第4話 帝都という名の檻

 帝都アルハイドは、谷とはまるで別世界だった。


 白い石畳は整然せいぜんと敷き詰められ、魔力灯まりょくとうが昼間から淡く輝いている。

 空気中の魔力は安定しきっていて、流れは教科書通りに整えられていた。


「……すごいな」


 思わず漏れたフェルトの声に、先導していた帝都魔術師が鼻で笑う。


「これが帝国の中心だ。辺境とは格が違う」


 フェルトは黙って頷いた。


 だがその胸には、言いようのない息苦しさが残っていた。


 魔力が整いすぎている――まるで、最初から形を決められているかのような感覚。


 帝都魔術院は街の中心にそびえ立っていた。


 塔と回廊が複雑に絡み合い、その全体が巨大な魔術式のように見える。


 門をくぐった瞬間、視線が一斉に集まった。


「……あの子?」

「ローブ、古くない?」

「アイリス山脈の……?」


 囁き声。

 好奇と侮蔑が混じった視線。


 フェルトは、すでに慣れ始めていた。


「あなたがフェルトね?」


 鋭い声が飛んできた。


 金髪を高く結い、腕を組んだ少女が立っている。

 背筋が伸び、魔力の流れも安定している。


「サーシャよ。中位クラス」


 名乗りには、はっきりとした自負があった。


「例の“変な魔術”を使うって噂の?」


「……変じゃない」


「変よ」


 即答だった。


「ランク制度も無視、階位の理論も無視。

 そんなの、魔術じゃないわ」


 フェルトは反論しなかった。


「サーシャ、言い方きついよ〜」


 割って入ったのは、ふわりとした雰囲気の少女だった。

 ピンク色の髪が揺れ、にこにこと笑っている。


「私はモモ。よろしくね〜」


「あ……よろしく」


 モモはフェルトをじっと見つめ、首を傾げた。


「なんか、不思議な感じする人だね」


「何それ」


「勘〜」


 サーシャは鼻を鳴らした。


「魔力量も低い、属性も不明。

 初級以下が来る場所じゃないわ」


 それは事実だった。


 学院への登録手続きを終え、門の外へ出たとき――

 フェルトは、ふと足を止めた。


 正門の脇に設けられた、簡素な案内所。

 その前に、にこやかな女性が立っていた。


「魔術師ギルドの案内をしています」


 柔らかな声。

 落ち着いた笑顔。


「ユイと申します。新入生の方、ですよね?」


 学院の外。

 それだけで、場の空気が少し変わる。


「ギルドは学院とは別組織ですが、

 依頼や実地経験を積むなら、登録しておくと便利ですよ」


 どこにでもいそうな、親切な案内嬢。

 だが――フェルトは、なぜか視線を逸らせなかった。


(……見られてる?)


 理由は分からない。

 ただ、アイリス山脈の谷で感じた“視線”に、少し似ていた。


「フェルトさん、ですよね」


「は、はい」


「帝都は才能ある方ほど、試される場所です」


 意味深な言葉だったが、ユイはそれ以上踏み込まない。

 ただ、微笑むだけだった。


「……行くわよ」


 サーシャが不機嫌そうに言う。


「変なところで足止め食らわないで」


 フェルトは最後に一度、振り返った。


 案内所の前に立つユイは、まだこちらを見ていた。

 その笑顔は、どこまでも柔らかく――

 どこか、底が知れなかった。


 帝都は檻だ。

 正しく、整えられ、異物を拒む場所。


 その檻の外縁で、

 誰かがすでに、彼を“候補”として見定めていることを、

 フェルトはまだ知らない。

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