第7話 パパは不思議な人
文化祭での「権田原一家・追放事件」から一週間が経った。
我が家の食卓は、微妙な空気に包まれていた。 妻の恵子が作ったハンバーグを前に、娘の結衣が箸を動かそうとしない。 ジッと私を見つめているのだ。その目は、獲物を狙う鷹のように鋭い。
「……ねえ、パパ」
沈黙を破り、結衣が口を開いた。
「な、なんだい?」
私は冷や汗をかきながら答えた。 年頃の娘に真顔で見つめられると、父親というのは無条件で怯える生き物だ。
「洗濯物を一緒に洗わないで」とか「枕が臭い」とか言われたらどうしよう。
「パパってさ……本当は何者なの?」
「え?」
予想外の質問に、私は箸を取り落としそうになった。
「何者って……しがないサラリーマンだよ。スマイルフーズ営業部係長、佐藤健二。社員番号1024番」
「嘘」
結衣は即答した。
「だって、おかしいじゃん。あの文化祭の後、学校がどうなったか知ってる?」
結衣が指を折って数え始めた。
「まず、翌日に全教室のエアコンが最新式になった。 廊下のトイレがウォシュレット付きの、なんかホテルみたいなやつになった。 極めつけは、食堂のメニューに『A5ランクステーキ定食(500円)』が追加されたの。 ……これ全部、西園寺グループからの寄付なんだって」
「へ、へぇー。西園寺さんって太っ腹だなぁ」
私は引きつった笑顔で頷いた。 確かに凄い。さすが日本一の財閥だ。教育への投資を惜しまない姿勢、素晴らしいじゃないか。
「それだけじゃないよ。今日、学校にデカい胡蝶蘭が届いたの」
「花?」
「送り主は『内閣総理大臣・五十嵐剛』。宛名は『佐藤結衣様』」
「ブフッ!?」
私は味噌汁を吹き出しそうになった。 総理大臣? 結衣に?
「メッセージカードも入ってた。『勉強頑張ってね。あなたは日本の宝です』って。……怖すぎるんだけど」
結衣が身震いする。 確かにそれは怖い。一国の総理が女子高生にファンレターを送るなんて、暇なのだろうか。 いや、待てよ。 総理大臣といえば、あの公園の……いや、まさかな。
「パパ。あの文化祭の時、いじめっ子だった権田原が消えて、すぐに西園寺家のシェフが来て、今度は総理大臣から花が届く」
結衣が身を乗り出した。
「パパ、実は公安の凄腕スパイとか、裏社会のフィクサーとかじゃないの? 私、秘密は守るから教えてよ」
(……参ったな)
私は頭を抱えた。 娘の想像力は豊かだ。きっとスパイ映画の見過ぎだろう。
だが、この奇妙な偶然の連続については、親として何かしらの説明をしなければならない。 必死に脳みそをフル回転させ、私は一つの「合理的」な結論を導き出した。
「……結衣。それは多分、パパの会社の『冷凍餃子』のおかげだよ」
「は? 餃子?」
「そう。最近、うちの『肉汁たっぷりジャンボ餃子』が大ヒットしてね。パパはその開発チームにいたんだ(嘘ではない、試食係だった)」
「うん……?」
「きっと総理大臣も、あれの大ファンなんだよ。総理って庶民派をアピールしてるだろ? だから、開発に関わったパパ(係長)の家族に、サービスしてくれたんだよ。政治家のパフォーマンスってやつさ」
私は真っ直ぐに娘の目を見て、力説した。 これしかない。これ以外に、総理が私なんぞに構う理由がない。
私は本気でそう信じている。 人間、理解不能な事態に直面すると、一番手近な理由にすがりつくものなのだ。
結衣はしばらく私の目を、穴が開くほど見つめていた。 嘘をついていないか、動揺していないかを見極める目だ。
やがて、彼女は深く、深ーく溜息をついた。
「……はぁ。パパの顔、マジだもんね」
「うん?」
「パパがそんな裏工作できるような、器用な人じゃないことくらい知ってるし。……ま、いっか」
結衣は再び箸を動かし始めた。 どうやら納得してくれたようだ。
「冷凍餃子かぁ。総理大臣って意外と安上がりな舌してるんだね」
「こらこら、失礼なことを言うんじゃない。今度、お礼の手紙でも書いておこうかな」
「あら、いいじゃない。字は丁寧に書くのよ?」
それまでニコニコと話を聞いていた妻の恵子が、お茶をすすりながら口を挟んだ。
「あなたの人柄が評価されたのねぇ。よかったわね、あなた」
「ああ。真面目に働いていれば、いいことがあるもんだな」
私はホッと胸を撫で下ろし、ハンバーグを頬張った。 この家は今日も平和だ。
***
その頃。 佐藤家の屋根裏では、黒いボディスーツに身を包んだ数人の男たちが、高感度マイクと生体モニターを前に冷や汗を垂れ流していた。
彼らは
『……ふぅ。娘さんの尋問、クリアしました』
エージェントが小声でインカムに報告する。 手元のモニターには、佐藤の心拍数、血圧、発汗量が表示されているが、すべて「平常値」のままだ。
『嘘発見器、反応なし。佐藤様は本気で「冷凍餃子のおかげ」だと思い込んでいます』
その報告先――官邸の地下司令室で、五十嵐総理はデスクに突っ伏して安堵の息を漏らした。
『よかった……。もし佐藤様が「自分の正体(神)」に気づき、その重圧でストレスを感じたら、我々が終わるところだった』
佐藤健二は、自分が「神」であることを知ってはならない。 彼が「自分はただのラッキーな小市民だ」と信じているからこそ、精神が安定し、世界は平和なのだ。
もし彼が「俺のせいで総理が痛い目に……」などと罪悪感を抱けば、そのストレスで五十嵐はショック死するだろう。
『引き続き、「ラッキーな偶然」を演出して守り抜け。……ちなみに、明日は佐藤様が商店街の福引きに行くそうだ』
『了解。商店街ごと買収して、一等の「高級温泉旅館ペア招待券」の玉だけを入れておきます』
世界は今日も、佐藤健二の「勘違い」を守るために、必死に嘘をつき続けている。
だが、その平穏も長くは続かない。 海を越えた大国が、ついにこの「日本の奇跡」に気づき始めていたからだ。
太平洋の向こう側。 ホワイトハウスの執務室で、一人の男が報告書を叩きつけていた。
「日本の首相、財閥、ヤクザ……全員の持病が完治しているだと? CIAは何をしている! 原因を突き止めろ! それが新薬なら、我が国が独占するんだ!!」
アメリカ合衆国大統領、アーサー・マクガイア。 世界の警察を自称する男が、佐藤健二に目をつけた瞬間だった。
***
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