第9話 檻の外の仕事

 魔術院の掲示板は、いつもより人だかりができていた。


「ギルド依頼?」

「学院生でも受けられるのか?」


 羊皮紙ようひしが数枚、臨時で貼り出されている。

 内容は簡潔だった。


――帝都近郊、旧街道の魔物調査

――危険度:低

――報酬:小

――魔術師ギルド経由


 フェルトは、その一枚をじっと見つめていた。


(学院の外……)


 補講で感じた違和感。

 ここでは魔術が“拒まれる”感覚。


 なら――

 外では、どうなる?


「……あんた、行く気?」


 背後から声がした。


 振り向くと、サーシャが腕を組んで立っている。

 いつもの強気な視線だが、どこか探るようでもあった。


「危険度低、って書いてあるけど。

 ギルドの“低”は信用ならないわよ」


「それでも」


 フェルトは、紙から目を離さずに答える。


「行かない理由はない」


 サーシャは、ふっと鼻で笑った。


「……相変わらずね」


 そう言い残し、去っていく。


 だが、その足取りは、以前より少し遅かった。



 魔術師ギルドの建物は、

 魔術院ほど整ってはいない。


 だが、人の気配と魔力の流れは、

 ずっと“生きて”いた。


「いらっしゃいませ」


 受付カウンターの向こうで、

 女性が微笑む。


 やわらかく、親しみやすい声。

 どこにでもいそうな、穏やかな笑顔。


「学院の掲示板をご覧になった方ですね?」


「はい」


「では、こちらにお名前を」


 羽根ペンが差し出される。


 フェルトが名を書くと、

 女性は一瞬だけ、紙に視線を落とした。


 ほんの一瞬。

 だが、確かに――止まった。


「……ありがとうございます」


 笑顔は、変わらない。


「今回の依頼は単独行動になりますが、

 本当に受けますか?」


「構いません」


「そうですか」


 女性は、少しだけ声を落とす。


「学院の外では、

 “正しさ”は守ってくれませんよ」


 フェルトは、顔を上げた。


「分かっています」


 その答えに、

 彼女は満足そうに頷いた。


「では――ご武運を」



 旧街道は、帝都から半日ほどの距離にあった。


 かつて使われていた道は荒れ、

 魔物が棲みついているという。


(調査、だけ……)


 フェルトは、周囲を警戒しながら進む。


 魔力の流れが、帝都とはまるで違う。

 不規則で、荒い。

 だが――拒まれない。


「……ここだ」


 気配。


 低い唸り声。


 茂みの奥から現れたのは、

 狼型の魔物だった。


 第三階位相当。

 本来なら、学院生が一人で相手にするものではない。


(でも)


 フェルトは、構えた。


 属性を決めない。

 術式を固定しない。


 ただ、流れを――


 重ねる。


 空気が歪む。


 地面が、わずかに沈む。


 次の瞬間。


 魔物が、悲鳴を上げて吹き飛んだ。


「……っ」


 フェルト自身が、目を見開く。


 派手な魔術ではない。

 だが確かに、効いた。


 魔物は起き上がれず、

 やがて動かなくなった。


 沈黙。


(……成立した)


 初めての感覚だった。


 拒まれない。

 形を求められない。


 フェルトは、深く息を吐く。


「ここなら……」


 彼の魔術は、

 この檻の外でこそ、息をする。


 遠く、帝都の方角。


 見えない視線が、

 確かに、その結果を“観て”いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る