第5.5話 観測者


 夜の魔術院は、音を失っていた。


 評価水晶の並ぶ記録室。

 魔力灯まりょくとうは最小限の明かりを保ち、

 棚の奥は影に沈んでいる。


 その静寂の中に、女はいた。


 一枚の評価表を手に取り、

 指先で、紙の端をなぞる。


「……ふふ」


 笑い声は低く、柔らかい。

 だが、感情の輪郭はどこにもない。


 評価欄には、簡潔な文字が並んでいた。


――初級以下

――評価不能


 普通なら、そこで終わる。


 だが女は、水晶に記録された数値を思い返していた。

 魔力の乱れ。

 ほんの一瞬の、異常。


 破綻はない。

 暴走もない。

 拒絶だけが、そこにあった。


「成立しなかった、のではないですね」


 誰に向けた言葉でもない。


 記録室のさらに奥。

 闇の中に、気配が揺れる。


「……」


 返事はない。

 沈黙が、肯定の代わりだった。


 女は評価表を棚に戻す。


「形に縛られない。

 階位にも、理論にも」


 声が、ほんの少しだけ低くなる。


「――観る価値は、十分」


 魔力灯が、一度だけ瞬いた。


 女は視線を上げる。

 厚い壁の向こう、帝都の外。


 山脈の方角。

 かつて、世界が割れた場所。


「まだ芽ですけど……」


 微笑みは、昼と変わらない。


「星になるかどうかは、これから」


 女は踵を返し、影の中へ溶けていった。


 評価表の片隅には、

 いつの間にか、小さな印が増えていた。


 ――観測中。

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