第8話 極秘サミットの誤算

「いやぁ、極楽極楽」


 私は湯上がりのコーヒー牛乳を片手に、ふかふかのソファに沈み込んだ。


 ここは箱根の奥地にある超高級老舗旅館『天照あまてラス』。

 一泊数十万円はくだらない、政財界のVIP御用達の宿だ。「一日三組限定」という超・排他的な宿で、予約は数年待ちと言われている。


 なぜしがない係長の私がこんな場所にいるのかと言えば、商店街の福引きで「特賞」を当てたからだ。

 ガラガラを回したら、見たことのない金色の玉がコロンと出てきて、商店街会長が腰を抜かしていた。 最近の私のくじ運は、本当に神がかっている。


「それにしても、静かだなぁ」


 妻と娘は「エステに行ってくる」と言って部屋を出て行った。 私は一人、迷路のような館内を散策することにした。


 廊下には重要文化財級の壺が飾られ、窓からは雄大な富士山が一望できる。 三組限定というだけあって、他の客の気配は全くない。 静寂に包まれた贅沢な空間だ。


「ん? 自販機はどこだ?」


 私は風呂上がりの炭酸を求めて、奥へ奥へと進んでいった。 途中、「関係者以外立入禁止」と書かれた札があった気もするが、トイレに行きたくて見落としてしまった。


 すると、一番奥まった場所にある「特別貴賓室」の前で、二人の外国人が小声で揉めているのが見えた。


「No! 違う、お前が間違っている!」

「不同意(プートンイー)! 私は認めんぞ!」


 英語と中国語だ。 二人はしきりに周囲をキョロキョロと警戒している。


(ははん、なるほど)


 私はピンと来た。 あれはたぶん、退屈な宴会か、あるいは怖い奥さんから逃げ出して、こっそりタバコでも吸いに来たに違いない。

 

 「一日三組限定」だから、私たち以外の残りの二組のお客さんだろう。 男というのは、国籍を問わず窮屈な生き物なのだ。 私もよく、親戚の集まりから逃げ出してトイレに籠もることがある。 私は二人に、妙な親近感を覚えた。


 一人は金髪の大柄な白人男性。フライトジャケットを着ていて、まるでハリウッド映画の軍人みたいだ。 もう一人は小柄な老紳士。人民服のような立ち襟の服を着て、長い髭を蓄えている。


(言葉が通じなくて喧嘩してるのかな?)


 私が助け舟を出そうか迷っていると、二人の様子が急変した。


「ウッ……!」

「グゥッ……!」


 二人が同時に胸を押さえ、その場にうずくまったのだ。 顔色が悪い。白人男性の方は脂汗を流し、老紳士の方は唇が紫色になっている。


(まずい、急病か!?)


 私は慌てて駆け寄った。 言葉は通じなくても、困っている人を見捨てるわけにはいかない。


「アー・ユー・オーケー? 大丈夫ですか?」


 声をかけると、白人男性が苦しげに私を見上げた。


「メディスン……マイ・ハート……(薬を……心臓が……)」

「胃痛(ウェイ・トン)……薬……」


 老紳士の方も胸を掻きむしっている。 どうやら、二人とも持病の発作らしい。 こんな山奥で救急車を呼んでも時間がかかる。私は覚悟を決めた。


「オーケー、リラックス。アイ・アム……マッサージ・マスター!」


 私の怪しい中学英語が通じたのか、二人は怪訝な顔をした。 構うものか。私は両手を広げ、二人の背中に同時に手を当てた。


 ドクン!!


 衝撃が走った。 いつもの熱だが、今日は桁違いだ。 まるで巨大なダムが決壊したような、凄まじいエネルギーの奔流。 私の体力が、ごっそりと持っていかれる感覚。


(うわ、きっつ……! この二人、めちゃくちゃ疲れてるぞ!?)


 世界の重圧を一身に背負っているかのような、鉛のような疲労感。 何億人もの期待と憎悪を受け止めているような、魂の重み。 ただの観光客にしては、背負っているものが重すぎる。


 私は歯を食いしばり、必死におまじないを唱えた。 相手は外国人だ。英語のほうが効くかもしれない。


「ペイン、ペイン、ゴー・アウェイ!(痛いの痛いの、飛んでいけ!)」


 数秒後。 私の掌から熱が引いた。 同時に、二人の呼吸が穏やかになった。


「……Oh?」

「……なんだ?」


 二人が顔を見合わせた。 白人男性が、信じられないという顔で自分の胸をさすっている。


「消えた……痛みが消えた……まるでスーパーマンになった気分だ!」

「ありえない……私の不整脈と胃潰瘍が……消えている?」


 老紳士も立ち上がり、軽いステップを踏んでいる。 どうやら完治したようだ。


「グッド! テイク・ケア!(よかった! お大事に!)」


 私はサムズアップをして見せた。 これ以上ここにいると、言葉も通じないし面倒だ。

 それに、なんだか奥からSPっぽい黒服たちが走ってくる足音が聞こえる。 怒られる前に退散しよう。


 私は颯爽とその場を立ち去った。


「ウェイト! フー・アー・ユー!?(待て! 君は誰だ!?)」


 背後で白人男性が叫んでいたが、私は振り返らずに答えた。


「アイ・アム・ア・サラリーマン!」


 やっぱり、人助けは気持ちがいいな。 私は自販機でコーラを買い、鼻歌交じりで部屋に戻った。


 ***


 残された二人。

 アメリカ合衆国大統領・アーサー・マクガイア。 中華連邦国家主席・王 偉(ワン・ウェイ)。


 この旅館では、世界情勢を左右する「米中極秘首脳会談」が行われていたのだ。 本来なら全館貸切にするところを、カモフラージュのために「一般客(実は厳選されたエキストラの予定だったが、手違いで佐藤が当選した)」を一組だけ入れていたのが運の尽きだった。


 二人は休憩中、SPの目を盗んで「本音の密談」をするために廊下に出たところで、持病の発作(激務による過労)を起こしたのだった。


「……おい、王よ。感じるか?」


 マクガイアが、流暢な英語で問いかける。


「ああ、マクガイア……。感じるぞ。体の中に、熱い『芯』が通ったようだ」


 王もまた、英語で答えた。 二人は戦慄していた。 長年の激務でボロボロだった体が、全盛期の若さを取り戻している。 そして何より、政治家特有の直感が告げている。 「あの男(サラリーマン)と、命が繋がった」と。


 その時だった。


「――っ、あつッ!!」


 廊下の角を曲がった先で、自販機のホットコーヒーを取り出そうとした佐藤が、うっかり指先を熱い缶に触れてしまった。 ほんの少し、アチッとなった程度だ。


 しかし。


「「HOT(アチ)ッ!!!?」」


 マクガイアと王が、同時に絶叫した。 指先に、マグマに突っ込んだような激熱の激痛が走ったのだ。


「Fxxx!! 指が溶けたぁぁぁ!!」

「熱い! 業火だ! 私の指が燃えているぅぅ!!」


 二人は氷の入ったシャンパンクーラーに指を突っ込み、ハアハアと肩で息をした。 指は無事だ。火傷の痕すらない。 だが、あの痛覚の共有は現実だった。


 SPたちが血相を変えて駆けつけてくる。 「大統領! 主席! 敵襲ですか!?」


 二人は顔を見合わせ、即座に理解した。


「……日本だ」 マクガイアが低い声で唸る。

「日本政府め。この『生体兵器(ヒーラー)』を隠し持っていたのか……。だから五十嵐のやつ、最近やけに強気だったわけだ」


「……マクガイア大統領」 王が目を細め、不敵に笑った。

「あの男、サラリーマンと言ったな。……値段はいくらだろうか?」


「ふん。ドルで頬を叩けば落ちるだろう。……あの男は我々が保護(確保)する」


 米中トップの思考が一致した。 外交問題ではない。 これは、自らの「寿命」をかけた争奪戦だ。


「CIA長官を呼べ!! 直ちにあの男の身元を特定しろ!!」


「国家安全部の総力戦だ!! 日本から出国させるぞ!!」


 平和な温泉旅館の裏で、第三次世界大戦の火蓋が切って落とされた。 世界最強の二大国が、一人の「おじさん」を巡って動き出したのである。


 ***


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