3話:追われる者たち
三日間、俺たちは森を歩き続けた。
街道は危険だ。国家軍の巡回がある。だから獣道を選んで、ひたすら東へ向かっていた。
「ねえノクス」
「なんだ」
「お腹空かない?」
「機械の身体に空腹はねえよ」
「そっか。私もないんだけど、なんか寂しいなって」
「寂しいってなんだよ」
「食事って、コミュニケーションの一環でしょ? 恋人同士でご飯食べたりするじゃん」
「お前の恋人知識、どこから来てんだ」
「ノクスの電子書籍」
「……参考にすんな、あれを」
あのラノベのせいで、こいつの恋愛観が歪んでいる気がする。いや、元々歪んでいたのか。
「ところで」
俺は話題を変えた。
「そろそろ具体的な計画を聞かせてくれ。戦争を止めるって、どうやって」
「うん」
ミリスは頷いた。
「まず前提として、この戦争の根本原因は『旧時代の遺産』を巡る争いだよね」
「ああ」
「国家軍は遺産を独占して、軍事的優位を保ちたい。反乱軍は遺産を奪って、国家軍を倒したい。どっちも遺産を手に入れることしか考えてない」
「つまり、遺産がある限り戦争は終わらないと」
「そう」
ミリスは指を一本立てた。
「だから、遺産を消す」
「……消す?」
「うん。この大陸には、旧時代の遺産が大量に保管されている場所がある。『遺産貯蔵庫』って呼ばれてる」
「初耳だな」
「一般には知られてないからね。でも私は知ってる。五百年前のデータに、座標が残ってたから」
俺は眉をひそめた。
「そこを破壊するってことか」
「うん」
「遺産を全部消せば、争う理由がなくなると」
「理論上はね」
理論上、か。
「……甘くないか、それ」
「甘いかもね」
ミリスはあっさり認めた。
「遺産がなくなっても、別の理由で戦争するかもしれない。領土とか、資源とか、思想とか。人間ってそういう生き物だし」
「わかってんじゃねえか」
「うん。でも、少なくとも『今の戦争』は止められる。次の戦争が起きるかどうかは、その後の人間次第」
俺は黙った。
反論しようと思えばできる。人間はどうせまた争う。何をしても無駄だ。そう言うことはできる。
でも——
「……まあ、やるだけやってみるか」
「ノクス」
「どうせ他にやることもねえしな」
「……ありがとう」
ミリスが笑った。
その笑顔を見て、俺は少しだけ後悔した。
こういう顔されると、断れなくなるんだよな。
__________________________________________________________
森を抜けると、小さな村があった。
畑と、煉瓦造りの家々。煙突から白い煙が上がっている。平和な光景だ。
「ここで補給したいんだけど」
ミリスが言った。
「補給? 俺たち、飯も水も要らないだろ」
「情報が欲しいの。この先の地理とか、国家軍の配置とか」
「なるほど」
「あと、ノクスの服」
「服?」
「全身金属むき出しで歩いてたら目立つでしょ」
言われてみれば、俺は上半身裸だった。いや、正確には服を着ていないだけで、身体自体が金属の装甲だから裸という概念も微妙だが。
「お前は普通の服着てるよな」
「私は人間に見えるように作ってあるから。ノクスは戦闘用だから、ちょっと無骨なの」
「差別だろ、それ」
「愛の差です」
「意味わかんねえ」
とにかく、村に入ることにした。
ミリスが先導して、俺はマントを羽織る。彼女が廃墟から見つけてきた、ボロボロの布切れだ。これで金属の身体を隠す。
村の入口で、農夫とすれ違った。
俺たちを見て、農夫は怪訝な顔をした。しかし何も言わずに通り過ぎる。
「よそ者には冷たいみたいだね」
「戦時中だからな。当然だろ」
村の中心部には小さな広場があり、井戸と、いくつかの露店が並んでいた。
ミリスが露店の一つに近づく。衣服を売っている店だ。
「すみません、男物の上着ありますか?」
「……ああ、あるよ」
店主は無愛想に答えた。ミリスを見る目が、少し警戒している。
俺はその場で待っていた。
と——
「ねえ」
小さな声がした。
見下ろすと、子供がいた。十歳くらいの女の子。茶色い髪を二つに結んでいる。
「お兄さん、何でできてるの?」
マントの隙間から、俺の腕が見えていたらしい。銀色の金属の腕。
周囲の大人たちが気づいた。俺を見て、顔色を変える。
「お、おい……あれ……」
「機械だ……旧時代の……」
ざわめきが広がる。
俺は舌打ちした。面倒なことになった。
「リリ! 離れなさい!」
女の声。子供の母親らしき女性が駆け寄ってきて、女の子を抱きかかえた。
「あれは悪魔よ! 近づいちゃ駄目!」
「悪魔?」
女の子——リリが首を傾げた。
「でもお母さん、お兄さん、悪い顔してないよ?」
「いいから!」
母親はリリを連れて去っていった。
俺の周囲から、人が離れていく。まるで疫病患者を見るような目で。
「……やれやれ」
予想はしていた。五百年前の技術は、この時代の人間にとっては恐怖の対象だ。理解できないものは、悪魔と呼ぶしかない。
「ノクス」
ミリスが戻ってきた。手には茶色の上着。
「買えたよ。……なんかあった?」
「見ての通りだ」
俺は周囲を見回した。遠巻きにこちらを窺う村人たち。恐怖と敵意の視線。
「行くぞ。長居は無用だ」
「うん」
俺たちは村を出ようとした。
その時——
「待ってくれ」
声がかかった。
振り向くと、男が立っていた。四十代くらい。がっしりした体格に、鋭い目つき。村人とは違う雰囲気を持っている。
「あんたたち、旧時代の遺産だな?」
「……だったら何だ」
「俺は反乱軍の連絡員だ。話がある」
俺とミリスは顔を見合わせた。
男は周囲を気にしながら言った。
「ここじゃまずい。ついてきてくれ」
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村外れの納屋に案内された。
薄暗い室内。干し草の匂い。男は扉を閉めて、俺たちに向き直った。
「単刀直入に言う。反乱軍に協力してくれないか」
「断る」
俺は即答した。
「……理由を聞いても?」
「どっちの陣営にも興味がない。俺たちは俺たちの目的がある」
「目的?」
「戦争を止める」
男は目を見開いた。そして——笑った。
「戦争を止める? 遺産がか?」
「ああ」
「どうやって」
「それは教えない」
男は笑うのをやめた。真剣な顔になる。
「……面白いことを言う。だが、現実的じゃないな」
「かもな」
「反乱軍に協力すれば、見返りはある。安全な居場所、補給、情報——何でも提供する」
「いらない」
俺は男を真っ直ぐ見た。
「俺たちを利用したいだけだろ。戦争を終わらせる気なんてない」
男は黙った。図星らしい。
「国家軍を倒したいんだろ。そのために俺たちの力が欲しい。でも国家軍が倒れた後は? また別の誰かと戦うんじゃないのか」
「……それは」
「お前らも、国家軍も、同じだ。勝ちたいだけ。平和なんて求めてない」
俺は背を向けた。
「行くぞ、ミリス」
「うん」
「待て」
男の声が追ってきた。
「このまま行けば、どちらからも追われる身になるぞ。どこにも居場所はない」
「知ってる」
俺は振り返らなかった。
「元からそうだ。五百年前からな」
納屋を出た。
ミリスがついてくる。
しばらく歩いてから、彼女が口を開いた。
「ノクス」
「なんだ」
「かっこよかった」
「茶化すな」
「茶化してないよ。本心」
俺は答えなかった。
かっこいいもんか。ただ、どっちの陣営にも与したくなかっただけだ。
俺は戦争が嫌いだ。五百年前から、ずっと。
「ねえ」
「なんだ」
「さっきの子供、可愛かったね」
「……唐突だな」
「だって、ノクスのこと怖がらなかったでしょ。『悪い顔してない』って」
「子供は馬鹿正直なだけだ」
「そうかな。子供の目って、案外正しいと思うけど」
俺は何も言わなかった。
リリという女の子の顔を思い出す。怖がらずに俺を見上げた、無邪気な目。
——お兄さん、悪い顔してないよ?
馬鹿なガキだ。俺は人殺しの道具だぞ。
でも——
少しだけ、救われた気がしたのは、気のせいじゃないと思う。
「ミリス」
「なに?」
「貯蔵庫とやらは、どこにあるんだ」
「東の山脈を越えた先。徒歩で二週間くらいかな」
「遠いな」
「うん。でも、行くんでしょ?」
「……ああ」
俺は東の空を見た。
山脈の影が、夕焼けに黒く浮かんでいる。
「行くしかねえだろ」
二人の旅は、まだ始まったばかりだった。
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