第5話 ランクという檻

 実技演習場は、帝都魔術院の地下にあった。


 円形に整えられた広間の中央には、魔術式が刻まれた演習台。


 壁一面には観測用の水晶が並び、生徒たちの魔力を逐一記録する仕組みになっている。


「本日の実技は、基礎魔術の再確認だ」


 教官の声が淡々と響く。


「第一階位から第三階位まで。

 詠唱、制御、威力――すべて評価対象となる」


 ざわめきが広がった。

 簡単すぎる、という空気。


 フェルトは、胸の奥に小さな違和感を覚えていた。


 魔力の流れが、ここでも“整えられすぎている”。


「順番に前へ」


 次々と生徒が演習台に上がる。


 火球ファイアーボール

 風刃ふうじん

 水槍ウォータースピア


 どれも教本通り、模範的な魔術だった。


「合格」

「上位相当」

「中位、安定している」


 評価は早い。


 サーシャの番になると、空気が変わった。


「第三階位魔術 雷閃らいせん


 短い詠唱。

 次の瞬間、青白い雷が一直線に走り、標的を粉砕した。


「おお……」


「さすが中位クラス」


 教官も満足そうに頷く。


「制御、威力ともに良好。上位相当だ」


 サーシャは当然、という顔で席に戻った。


「次。フェルト」


 名前が呼ばれた瞬間、視線が集まる。


 期待ではない。

 好奇と、嘲り。


 フェルトは演習台に立ち、深く息を吸った。


「使用魔術を申告しろ」


「……申告、できません」


 一瞬、静まり返る。


「どういう意味だ」


「階位に当てはまらない魔術です」


 小さな失笑が起きた。


「またそれ?」

「階位にない=未完成でしょ」


 サーシャが腕を組む。


「ルールを理解してないなら、ここに立つ資格はないわ」


 教官も眉をひそめた。


「ランク制度は帝国の基盤だ。

 逸脱は認められない」


 フェルトは、ゆっくりと手を上げた。


 魔力を流す。

 火属性と、風属性。

 本来なら反発するはずの流れを、無理やり“重ねる”。


 だが――


 術式は形を結ばなかった。


 空気が揺れただけで、何も起こらない。


「……失敗?」


「ほらね」


「魔力量が足りないんだ」


 嘲笑がはっきりとした形になる。


 フェルトは歯を噛みしめた。

 違う。失敗じゃない。

 この場が、拒んでいる。


「評価不能」


 教官の声が冷たい。


「初級以下。

 次回までに、正規の階位魔術を習得しろ」


 それで終わりだった。


 演習台を降りる背中に、誰も声をかけない。


「……帝都はすごいね」


 ぽつりと、モモが呟いた。


「“決められた形”以外、全部切り捨てるんだ」


 フェルトは答えなかった。


 ただ、演習場の天井を見上げる。


 整えられた魔力。

 正しすぎる流れ。


 その一瞬、脳裏をよぎったのは――

 アイリス山脈。


 かつて、世界最強の魔術師が、すべてを力でねじ伏せた渓谷。


(……ここは、あの戦場とは真逆だ)


 だが、だからこそ。


 この檻を壊せたとき、

 何が起こるのか。


 フェルトは、まだ知らない。

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