第7話 谷から届いた声
夜の帝都は、静かだった。
高い塔の影が石畳に落ち、
魔力灯の光が規則正しく並んでいる。
整いすぎた街。
正しく、清潔で、冷たい。
フェルトは、学院の寮の一室で、机に向かっていた。
広くも狭くもない部屋。
必要なものは、すべて揃っている。
――なのに、息が詰まる。
(ここでは、何もできないのか……)
実技での失敗。
サーシャの言葉。
周囲の視線。
正論ばかりが、胸に残っていた。
コンコン。
控えめなノック音。
「フェルトくん〜、お手紙だよ」
扉を開けると、モモが立っていた。
いつもの、ふわふわした笑顔。
「実家からかな?
辺境の村って、ここまで届くの時間かかるんだね〜」
差し出された封筒を見た瞬間、
フェルトの心臓が、跳ねた。
淡い色の紙。
少し丸い文字。
「……ありがとう」
扉が閉まり、部屋に一人になる。
フェルトは、封を切るのをためらった。
読むのが、怖かった。
それでも――
ゆっくりと、紙を開く。
⸻
フェルトへ
元気?
……じゃないよね。たぶん。
帝都はすごいところだって、みんな言ってる。
でも、すごいってことは、
きっと息がしにくい場所なんだと思う。
村は、いつも通りだよ。
アイリス山脈の谷、
夕方になると風が強くてね、
あの渓谷を渡る音が、ちょっと怖い。
でも、私はその音、嫌いじゃない。
だって――
昔、フェルトが言ってたでしょ。
「この谷は、世界が壊れた跡だ」って。
壊れたから、今の形があるんだって。
みんな、フェルトのこと心配してる。
でもね、私は大丈夫だと思ってる。
だって、フェルトは
“できないこと”より
“やろうとすること”の方が多い人だから。
魔術がうまくいかなくても、
誰かに否定されても、
谷を見上げて、
それでも前に進もうとした人だって、
私は知ってる。
だからね。
もし、帝都で苦しくなったら、
空を見て。
谷の上と、同じ空だから。
私は、ここで待ってる。
フェルトが、
フェルトのままで帰ってくるのを。
リーリス
⸻
手紙は、短かった。
なのに、
胸の奥に溜まっていたものが、
一気に溶け出した。
「……っ」
声を殺して、息を吸う。
涙が、静かに落ちる。
帝都で初めて、
フェルトは泣いた。
正しさに押し潰されそうになって、
自分を見失いかけて――
それでも、戻ってこられた。
(……俺は)
机の上に、手紙を置く。
リーリスの文字は、
谷の風みたいに、優しかった。
(俺は、俺の魔術をやめない)
階位でも、ランクでもない。
誰にも認められなくてもいい。
それでも――
この檻を、壊す。
フェルトは、静かに立ち上がった。
窓の外、
帝都の空は、今日も澄んでいる。
だがその下で、
確かに、何かが動き始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます