2話:五百年後の戦場

 建物を出ると、そこは戦場だった。

 煉瓦造りの街並みが、あちこちで崩れ落ちている。黒煙が空を覆い、遠くで断続的に銃声が響いていた。

 ただし、その銃声には聞き覚えがなかった。


「……ボルトアクション?」

「そう。この時代の主流火器。連射性能は低いけど、蒸気機関で動く自動装填機構もあるよ」


 ミリスが隣で解説する。

 俺の知っている戦争は、レールガンと無人機とナノマシンの世界だった。それが五百年で、ここまで退化したのか。


「逆に言えば、あなたの身体に内蔵された武装は圧倒的ってこと」

「武装?」

「うん。右腕に高周波ブレード、左腕にパルスガン。あと全身の装甲は対キネティック弾仕様だから、この時代の銃じゃまず貫通できない」

「……俺、いつの間に武器庫になったんだ」

「五百年かけて丁寧に作ったんだよ。感謝してね」


 感謝していいのかどうか微妙なところだ。

 路地を進む。瓦礫を避けながら、俺たちは街の外れを目指していた。ミリス曰く、この街は国家軍と反乱軍の係争地域で、長居は危険らしい。


「で、これからどうすんだ」

「まずは安全な場所に移動。それから情報収集して、戦争を止める方法を探る」

「ざっくりしてんな」

「五百年考えて、結論が出なかったからね。現地調査するしかないの」


 計画性がないのか、あるのか。


「ねえノクス」

「なんだ」

「手、繋いでいい?」

「は?」


 唐突な申し出に、俺は足を止めた。


「恋人っぽいことしたいなって」

「お前な……状況わかってる?」

「わかってるよ。だから今のうちに」

「意味わかんねえよ」


 呆れながらも、差し出された手を見る。

 白くて細い、人間そっくりの手。でも中身は俺と同じ機械だ。


「……勝手にしろ」

「やった」


 ミリスは嬉しそうに俺の手を握った。金属同士が触れ合う、硬い感触。

 温度はない。でも——悪くない気がするのは、俺の頭がおかしくなったからだろうか。


「ふふ、ノクスの手、おっきい」

「普通だろ」

「私基準だとおっきいの」

「基準がおかしい」


 そんな会話をしながら歩いていると——

 前方の路地から、人影が現れた。

 軍服を着た男たち。五人。手には蒸気式のライフルを構えている。


「止まれ」


 先頭の男が、銃口を向けながら言った。


「国家軍・遺産回収部隊だ。お前たち、旧時代の遺産だな?」


 遺産。つまり俺たちのことか。


「大人しく投降しろ。危害は加えない。研究施設で丁重に扱う」

「研究施設ねえ」


 俺は肩をすくめた。


「分解されて調べられる未来しか見えないんだが」

「黙れ。選択肢はない」


 兵士たちが距離を詰めてくる。

 俺はミリスに目配せした。


「どうする?」

「うーん、戦う?」

「軽いな、お前」

「だって向こうから来たんだもん」


 それもそうか。

 俺は一歩前に出た。


「おい、待て。動くな」


 兵士が警告する。

 俺は構わず歩き続けた。


「撃て!」


 銃声が響いた。五発の弾丸が俺に向かって飛んでくる。

 五百年前の戦場に比べれば、スローモーションだ。

 俺は軽く身体をずらした。弾丸が頬を掠めていく。金属の肌に火花が散るが、傷一つつかない。


「な……っ」


 兵士たちの顔が驚愕に染まる。

 俺は右腕を振った。

 肘から先が変形し、刃が展開される。高周波ブレードというらしい。空気が震えるような、高い振動音。

 次の瞬間、俺は兵士たちの間を駆け抜けていた。

 五人のライフルが、同時に真っ二つになって地面に落ちる。


「……ひっ」


 兵士たちが腰を抜かした。

 俺は振り返らずに言った。


「命までは取らない。上官には『手に負えない』と報告しろ」

「あ……ああ……」


 兵士たちは転がるように逃げていった。


「かっこいい」


 後ろからミリスの声。


「お前が作った身体だろ」

「うん。でもそれを使いこなしてるのはノクスだから」


 褒められても複雑だ。

 結局、俺は戦うことしかできない。五百年前と同じだ。


「ねえ、ノクス」

「なんだ」

「さっき、殺さなかったね」

「……ああ」

「なんで?」


 ミリスが小首を傾げる。

 俺は少し考えてから答えた。


「お前が戦争を止めたいって言ったからだろ。殺してたら止まるもんも止まらねえ」


 ミリスが黙った。

 振り返ると、彼女は目を丸くしていた。


「どうした」

「ううん。なんでもない」


 彼女は首を振って、それから——笑った。


「ノクス、やっぱり優しいね」

「どこがだ」

「全部」

「抽象的すぎる」

「いいの、私がそう思うんだから」


 話にならない。俺はため息をついて歩き出した。


__________________________________________________________


 街外れの廃墟に辿り着いた頃には、日が傾き始めていた。

 元は工場だったらしい建物。屋根は半分崩れ落ちているが、壁は残っている。一晩くらいはしのげそうだ。


「ここで休もう」

「ああ」


 俺は壁に背を預けて座り込んだ。機械の身体は疲れないはずだが、精神的には消耗していた。

 ミリスが隣に座る。


「ねえ、ノクス」

「なんだ」

「この世界のこと、もう少し説明するね」

「頼む」

「まず、大戦について」


 ミリスは指を一本立てた。


「五百年前——つまり私たちがいた時代、世界規模の戦争が起きた。核兵器、生物兵器、AI兵器、なんでも使われた。結果、人口は十分の一以下になって、ほとんどの技術が失われた」

「……十分の一か」

「うん。生き残った人たちは、なんとか文明を立て直した。蒸気機関を再発見して、少しずつ復興していった。それが今の世界」

「で、その復興した世界で、また戦争してると」

「そう」


 ミリスは二本目の指を立てた。


「今の戦争は、国家軍と反乱軍の対立。国家軍は大陸の中央を支配していて、旧時代の遺産を独占しようとしてる。反乱軍は周辺地域の連合で、その独占に反発してる」

「遺産ってのは、俺たちみたいなやつか」

「うん。旧時代の兵器、AI、データ、技術——なんでも。それを手に入れた方が勝つ、ってみんな思ってる」

「……くだらねえ」


 俺は吐き捨てた。


「五百年前の技術で、また戦争を始めるのか。馬鹿じゃねえの」

「馬鹿だよね」


 ミリスは同意した。


「だから止めたいの。遺産を巡る争いを、根本から」

「どうやって」


 ミリスは黙った。

 答えが出ないのだろう。五百年考えても出なかった答えが、今すぐ出るはずがない。


「まあいい」


 俺は目を閉じた。


「ゆっくり考えりゃいいさ。時間はある——たぶん」

「……ありがとう、ノクス」

「何がだ」

「付き合ってくれて」

「借りがあるっつっただろ」

「それでも」


 彼女の声は、少しだけ柔らかかった。

 沈黙が流れる。

 遠くで、まだ砲声が聞こえていた。


「そういえば」


 ミリスが口を開いた。


「さっきの国家軍、あなたのこと報告するよね」

「だろうな」

「そうすると、明日にはもっと大規模な部隊が来る」

「だろうな」

「反乱軍にも情報が漏れるかも」

「だろうな」

「つまり、両方から追われる」


 俺は目を開けた。


「お前、なんでそれを先に言わない」

「言ったよ。『回収対象になってる』って」

「もっと詳しく言え」

「ごめん、説明スキルが未熟だった」

「五百年何してたんだ」

「人間の言語を勉強してた」

「優先順位おかしいだろ」


 俺はため息をついた。

 両陣営から追われる身。戦争を止めたいのに、戦争の火種になっている。皮肉なもんだ。


「どうする、ノクス」

「どうするも何も——逃げるしかねえだろ」

「逃げながら、方法を探す?」

「ああ」


 俺は立ち上がった。


「休んでる場合じゃなさそうだ。移動するぞ」

「うん」


 ミリスも立ち上がる。

 俺たちは廃墟を出て、夜の闇に紛れて歩き始めた。


「ねえ、ノクス」

「今度は何だ」

「やっぱり手、繋いでいい?」

「……好きにしろ」

「やった」


 暗闇の中、彼女の手が俺の手を握った。

 金属と金属。温もりはない。

 でも——不思議と、孤独じゃなかった。


「ノクス」

「なんだ」

「絶対、方法見つけようね」


 俺は答えなかった。

 正直、戦争が止まるなんて思っていない。五百年経っても変わらなかった人間が、今さら変わるはずがない。

 でも——


「……ああ」


 小さく、俺は頷いた。

 こいつが諦めないなら、俺も付き合ってやる。

 それくらいの借りは、あるからな。

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