第8話 形にならない魔術
補講は、朝一番だった。
通常の実技演習場とは違い、
地下のさらに奥――
少人数用の訓練室が使われている。
「昨日の評価で基準に満たなかった者が対象だ」
教官の声は、感情を含まない。
「名を呼ばれた者は前へ」
フェルトは、無言で一歩踏み出した。
周囲には、数人の生徒。
誰もが気まずそうに視線を逸らしている。
(……補欠扱い、か)
だが、不思議と心は静かだった。
昨夜の手紙が、まだ胸に残っている。
「本日は第二階位魔術までに限定する」
教官は続ける。
「理論に忠実であること。
余計なことはするな」
その言葉に、フェルトは小さく息を吐いた。
(余計、か)
一人目、二人目と、魔術が披露される。
どれも、問題なく成立した。
「次。フェルト」
また、来た。
フェルトは演習台に立つ。
深く、深く息を吸う。
「使用魔術を」
「……申告できません」
教官の眉が、わずかに動く。
「補講だぞ」
「分かっています」
フェルトは、ゆっくりと手を上げた。
今回は、火と風ではない。
水と――土。
本来なら、交わらない属性。
だが、谷で感じてきた流れを思い出す。
形を決めない。
流れだけを重ねる。
空気が、微かに歪んだ。
演習台の中央。
地面が湿り、
次の瞬間――
何も起きなかった。
「……」
沈黙。
だが。
「おい、今……」
誰かが呟く。
観測水晶が、遅れて反応した。
淡い光が、不規則に揺れる。
「数値が……変だぞ」
教官が水晶を見る。
表示されたのは、
どの階位にも当てはまらない波形。
「……魔力は流れた。
だが、術式は確認できない」
教官の声に、困惑が混じる。
「失敗、ですか?」
別の生徒が尋ねる。
教官は、即答しなかった。
「……“不成立”だ」
その言葉に、フェルトは確信する。
(拒まれてる)
この場所が。
この“決められた形”が。
だが、前回とは違った。
確かに、何かは動いた。
「今日は、ここまでだ」
補講は、早々に切り上げられた。
生徒たちは、ざわつきながら退出する。
誰も、フェルトを見ようとしない。
教官だけが、最後まで残った。
「フェルト」
「はい」
「……次から、勝手なことはするな」
そう言いながらも、
その目は、評価不能の生徒を見るものではなかった。
フェルトは、軽く頭を下げる。
訓練室を出た廊下。
冷たい空気の中で、
フェルトは小さく笑った。
(少しだけ……前に進んだ)
形にならなくてもいい。
否定されてもいい。
この魔術は、
きっと――ここでは完成しない。
だが。
遠く離れた谷。
世界が割れた、あの場所なら。
フェルトの歩みは、
確かに、始まっていた
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