第11話 激辛カレーの悲劇と、火を噴く首脳会談
「さて、今日のランチはどうするか……」
スマイルフーズの社員食堂。 私はトレーを手に、メニューボードの前で腕組みをしていた。
以前の私なら、無難に「日替わり定食」を選んでいただろう。
だが、今の私は違う。 私は、人気番組『ドッキリスター誕生』の主役(ターゲット)なのだ。
(普通の飯を食ってる絵なんて、視聴者は求めてないよな……)
私は天井の隅にある監視カメラ(防犯用)にチラリと視線を送った。 スタッフさんが見ているはずだ。 彼らは期待している。「佐藤さん、もっと面白いリアクションをお願いしますよ」と。
その時、私の目に飛び込んできたのは、真っ赤なポスターだった。
『夏季限定! 灼熱のマグマカレー ~完食したら無料券プレゼント~』
これだ。 激辛チャレンジ。バラエティ番組の王道だ。
私はニヤリと笑った。 スタッフさん、分かりやすい「フリ」をありがとう。その挑戦、受けて立とうじゃないか。
「おばちゃん! マグマカレー一つ! 一番辛い『5辛』で!」
私はカウンターのおばちゃん(ただのパート従業員)に向かって、カメラ目線で高らかに注文した。 おばちゃんは「えっ、大丈夫? 本当に辛いよ?」と心配してくれた。
なんて自然な演技だ。さすがは仕込みのエキストラさんだ。
「大丈夫さ。これくらい刺激がないと、人生つまらないからね」
私はキメ顔でトレーを受け取った。 皿の上には、ドロリとした赤い液体が波打っている。 匂いだけで鼻の粘膜が焼けるようだ。
(うわ、本格的な小道具だな……)
私は席に着き、スプーンを握りしめた。 さあ、ショータイムの始まりだ。
***
同時刻。 首相官邸、地下危機管理センター。
巨大なモニターには、アメリカのホワイトハウス、中国の中南海と回線が繋がれていた。 「日米中・極秘オンライン首脳会談」である。
先日の箱根での「拉致未遂騒動」を受け、関係修復とルールの制定が急務となっていたのだ。
画面左上:五十嵐総理(日本)
画面右上:マクガイア大統領(米国)
画面下:王主席(中国)
空気は重い。
『……先日の件は詫びよう、五十嵐。だが、あの「佐藤」という男の所有権については譲歩できん』
マクガイアが葉巻を噛みながら唸る。
『そうです。パンダを漬物石にするような蛮行……やはり我が国で「再教育」する必要があります』
王も引かない。
五十嵐は冷や汗を拭った。
「お二人とも、どうか冷静に。佐藤様は日本の、いや人類の宝です。どちらかの国が独占していい存在では……」
その時だった。
「いただきまーす!」
食堂の佐藤が、スプーン一杯のマグマカレーを口に運んだ。 赤唐辛子、ハバネロ、ブート・ジョロキアが凝縮された、地獄のペーストだ。
パクッ。
一瞬の静寂。 そして、佐藤の脳髄に電撃が走った。
(――ッッッ!?!?)
辛い。 いや、痛い。 口の中で爆弾が炸裂したような衝撃。 舌が焼ける。喉がただれる。 食道を通って胃袋に落ちるまでの軌跡が、灼熱のラインとなって刻まれる。
(か、辛ぁぁぁぁっ!! なんだこれ、罰ゲームにしてはガチすぎるだろ!?)
佐藤は白目を剥きそうになった。 だが、彼は耐えた。 ここで「辛い!」と水を飲んだら、ただのリアクション芸人だ。 主役たるもの、クールに決めてこそカッコいい。
佐藤は震える手でコップの水を我慢し、無理やり笑顔を作った。
(ふふっ……やるじゃないか、スタッフさん……!)
***
同時刻。 オンライン会談中の三首脳。
『では、条約の草案だが……』
マクガイアが発言しようとした瞬間。
ボッ!!!
「Gyaaaaaaaaa!!?」
画面の中のマクガイアが、口から見えない火を噴いてのけぞった。
「あ、熱い!? 口の中が!? 溶岩だ! 誰か私の口にナパーム弾を撃ち込んだか!?」
『大統領!? どうしました!?』
王が身を乗り出した瞬間、彼もまた目を剥いた。
「グオォォォッ!! 辛(ラー)ッ!! 舌が……舌が痺れる! 四川料理100人前を一気食いしたようだ!!」
王は机の上の中国茶を一気に煽ったが、熱い茶がさらに痛みを助長させた。
「熱ッ! 痛ッ! 水! 水を持ってこい!!」
そして、五十嵐もまた、地獄を見ていた。 彼には、佐藤の「胃の灼熱感」もダイレクトに伝わってくる。
「ぐ、ぐぅぅぅ……! 胃が……燃える……! 佐藤様……何を……何を召し上がっておられるのですかぁぁぁ!!」
三人はカメラの前で、顔を真っ赤にして転げ回った。 威厳ある首脳会談は、一瞬にして「激辛我慢大会」の会場と化した。
『Water!! Ice!!』
『水! 氷水! あとラッシー! ラッシーはないか!!』
側近たちが右往左往する中、画面の向こうでマクガイアが涙目で叫ぶ。
『くそっ……! これは日本の「化学兵器」による攻撃か!? 五十嵐! 貴様、我々を毒殺する気か!!』
「ち、違いますぅぅ! 私も被害者ですぅぅ! 辛い! 唇がタラコになりそうだぁぁ!」
五十嵐はハンカチで口を押さえながら絶叫した。 こんなことで外交問題に発展してはたまらない。 彼は必死に叫んだ。
「内調!! 早く佐藤様を止めろ!! あのままでは、佐藤様の尻が……いや、我々3人の『お尻』が、明日の朝に死を迎えるぞ!!」
***
食堂の佐藤は、戦っていた。 汗だくになりながら、スプーンを動かし続けている。
(くっ、辛い……! でも、完食すれば無料券だ!)
半分まで食べたところで、意識が飛びそうになる。 だが、ここで諦めたら「ドッキリ成功」の看板を持ってスタッフが出てきてしまう。 最後までやり遂げてこそ、スターだ。
「うおおおおお!」
佐藤はラストスパートをかけた。 残り半分を、流し込むように一気食いする。
***
「Nooooooooo!!」
「止めてくれぇぇぇぇ!!」
三首脳の絶叫が重なった。 口の中への連続爆撃。 胃袋へのナパーム投下。 彼らは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、デスクに突っ伏した。
「……死ぬ……」
「……遺言を……」
世界最強の男たちが、カレー一杯で虫の息になった、その時。
「……ぷはーっ! ごちそうさま!」
佐藤がコップの水を一気に飲み干し、さらにセットの「マンゴーラッシー」を喉に流し込んだ。
甘く冷たいヨーグルトの風味が、荒れ狂う口内を優しく鎮火していく。 灼熱地獄に、恵みの雨が降った瞬間だった。
***
『……はぁ……はぁ……助かった……』
『……生き返った……』
モニターの中の三人は、抜け殻のようになって椅子にもたれかかっていた。 全員、唇が倍くらいに腫れ上がり、顔は汗でドロドロだ。 もはや首脳会談どころではない。
五十嵐は、震える手でマイクのスイッチを入れた。
「……本日の会談は……これにて終了とします……」
『……異議なし』
『……解散』
三人は無言で通信を切った。 彼らの心には、新たな教訓が刻まれた。 「佐藤健二のランチタイムには、決して重要な予定を入れてはならない」
***
一方、佐藤。
「ふぃ〜、食った食った」
私は空になった皿をおばちゃんに返却した。 達成感でいっぱいだ。
「はい、これ無料券ね。……あんた、顔真っ赤だよ? 大丈夫?」
「ははは、最高の刺激でしたよ」
私はおばちゃんにウインクし、無料券を受け取った。 きっと今の「完食シーン」には、「※特別な訓練を受けています」というテロップが入るに違いない。
「さて、午後も仕事頑張るか」
私は燃えるような胃袋をさすりながら、意気揚々とオフィスへ戻っていった。 明日の朝、トイレで「第二の悲劇(お尻のリンク)」が世界を襲うことになるのだが……それはまた、別のお話。
***
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