第14話 台風直撃と、俺だけの青空
週末。大型台風10号が日本列島に接近していた。 ニュースでは「観測史上最大級」「命を守る行動を」とアナウンサーが悲壮な顔で訴えている。
だが、私には外せない予定があった。 「庭でのバーベキュー」だ。 娘の結衣と約束していたのだ。「今度の週末は、パパが特製ステーキを焼いてやるぞ」と。
朝、カーテンを開けると、空はどんよりとした鉛色だった。 雨はまだ降っていないが、風が強く、気圧が急激に下がっているのが分かる。
「うーん……頭が重いな」
私はこめかみを押さえた。 いわゆる「気象病」だ。低気圧が近づくと、少し頭痛がする。 ズキズキと脈打つような鈍い痛み。 せっかくの休日なのに、これではテンションが上がらない。
「あー、頭痛ぇ……。薬飲むほどじゃないけど、地味に辛いな」
私はソファに寝転がり、眉間に皺を寄せた。
***
「「「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」
同時刻。 日本の永田町、西園寺邸、鬼島組事務所。 そしてホワイトハウスと中南海。
佐藤とリンクしている全員が、頭を抱えて床を転げ回っていた。
「あ、頭が割れるぅぅぅ!! 万力で締め上げられているようだ!!」
「脳みそが膨張して頭蓋骨を圧迫している!! 痛い、痛すぎる!!」
佐藤の「ちょっとした偏頭痛」は、彼らにとって「脳天に五寸釘を打ち込まれる」レベルの激痛となって襲いかかっていた。 特に、気圧の変化に敏感な西園寺玲華は重症だった。
「ひぃぃぃっ! メイクが……激痛でメイクができないわ!! 気象庁! 今すぐ気圧を上げなさい!! ヘクトパスカルを戻して!!」
五十嵐総理も、鎮痛剤を大量に飲み込みながら叫んだ。
「原因は台風だ! 佐藤様が低気圧で苦しんでいる! このままでは、バーベキューが中止になり、佐藤様が『悲しみ(鬱)』に沈んでしまう! そうなれば我々は、頭痛と絶望のダブルパンチでショック死するぞ!!」
マクガイア大統領からのホットラインが鳴る。
『五十嵐! NOAA(アメリカ海洋大気庁)のデータだ! 台風10号はあと2時間でサトウの家を直撃する! 直ちに台風を消滅させろ!』
「消滅させろって言われても……相手は自然災害ですよ!?」
『ふざけるな! サトウの笑顔と台風、どちらが大事だと思っている! 米軍の気象兵器(HAARP)の使用を許可する! 自衛隊も総動員しろ!』
「りょ、了解しましたぁぁッ!!」
国家の存亡をかけた、対台風作戦が発動した。
***
昼過ぎ。 私は庭にコンロを出し、炭に火をつけていた。
「パパ、本当にやるの? ニュースで暴風警報出てるよ?」
結衣が心配そうに窓から顔を出している。 確かに、空は真っ黒だ。遠くでゴロゴロと雷の音も聞こえる。 今にも豪雨が降り出しそうな気配だ。
「大丈夫だよ。パパには分かってるんだ」
私は炭バサミをカチカチと鳴らして笑った。
「この番組のスタッフさんは優秀だからね。 きっと『最高のバーベキュー日和』を演出してくれるはずさ」
「は? 何言ってんの?」
結衣が呆れた顔をした、その時だった。
ゴオオオオオオオオオオッ!!!!!
上空から、ジェット機の爆音のような音が聞こえた。 見上げると、分厚い雨雲の上に、無数の戦闘機と輸送機が編隊を組んで飛んでいるのが見えた。
「おっ、すごいエキストラ数だな」
私は感心した。 次の瞬間、空が光った。
ドォォォォン!! ズバババババッ!!
上空で何かが爆発している。 ドライアイス散布? ヨウ化銀? それともマイクロ波照射? 詳しくは分からないが、ものすごい勢いで雲が焼かれ、吹き飛ばされていく。
そして。
「……えっ?」
結衣が空を指差して絶句した。
私の家の真上だけ。 半径500メートルくらいの範囲だけ、雲がごっそりと消滅し、突き抜けるような青空が現れたのだ。
周囲は真っ黒な暴風雨なのに、ここだけ太陽の光がサンサンと降り注いでいる。 まるで、台風の目にピンポイントで入ったかのような奇跡。
「す、すごい……! 天空の城みたい……」
「ははは! 見たか結衣! これが最新の特撮技術だよ!」
私はガッツポーズをした。
「きっと上空に巨大なスクリーンを投影してるか、あるいは超強力な扇風機で雲を吹き飛ばしてるんだな。 さすが『ドッキリスター誕生』! 予算が桁違いだ!」
頭痛も嘘のように消えていた。 気圧が正常値(あるいは人工的に最適化された値)に戻ったおかげだ。
「さあ、肉を焼くぞー! 最高の天気だ!」
私はジュウジュウと肉を焼き始めた。 周囲の家々は暴風雨に晒されているのに、我が家の庭だけは無風でポカポカ陽気。 なんて快適なスタジオセットなんだろう。
***
同時刻。 航空自衛隊・作戦司令部。
「台風の進路変更、成功! 佐藤家上空の雲、完全排除を確認!」
「気圧制御システム、オールグリーン! 佐藤様の頭痛バイタル、消失しました!」
管制室では、隊員たちが抱き合って喜んでいた。
『よくやった! 引き続き、佐藤様がバーベキューを終えるまで、その「青空の穴」を維持しろ! 一滴の雨も佐藤様の肉に落とすなよ!!』
五十嵐総理の声が響く。 空では、数千億円の予算を投じた気象兵器と、数百機の航空機が、必死に雨雲をせき止めていた。 たった一人のサラリーマンが、安売りスーパーの肉を焼くためだけに。
***
「ん~! 美味い!」
私は焼きたてのカルビを頬張った。 青空の下で食べる肉は格別だ。
「パパ……なんか、パパの周りだけ物理法則がおかしくない?」
結衣が空を見上げながら、引きつった笑みを浮かべている。 周囲の黒雲と、この青空のコントラストがあまりにも不自然すぎるのだ。
「何言ってるんだ。これも演出だよ」
私はビールを飲み干し、上空の(見えない)カメラに向かってサムズアップした。
「スタッフさーん! 照明(太陽光)の当たり具合、バッチリですよー!」
***
その夜。 ロシア、クレムリン宮殿。
ロシア大統領は、衛星写真を呆然と見つめていた。
「……なんだ、これは」
写真には、日本列島を覆う巨大な台風10号が映っていた。 だが、関東地方の一点だけ。 針で突いたような、あまりにも不自然な「真円の晴れ間」が存在していた。
「気象兵器か? 日本はいつの間にこんな技術を……」
「いえ、大統領。技術だけではありません」
側近が震える声で報告する。
「この晴れ間の中心地……またしても『佐藤健二』の自宅です」
「……ッ!」
ロシア大統領は息を飲んだ。 指を切れば世界が動く。 バーベキューをすれば台風が消える。
「佐藤健二……。奴は一体、何者なのだ? 神か? 悪魔か? それとも……」
まだリンクしていない彼は、底知れぬ恐怖に震えた。 だが、その恐怖こそが、彼を「佐藤教」へと導く入り口であることに、まだ気づいていなかった。
一方、私は。 「あー、よく食った。明日は台風一過で晴れるといいな」 呑気にあくびをして、布団に入るのだった。 今日一日、私が世界で一番「晴れ男」だったことなど、露知らず。
***
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