第6話 正しさの刃

 実技演習の翌日。


 魔術院の講義室は、静かなざわめきに包まれていた。


 昨日の評価結果が、すでに噂として広がっている。


「評価不能って……前代未聞でしょ」

「初級以下らしいよ」

「なんで入学できたんだ?」


 フェルトは席に着いたまま、視線を落としていた。

 言い返す言葉はある。

 だが、ここでは意味を持たない。


「ねえ」


 鋭い声が、真横から飛んだ。


 サーシャだった。


「あなた、本気でここにいるつもり?」


 周囲の会話が、ぴたりと止まる。


「昨日の実技、見てたでしょ。

 何も起きなかった。あれが現実よ」


 フェルトは顔を上げる。


「……起きなかったんじゃない」


「同じこと」


 サーシャは一歩も引かない。


「魔術は結果。

 理論も思想も、発動しなければ無意味よ」


 それは、帝都魔術院の価値観そのものだった。


「ランク制度は、才能と努力の証明。

 それを否定するなら、ここに来る資格はない」


 フェルトの胸に、鈍い痛みが走る。


「……君は、正しい」


 その言葉に、サーシャは一瞬だけ目を見開いた。


「でも」


 フェルトは続けた。


「正しいからって、すべてじゃない」


「何が言いたいの?」


「魔術は――」


 言いかけて、止まる。


 ここで語っても、伝わらない。

 この場所は、“形”を求める場所だ。


「……なんでもない」


 サーシャは、ふっと息を吐いた。


「逃げたわね」


「違う」


「同じよ」


 彼女の声は、少しだけ低くなる。


「私は、努力してここに立ってる。

 階位を上げて、ランクを積み重ねて」


 拳が、わずかに震えていた。


「それを、

 “枠に縛られない”なんて言葉で壊されるのは――許せない」


 その言葉は、個人の怒りだった。


 フェルトは、何も言えなかった。


「……ねえ」


 間に、柔らかい声が割って入る。


 モモだった。


「二人とも、ちょっと言いすぎじゃない?」


「モモ、関係ないでしょ」


「関係あるよ〜」


 モモは、フェルトを見る。


「フェルトくんの魔術、昨日……

 “失敗”とは違った」


 サーシャが睨む。


「何が分かるの?」


「分かんない」


 モモは笑った。


「でもね、

 何もない空間が“嫌がった”感じ、したんだ」


 一瞬、空気が揺れた。


 サーシャは舌打ちし、視線を逸らす。


「……くだらない」


 そう言って、踵を返した。


 去り際、振り向かずに言う。


「結果を出しなさい。

 出せないなら、消えなさい」


 それが、この学院の答えだった。


 フェルトは、深く息を吐く。


 正しさの刃は、鋭く、まっすぐで、

 折れない。


(……でも)


 脳裏に浮かぶのは、

 アイリス山脈の渓谷。

 正しさなど、力の前では意味を持たなかった場所。


 そして、

 遠い村で笑っていた、リーリスの声。


 フェルトは、拳を握った。


 壊すべきは、

 この世界の“正しさ”だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る