第4章 窓口の攻防戦と、勇者の沸点

 駅前の大通りに面したガラス張りのビル。


 『東京ダンジョン管理機構・新宿支部』。

 

 そこが、俺たちの最初の戦場だった。


「……おいトウヤ。ここが『ギルド』なのか?」

 

 自動ドアをくぐったセレスが、不審げに眉をひそめた。


 無理もない。

 

 彼女の知るギルドとは、荒くれ者が酒を浴び、怒号と暴力が飛び交う木造の酒場だ。

 

 だが、目の前に広がっているのは、静まり返ったフロアと、整然と並ぶカウンター、そして死んだ魚のような目をしたスーツ姿の職員たち。

 

 要するに、ただの「区役所」だった。


「ああ。ここが現代の冒険者の拠点だ。酒も喧嘩もない、書類とハンコの世界だ」


「退屈な場所だな。覇気がない」


「平和ってのは退屈なもんなんだよ。……ほら、まずはこの『整理券』を取るんだ」

 

 俺は発券機から番号札を抜き取り、セレスに渡した。


 『305番 待ち人数12人』。


「なんだこの紙切れは? 依頼書か?」


「順番待ちの札だよ。俺たちの番号が呼ばれるまで、あの椅子で待機だ」


「待機? なぜだ。窓口は空いているだろう」

 

 セレスが顎でしゃくった先には、確かに無人のカウンターがいくつかある。

 

 だが、職員たちはパソコン画面を凝視したり、電話対応に追われたりと忙しそうだ。


「あれは事務処理中なんだよ。いいから座ってろ」


「フン。アステリアのギルドなら、カウンターを拳で叩き割ればすぐにマスターが出てきたものを」


「絶対にやるなよ。器物破損で即逮捕だ」


 俺たちは硬いプラスチックのベンチに腰を下ろした。


 隣では、同じく探索者(シーカー)と思しきジャージ姿の男たちが、スマホをいじりながら時間を潰している。


 ……緊張感のカケラもない。


 セレスは貧乏ゆすりをしながら、周囲を鋭い眼光で威嚇し続けている。


 パーカーのフードを目深に被らせて正解だった。この目つきを見られたら、順番待ちの列で乱闘騒ぎが起きる。


『番号札、305番をお持ちの方ー。3番窓口へどうぞー』


 無機質なアナウンスが響いた。

 

 ようやく俺たちの番だ。


「行くぞセレス。余計なことは喋るなよ。俺が全部話す」


「分かっている。外交交渉は軍師お前の仕事だ」


 俺たちはカウンターへと向かった。


 担当は、眼鏡をかけた神経質そうな女性職員だった。


 彼女は俺たちの服装(パーカーのフードを被った不審者と、薄汚れたカーゴパンツの男)を一瞥したが、表情一つ変えずに事務的に告げた。


「新規登録ですね。こちらの用紙に必要事項を記入してください。身分証明書はお持ちですか?」


 来た。最初の関門だ。


「……あー、すいません。実は二人とも、ちょっと事情があって身分証を失くしてまして」


「紛失ですか? 保険証も、マイナンバーカードも?」


「ええ、全部。火事で焼けちゃって(嘘)」


 俺がスラスラと嘘をつくと、職員は怪訝そうに眉を寄せた。


「身分証がない場合、正規の『探索者ライセンス』は発行できません。臨時パスの発行になりますが、これだとFランク以下の採取クエストしか受注できませんし、報酬から税率が四割引かれます」


「四割!?」


 俺は思わず声を上げた。


 暴利だ。悪徳代官もびっくりの搾取率だ。


「おいトウヤ。どうした、交渉決裂か?」


 背後でセレスが不穏な声を出す。


「……いや、条件が厳しい。報酬の半分近くを国に持っていかれる」


「ハッ! なんだそれは。みかじめ料か? この私が、顔も知らぬ王族に貢ぐ謂れはないぞ」


 セレスがカウンターに身を乗り出した。


 フードの奥から、蒼い瞳がギラリと職員を射抜く。


「おい、女。私はセレスティアだ。魔王の首を刎ねた勇者だぞ? その私に対して、Fランクだの税金だの、舐めた口を利くのも大概にしろ」


「……はあ?」


 職員が冷ややかな目を向けた。


 完全に「痛いコスプレ女が来た」という目だ。


「お客様、大声を出さないでください。勇者だろうが魔王だろうが、公的書類がない以上は規定通りの対応になります」


「規定? 紙切れ一枚で私の価値が決まるというのか?」


「はい、そうです。それが日本のルールですので」


 ピシリ、と言い切った職員の態度に、セレスのこめかみに青筋が浮かんだ。


 まずい。


 勇者の沸点は、ティファールよりも低い。


「……そうか。ならば実力で証明するまでだ」

 セレスの手が、背中の新聞紙聖剣に伸びた。


「貴様がそのルールとやらの番人か? ならば、貴様を斬り伏せれば私のランクは上がるのだな?」


「ひっ!?」


 殺気。

 本物の歴戦の英雄が放つ、濃密な死の気配に、職員の顔色が蒼白になる。


 周囲の空気が凍りついた。


 ガードマンたちが慌てて警棒に手をかけるのが視界の端に見える。

 

 ――終わった。


 そう思った瞬間、俺の身体が勝手に動いていた。


「やめろ馬鹿ッ!!」


 ドゴォッ!!


 俺はカウンターに飛び乗り、セレスの後頭部を全力でスリッパ(来客用)でひっぱたいた。


「ぐっ!? き、貴様トウヤ! 何をする!」


「お前こそ何をしてんだ! ここは役所だぞ! 職員を斬ってランクが上がるゲームがどこにある!」


「だが、この女が私を侮辱した!」


「侮辱じゃねえ! 『身分証がないと不便ですね』って事実を言われただけだ!」


 俺はセレスの首根っこを掴み、床に引きずり下ろした。


 そして、震える職員に向かって、可能な限りの営業スマイル(冷や汗ダラダラ)を向けた。


「す、すいません! こいつ、ちょっと中二病をこじらせてて! VRゲームのやりすぎで現実と区別がついてないんです! あはは、可愛い妹でしょう!?」


「い、妹……?」


「ほらセレス、謝れ! 『ごめんなさいお姉さん』って!」


「なっ、なぜ私が謝らねば……んぐぐッ!?」


 俺はセレスの脇腹をつねり上げた。


 暗殺術『痛点突き』。

 あまりの激痛に、セレスが涙目で折れた。


「ご、ご……ごめんなさい……ッ!」


「よろしい!」


 俺はゼェゼェと息を整え、再び職員に向き直った。


 職員は呆気に取られていたが、俺たちの必死さ(というか俺の必死さ)に毒気を抜かれたのか、ふぅ、と溜息をついた。


「……はぁ。最近多いんですよね、配信の影響でキャラ作り込んでくる人。でも、暴力行為は次やったら警察呼びますよ」


「はい! 肝に銘じます!」


「で、身分証がないなら『実技試験』を受けますか?」

「……実技試験?」


 俺が聞き返すと、職員はパソコンの画面を操作しながら言った。


「本来は書類審査ですが、例外措置として、地下の訓練場で『戦闘能力測定』を行い、一定の数値を満たせば仮ライセンスのランクを引き上げることができます。ただし……」


 職員は眼鏡の位置を直しながら、冷徹に告げた。


「測定料として、一人五千円かかります」


 五千円。

 俺とセレス、二人で一万円。

 現在の所持金、三千四百八十円。


「…………」

「…………」


 俺とセレスは顔を見合わせた。

 詰んだ。


 日本のシステムは、どこまでも貧乏人に厳しくできている。


「……おいトウヤ。金が足りんぞ」


「分かってるよ……」

「斬るか?」


「斬って金が出るなら苦労しねえよ!」


 俺は頭を抱えた。


 Fランク(雑用係)で地道に稼ぐしかないのか。

 だが、そんな小銭じゃ、今夜の飯代すら怪しい。


 その時だった。

 俺たちの背後から、キザったらしい声が掛かったのは。


「おやおや? そこで困っている貧乏カップルさん。お金が必要なら、僕が貸してあげようか?」


 振り返ると、そこには金髪をなびかせた、いかにも「俺、勇者です」というオーラを出した男が立っていた。


 全身を高級ブランドで固め、後ろには取り巻きの女たちを侍らせている。


 ……うわぁ。


 一番関わりたくないタイプが出やがった。

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