第16話 泥酔サミットと、地獄のカラオケ大会
週末の金曜日。 スマイルフーズ営業部の「決起集会」という名の飲み会が開かれていた。
「かんぱーい!!」
ジョッキがぶつかる音が響く。 私はネクタイを緩め、生ビールを喉に流し込んだ。
「ぷはぁーっ! 仕事終わりの一杯は最高だなぁ!」
今夜の私は上機嫌だ。 なぜなら、今日の会場は大衆居酒屋だが、店員さんのサービスが異常に良い。
頼んでもいないのに「特上馬刺し」や「大トロの刺身」がサービスで出てくるのだ。 (※全て内調と鬼島組が、厨房のバイトに化けて差し入れている)
「佐藤係長、飲みっぷりいいですね!」
「いやいや、君こそ。……よし、次は日本酒いこうか!」
私はメニューを開いた。 最近、少しお酒に強くなった気がする。 日本酒の熱燗。これをクイッといけば、一週間の疲れも吹き飛ぶというものだ。
「すいませーん! 『鬼殺し』の熱燗、二合徳利で!」
私は一番安い酒を注文した。 安酒特有の、ガツンとくるアルコール感が好きなのだ。
***
同時刻。 首相官邸、地下危機管理センター。
大型モニターには、4分割された画面が映し出されていた。 緊急G4(日・米・中・露)オンライン首脳会談である。
議題は一つ。「佐藤健二の管理と共有について」。
画面左上:五十嵐総理(日本)
画面右上:マクガイア大統領(米国)
画面左下:王主席(中国)
画面右下:ポロフ大統領(ロシア・新人)
空気は険悪だった。 特に、昨日リンクしたばかりのポロフ大統領は、画面越しでも分かるほど殺気立っている。
『……日本よ。どういうことだ』
ポロフが低い声で唸る。
『昨夜の銭湯での屈辱、忘れはせん。あの男……佐藤とかいう凡人を、なぜ貴様らは神のように崇める?』
五十嵐が冷や汗を拭きながら答える。
「ポロフ大統領、落ち着いてください。佐藤様は人類の共有財産なのです。彼を守ることが、すなわち世界の平和を……」
『くだらん! 我が国は認めん! あのような男、シベリアの強制収容所にぶち込んで、徹底的に研究してやる!』
マクガイアが机を叩く。
『待てポロフ! 抜け駆けは許さんぞ! 彼は我々アメリカの管理下に……』
罵り合いが始まった。 核保有国同士の、一触即発の事態。 世界大戦の開戦前夜のような緊張感。
その時だった。
カッ!!!
4人の首脳の顔が、同時に真っ赤に染まった。 まるで茹でダコのように。
「……うぃ?」
五十嵐が妙な声を出した。 視界が揺れる。思考がまとまらない。 そして、胃の底から熱いものがこみ上げてくる。
『……なんだ……? 急に……暑いな……』
マクガイアがネクタイを乱暴に緩めた。
『……ヒック! ……酒か? 誰だ……会議中に酒を飲んだのは……』
王主席が机に突っ伏し、虚ろな目で笑い出した。
『アハハ……世界平和……パンダ……可愛いヨ……』
そして、最も酒に強いはずのロシアのポロフも、白目を剥いていた。
『ぬぅ……? ウォッカか? スピリタスか? ……この安っぽいアルコールで酔ったような感じは……なんだ……?』
原因は、居酒屋の佐藤だ。 彼が今、安い日本酒(アルコール度数高め)を、水のようにガブ飲みし始めたのだ。
佐藤の「心地よいほろ酔い」は、リンクにより「致死量の泥酔」となって4人を直撃した。 しかも、佐藤は楽しくなるとペースが上がるタイプだった。
***
居酒屋。
「いやー、酒が進むなぁ! 次、ハイボール濃いめで!」
「係長、ペース速くないですか?」
「大丈夫大丈夫! 今日は無礼講だ!」
私はジョッキを掲げた。 部下たちも盛り上がっている。 楽しい。最高に楽しい。 脳内でドーパミンがドバドバ出ているのが分かる。
***
首脳会談。
「うぃ~……ヒック!」
「やってらんねーよなぁ! 世界平和とかさぁ!」
五十嵐総理がカメラに向かってくだを巻き始めた。 完全に「絡み酒」だ。
『へい!イガラシ! お前は心の友だ!』
マクガイア大統領は「陽気な酒」だった。 カメラに向かって投げキッスをし、服を脱ぎ始めた。
『見てくれ! この筋肉! USA! USA!』
『うぅ……うぅ……ママに会いたい……』
王主席は「泣き上戸」だった。 卓上のティッシュを全部使い切る勢いで号泣している。
そして、ポロフ大統領は「暴れ酒」だった。
『ウラァァァァァ! 酒持ってこい! 核ミサイルの発射ボタンはどこだァ! あれを押して花火にするんだァァ!』
側近たちが悲鳴を上げてポロフを取り押さえる。
「大統領! おやめください! それは本物です!」
G4サミットは、地獄の宴会と化した。 もはや会議など成立しない。 だが、佐藤の暴走はまだ終わらない。
***
居酒屋。
「よーし! 二次会行くぞー!」
「係長、どこ行くんですか?」
「決まってるだろ! カラオケだ!」
私は部下たちを引き連れ、近くのカラオケボックスになだれ込んだ。 マイクを握る。 選曲は、私が子供の頃に大好きだった、あの伝説のロボットアニメの主題歌だ。
「聴いてくれ! 『熱血合体! ガンバルガー』!」
♪ジャージャジャージャジャッジャー(イントロ)
私は大きく息を吸い込んだ。 肺いっぱいに空気が入る感覚。 そして、お腹の底から声を出す準備をする。
「燃え上がれぇぇぇぇーっ!!」
***
その瞬間。 世界の首脳たちに、異変が起きた。
『……っ!?』
彼らの喉の奥が、強烈に痒くなった。 いや、痒いのではない。 「今すぐ大きな声を出さないと、喉が破裂しそうだ」という、猛烈な身体的衝動が襲ってきたのだ。
佐藤が感じている「喉の筋肉の震え」「横隔膜の収縮」「大声を出すカタルシス」。 その強烈な身体感覚がダイレクトに伝播し、彼らの肉体は反射的に「同じ動き」をしようとした。
あくびが伝染するように、くしゃみが出そうになるように、彼らは抗えない衝動に突き動かされた。
「「「俺のぉぉぉぉ! 魂ぃぃぃぃッ!!!」」」
世界同時熱唱。 それぞれの言語ではなく、佐藤の口の動きに合わせて、完璧な日本語の発音で。
五十嵐は演壇のマイクを握りしめ、 マクガイアは執務机の上に立ち上がり、 王は泣きながら、 ポロフは側近をヘッドロックしながら。
『バーニング! ファイヤー! 正義の鉄拳んんんん!!(シャウト)』
佐藤のシャウトに合わせて、マクガイアが裏声で絶叫する。 ホワイトハウスに響く、大統領の美声。
側近たちは、あまりの光景にスマホで動画を撮り始めた(後にSNSで拡散され、大統領の支持率がなぜか爆上がりする)。
「はぁ……はぁ……気持ちいい……」
曲が終わり、佐藤が満足げにマイクを置くと、4人の首脳もまた、喉から煙が出そうな状態で崩れ落ちた。
『……喉が……焼ける……』
『……なぜだ……私はこの曲を知らないのに……歌詞が勝手に出てきた……』
しかし、佐藤はリモコンを操作していた。
「よし、次はバラードだ! 失恋ソングを3曲連続で入れるぞ!」
『Noooooooooo!!』
『もう歌えん! 喉が裂けるぅぅぅ!!』
その夜。 世界の中枢機関は、朝まで終わらないカラオケ大会によって機能不全に陥った。
***
翌朝。
「うーん……ちょっと飲みすぎたかな」
私はベッドで目を覚ました。 軽い頭痛がする。いわゆる二日酔いだ。
「水、水……」
キッチンで水を飲むと、すぐに体調は回復した。 私は肝臓が丈夫なのだ。
「ふぅ、スッキリした。 昨日のカラオケ、楽しかったなぁ。部下たちもノリノリだったし」
私は昨夜の記憶を反芻してニヤニヤした。 部下(実は内調のエージェント)たちが、必死の形相で手拍子をしていたのを「盛り上がっていた」と勘違いしているのだ。
私はテレビをつけた。 ニュースキャスターが、困惑した顔で原稿を読んでいる。
『えー、昨夜未明、主要各国の首脳が、同時に「謎の日本語ソング」を熱唱する動画を公式SNSにアップロードするという事案が発生しました。 専門家は「世界同時サイバーテロの可能性」を指摘していますが、歌声があまりに楽しそうであるため、真相は不明です……』
画面には、マクガイア大統領がパンツ一丁で『ガンバルガー』を熱唱する姿が映し出されていた。
「ぶっ! はははは!」
私はコーヒーを吹き出した。
「なんだこれ! フェイク動画か? 最近のAIはすげーな! 本人が歌ってるみたいだ!」
私は腹を抱えて笑った。 まさか、その「本人」を歌わせていたのが自分だとは夢にも思わず。
「これ、絶対『ドッキリスター誕生』の宣伝だな。 俺が昨日歌った曲に合わせて、AI動画を作ってくれたんだ。 粋な演出するなぁ、スタッフさんは!」
私は大満足で、休日の朝食(トースト)を焼き始めた。 世界は今日も平和(?)に回っている。
***
最後まで読んでいただきありがとうございます! 「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、 下にある【☆☆☆】を【★★★】に評価したり、フォローしていただけると執筆の励みになります! 応援よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます