第5章 Sランクの金持ちと、悪魔の賭け
「……誰だ、貴様は」
セレスが心底不思議そうに首を傾げた。
無理もない。
俺たちの背後に立った男は、あまりにも「場違い」だったからだ。
整えられた金髪。
雑誌のモデルのような甘いマスク。
そして何より、身に纏っている空気が異様だ。
高級ブランドのロゴが主張するジャケットに、仕立ての良さそうなスラックス。腕には家が買えそうな腕時計が光り、首元や指にはゴテゴテとしたシルバーアクセサリーをジャラジャラとつけている。
探索者というよりは、六本木のホストか、成金の御曹司といった出で立ちだ。
「フッ、僕を知らないとは。田舎から出てきたばかりかな?」
男は髪をかき上げ、キザな笑みを浮かべた。
「僕は西園寺(さいおんじ)レオ。国内大手クラン『ゴールド・ファング』のリーダーにして、Sランク探索者だ。……まあ、君たちのような一般人には雲の上の存在かな」
「サイオンジ……?」
セレスが俺の方を向く。
「トウヤ。こいつは宮廷道化師(ピエロ)か? 戦場にこのようなチャラチャラした貴金属を持ち込むなど、正気の沙汰とは思えんが」
「しっ! 声がデカい! 聞こえるだろ!」
俺は慌ててセレスの口を塞いだ。
だが、レオの額にはすでにピキリと青筋が走っていた。
「……道化師とは失礼な。これは一流の着こなしだよ、お嬢さん」
レオは作り笑いを崩さず、セレスへと一歩踏み出した。
彼は俺のことなど空気のように無視し、セレスの顔(フードの奥)を覗き込む。
「君、いい目をしているね。そのボロボロの服……苦労しているんだろう? お金がないな
ら、僕が貸してあげようか?」
「貸す? 無償でか?」
「まさか。……君が僕のクラン《パーティー》に入ってくれるなら、ね」
レオがいやらしい手つきで、セレスのパーカーの裾に触れようとする。
「君のような美しい原石を、こんな薄汚い
典型的な勧誘だ。
金と権力で女を釣る、三流のやり口。
俺はため息をつき、割って入ろうとした。
だが、それより早く――セレスが、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。
「断る」
「……え?」
「興味がないと言っている。失せろ、弱者」
セレスの言葉は、氷の刃のように冷徹だった。
「ヤ、弱者……? この僕が……?」
「ああ。足運びには軸がなく、呼吸は浅い。その筋肉もジムで見せるための飾り物だ。一度でも人を斬ったことがあるか? 魔物の骨を断った感触を知っているか?」
「なっ……!?」
「お前からは『死』の匂いがしない。そんな男に背中は預けられん」
セレスは吐き捨てるように言った。
彼女にとって、強さとはブランド品の値段ではない。
死線を潜り抜けた数だ。
温室育ちのSランク様など、彼女の目にはゴブリン以下にしか映らないだろう。
「き、貴様ぁ……ッ! ただの貧乏人が、調子に乗るなよ!」
レオの顔が真っ赤に染まる。
プライドを粉々にされた彼は、腰のベルトに手をかけた。そこには高そうな魔導具(ホルスター)がぶら下がっている。
まずい。ここで騒ぎを起こせば、今度こそ俺たちが追い出される。
「――まあまあ! 待ちたまえ、西園寺さん!」
俺はすかさず二人の間に滑り込み、揉み手をしながらレオに頭を下げた。
「すいませんねぇ! うちの妹、田舎者なもんで口の利き方を知らないんです! 悪気はないんですよ、悪気は!」
「なんだ君は! どきたまえ!」
「いやいや、Sランク様ともあろうお方が、こんな場所で魔導具を抜いたらスキャンダルになりますよ? ほら、周りも見てますし」
俺が小声で囁くと、レオはハッとして周囲を見た。
順番待ちの探索者たちが、スマホを向けてニヤニヤしている。
世間体を気にするタイプか。扱いやすい。
「……フン。まあいい。君に免じて許してやろう」
レオは舌打ちをして手を離した。
よし、鎮火した。
あとは適当におだてて帰らせれば……。
(……待てよ?)
俺の脳内で、悪魔的な計算式が組み上がった。
目の前には、プライドが高く、金を持て余しているカモ(Sランク様)。
そして俺たちの財布の中身は、三千円。
実技試験代は、一万円。
――使える。
俺はニヤリと笑うのを必死にこらえ、殊勝な顔を作った。
「西園寺さん。さっきのお話ですが……お金、貸していただけるんですか?」
「おいトウヤ!? 何を言う!」
セレスが驚愕の声を上げるが、俺は無視してレオを見つめた。
レオは鼻で笑った。
「なんだ、結局は金か。……いいだろう。ただし条件はさっき言った通りだ。その生意気な妹を僕のクランによこせ」
「ええ、もちろん。……ですが、ただ貰うのも申し訳ない。どうです? 一つ『賭け』をしませんか?」
「賭け?」
俺はカウンターの職員を指差した。
「これから俺たちは『実技試験』を受けます。もし俺たちが、Sランクの西園寺さんが納得するような記録を出せなかったら……このセレスは、あなたのクランに入れます」
「トウヤッ! 貴様、私を売る気か!?」
セレスが俺の袖を掴んで揺さぶる。
俺は彼女の耳元に口を寄せ、極小の声で囁いた。
(黙ってろ。お前の晩飯代を稼いでやるんだ)
(……む?)
俺はレオに向き直る。
レオは面白そうに口角を歪めた。
「ほう。つまり、僕より弱いと認めたら従うと? いいだろう、乗ってやる。で、僕が負けた場合は?」
「試験代一万円を肩代わりしてください。あと……そうですね」
俺はわざとらしく悩むフリをした。
「もし俺たちが、西園寺さんの度肝を抜くような『歴代記録』を出しちゃったら……迷惑料として、百万円ほど頂いても?」
「ぶっ! あはははは!」
レオが腹を抱えて爆笑した。
取り巻きの女たちもクスクスと笑う。
「傑作だ! Fランクの貧乏人が、歴代記録だって? 地下の測定機はそんなに甘くないよ?」
「まあまあ、夢を見るくらいはいいでしょう。……乗りますか?」
「いいとも! 君たちがそんな奇跡を起こせるなら、百万でも一千万でも払ってやるよ! あははは!」
レオは笑いながら、ポケットからゴールドカードを取り出し、カウンターの職員に投げ渡した。
「おい、こいつらの試験代だ。切っておけ」
「は、はい!」
職員が慌てて処理をする。
決済完了の音が、俺には勝利のゴングに聞こえた。
「交渉成立ですね」
「ああ。楽しみにしているよ。その生意気な口が、絶望で歪むところが見られるのをね」
レオはニヤニヤしながら、特等席(ソファ)へと戻っていった。
俺は小さくガッツポーズをした。
第一関門、突破。
試験代はタダになった。あとは――
「おい、トウヤ」
背後から、地の底を這うような低い声がした。
振り返ると、セレスがフードの下からジト目を向けていた。
「私を賭けのチップにしたな? もし負けたら、あの道化師の元へ行けと?」
「負けなきゃいいんだよ。それに……」
俺はセレスの肩をポンと叩いた。
「お前、ムカついたんだろ? あのナヨナヨした金持ちが」
「……ああ。反吐が出るほどな」
「なら、実力で見返してやれ。言葉じゃなく、圧倒的な『結果』でな。……それが一番の復讐(ざまぁ)だ」
俺が言うと、セレスの表情が変わった。
不機嫌な顔から、獰猛な肉食獣の笑みへ。
「フン……悪くない提案だ。あの驚き顔(アホづら)が恐怖に染まるところが見られるなら、一肌脱いでやろう」
「その意気だ。ただし!」
俺は釘を刺す。
「全力は出すなよ? 施設が壊れると賠償金で俺たちが死ぬからな」
「手加減しろと? 難しい注文だな」
「頑張れ。力の加減は、そうだな……『ゴブリンの子供を峰打ちする』くらいでいい」
「そんな微調整ができるか!」
文句を言い合いながら、俺たちは地下への階段を降りていく。
さあ、ショータイムだ。
異世界最強の二人が、日本の測定器を(壊さない程度に)壊す時間がやってきた。
ビジネスパートナーだった最強勇者(銀髪美少女)と、日本で同居することになりまして。 〜「お前とは合わない」と言っていたのに、現代で無自覚に距離が近づき、気づけば世界を救う「夫婦」になっていた件〜 朧木 光 @hlnt_arc
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