして――決意。


「私が出す」


 フェルトは、少し驚いたように目を瞬く。


「いいんですか?」


「勘違いしないで」


 即座に言い返す。


「信用したわけじゃない」


 視線を逸らしながら、続ける。


「ただ……確認するだけ」


「?」


「本当に、外で成立するのか」


 サーシャは、真っ直ぐにフェルトを見る。


「それを、私自身が見ないと気が済まない」


 フェルトは、数秒考えたあと、頷いた。


「分かりました」


「……素直すぎるのも腹立つわね」


 小さく呟く。



 推薦書は、すぐに下りた。


 理由は簡単だった。


 危険度不明という言葉は、

 学院にとっても“観測材料”になる。


 誰かが行かなければならない。


 その候補に、

 評価不能の学院生が選ばれた。


 そしてもう一人。


「フェルトくん、大丈夫かなぁ」


 ピンク髪の少女が、心配そうに呟く。


 モモだった。


「サーシャが行くなら、

 私も補助で参加するよ?」


「……好きにしなさい」


 サーシャは、ため息混じりに答える。


 こうして、即席の編成が整った。


 評価不能。

 理論派。

 補助専門。


 誰一人、

 “最適解”とは言えない組み合わせ。


 だが。


 ギルドの奥では、

 その編成表を見つめる者がいた。


「……なるほど」


 低い声。


「面白い手を打つ」


 紙の端に、静かに印が押される。


 ――観測継続。



 数日後。


 帝都の外門。


 アイリス山脈に向かう街道に、

 三人は立っていた。


「戻れなくなる可能性も、ある」


 サーシャが言う。


「分かってます」


 フェルトは、山脈を見据える。


 かつて、世界が割れた場所。


 そこには、

 まだ誰も知らない“歪み”が眠っている。


 風が吹いた。


 渓谷の奥から、

 微かに――異質な魔力が、流れてくる。


 誰も、それが何かを知らない。


 だからこそ。


 この依頼は、

 危険度不明なのだった。

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