第2話 神話の傷に降りる者たち
谷に、異物が降りてきた。
朝靄の残る渓谷に、規則正しい足音が響く。
フェルトは岩陰からそっと様子を窺った。
「……やっぱり」
赤と白のローブ。胸元には、帝都魔術院の紋章。
少なくとも中位以上の魔術師――この村には過ぎた存在だ。
「ほんとに来ちゃったね……」
隣で、リーリスが小さく呟く。
不安そうにフェルトの袖をきゅっと掴む仕草が、あまりにも無防備で、彼は思わず視線を逸らした。
「だ、大丈夫だよ。たぶん調査だけだ」
「たぶん、って……」
リーリスは頬を少し膨らませる。
心配すると、彼女はいつもこうだ。
「フェルト、無理しないでね? 変な魔術、またやったら……」
「変じゃないって」
「変だよ」
即答だった。
それでも声は柔らかく、責める響きはない。
帝都魔術師たちは村長を呼び、簡単な聞き取りを始めた。
やがて、その視線がフェルトに向けられる。
「……君か」
先頭に立つ男が言った。
鋭い目つき。魔力の圧が、肌に刺さる。
「この地で、魔力の異常安定が観測された。説明してもらおう」
フェルトは息を呑んだ。
やはり、気づかれていた。
「ぼ、僕は……」
言葉を探すより先に、リーリスが一歩前に出た。
「フェルトは悪いことしてません!」
透き通る声が、谷に響く。
その瞬間、魔術師たちのローブがわずかに揺れた。
「……今の声」
男が眉をひそめる。
「君、名は?」
「リーリスです」
にこっと微笑む。
緊張しているはずなのに、どこか無邪気で、愛らしい。
「村の、ただの……えっと、フェルトの幼なじみです」
男は何か言いたげだったが、ひとまずフェルトに向き直った。
「君は初級以下だな?」
「……はい」
「だが記録では、第二階位と第一階位を同時展開した痕跡がある」
周囲がざわめく。
「そんな馬鹿な」
「融合だと? 禁忌だ」
フェルトの胸が、ぎゅっと締めつけられた。
「ここは神話級魔術師アイリスが世界を救った地だ」
男は淡々と言う。
「だが同時に、神話の傷でもある。
この土地で異端が育つのは……皮肉だな」
リーリスが、フェルトの手をそっと握った。
「フェルト、手、冷たい」
小さな声。
それだけで、彼の心臓の鼓動が落ち着いていく。
「安心しろ」
男が告げる。
「今すぐ処罰はしない。だが――
君は帝都へ来い。
その魔術、調べる価値がある」
それは、招待ではなかった。
試験でも、栄誉でもない。
――監視だ。
フェルトは渓谷を見上げた。
割れた空と大地。その下で生まれた自分。
そして、隣にいるリーリス。
「……行くよ」
小さく呟くと、リーリスは少しだけ目を潤ませて、でも笑った。
「うん。じゃあ……一緒に帰ってきてね」
その声は、今日も優しく、世界を繋ぎ止めていた。
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