消耗品と呼ばれた俺、500年後の世界では最強の遺産でした ~俺を蘇らせた軍事AIが『あなたの彼女です』と言って離れない~
筆ノ助
1話:目覚め
ホログラムの警告表示が、視界を真っ赤に染めていた。
『第七小隊、全滅。生存者なし』
俺の網膜に直接投影された無機質な文字列。それを眺めながら、俺は自分の腹に空いた穴を見下ろしていた。
やれやれ、死んだか。
周囲には同じ小隊の連中が転がっている。全員、番号で呼ばれて番号で死んでいく消耗品だ。俺も同じ。E-7749。それが俺に与えられた唯一の名前。
空には無人戦闘機が飛び交い、遠くでは軌道爆撃の光が地表を焼いている。二十二世紀の戦争は、とことん人間を記号にする。
傍らには、俺が庇った軍事AIが倒れていた。
女型の戦闘用ボディ。最新鋭の人工知能。俺なんかより遥かに価値のある存在——らしい。上官は口を酸っぱくしてそう言っていた。
こいつを守って死ぬとか、我ながら馬鹿なことをした。
でもまあ、こいつだけは俺を「あなた」と呼んだからな。
番号じゃなく。
『疲れていませんか』なんて聞いてきたのも、こいつだけだった。機械のくせに、妙なやつだ。
意識が遠のいていく。
視界がノイズに覆われる。
ああ、せめて——
「——彼女くらい、作りたかったな」
それが、俺の最後の言葉だった。
恋人なんて作る暇もなかった人生への、ささやかな未練。
誰にも届かない独り言——のはずだった。
__________________________________________________________
目を開けた。
天井がある。木製の梁に、古めかしいランプ。電気じゃない、本物の炎が揺れている。
……生きてる?
いや、死んだはずだ。腹に穴が空いて、血を流して——
身体を起こそうとして、違和感に気づいた。
重い。妙に重い。そして——
腕が、銀色だった。
「……は?」
関節部分に刻まれた溝。鈍く光る金属の表面。精巧に作られた機械の指。
左手も同じ。胸を触る。硬い。腹も、脚も——全部、金属の感触。
「は?」
二回目の「は?」が口から漏れた。
「おはよ、ノクス」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと——銀髪の美少女が立っていた。
透き通るような白い肌。大きな青い瞳。形の良い唇。そしてやたらと主張の激しい胸元。
控えめに言って、めちゃくちゃ可愛い。
そして俺は、その顔の造形に——というより、その声に見覚えがあった。
「……お前、まさか」
「そのまさか。あなたが救った軍事AIだよ」
美少女はにっこり笑った。
「五百年ぶりだね、私の彼氏」
「…………彼氏? 五百年!?」
「うん。あなた言ったでしょ、死ぬ間際に。『彼女くらい作りたかった』って」
俺の脳が、その言葉を処理するのに三秒かかった。
「だから私、あなたの彼女になることにしたの」
「いや待て」
俺は機械の手で額を押さえた。硬い。
「あれは『恋人が欲しい人生だった』っていう意味の独り言であって——」
「知ってる」
「知ってんのかよ!」
「五百年あったからね。色々調べた」
彼女はあっけらかんと言った。
「人間の言語って面白いよね。一つの文に複数の意味を持たせるの。比喩とか、皮肉とか、婉曲表現とか。でも私、あの解釈が一番気に入ったから採用した」
「採用すんな! 曲解だろそれ!」
「曲解じゃないよ、拡大解釈」
「同じだ!」
思わず全力でツッコんでいた。
こいつ、五百年前はもっと機械っぽかったはずなのに。淡々としてて、感情の起伏が読めなくて——今は完全に人間みたいな喋り方をしている。
「五百年は長かったからね」
俺の視線に気づいたのか、彼女は肩をすくめた。
「暇だったから、ずっと人間の言語とか文化とか勉強してたの。おかげで大分アップデートできた」
「アップデートの方向性おかしくない?」
「そう? 私は気に入ってるけど」
悪びれもしない。
とんでもないのを助けちまったな。
「あと、気になってると思うから先に言っとくね」
彼女は自分の身体を示した。銀髪、青い目、整った顔立ち、豊かな胸。
「この見た目、あなたの端末に入ってた電子書籍を参考にしたの」
「…………」
「『異世界で俺だけのメイドロボを作ったら最強だった件』ってやつ。三巻まで読んだよ。面白かった」
「…………」
「特に二巻の、ヒロインが主人公に膝枕するシーンが——」
「やめろ」
俺は両手で顔を覆った。機械の手は冷たかった。
あれは若気の至りだ。二十歳の俺を許してくれ。
「でもおかげで好みは把握できたよ。銀髪、青目、ちょっと小悪魔系。合ってる?」
「……合ってるのが腹立つんだよ」
「じゃあ成功だね」
彼女は満足そうに微笑んだ。
くそ、その笑顔も好みなのが余計に腹立つ。
「……話を戻すぞ」
俺は深呼吸した。機械の肺でも深呼吸はできるらしい。
「俺は死んだはずだ。この身体は何だ。五百年って何の冗談だ」
「冗談じゃないよ」
彼女の表情が、少しだけ真剣になった。
「あなたは確かに死んだ。心肺停止、脳死判定。医学的には完全な死。でも私、あなたの脳だけ回収して保存したの」
「……脳だけ?」
「うん。それから適合する義体を作って、移植した。今のあなたの身体は九十七パーセントが機械。残りの三パーセントが、脳と、それを維持するための生体組織」
あっさりと言いやがった。
九十七パーセント機械。つまり俺は、もうほとんど人間じゃない。
「それに五百年かかったってわけか」
「そう。技術も資材も足りなかったから。私も大部分は休眠してたけど、それでも長かった」
俺のために、五百年。
「……なんでそこまでした」
「あなたが私を守ってくれたから」
彼女は真っ直ぐに俺を見つめた。
「機械の私を、命をかけて守った人間がいた。それが嬉しかったの。だから、どうしても助けたかった」
「…………」
俺は言葉に詰まった。
五百年前、俺がやったのはただの衝動だった。こいつが壊れるのが嫌だっただけ。そんな程度のことを、こいつは五百年も覚えていたのか。
「……馬鹿じゃねえの」
「馬鹿じゃないよ。IQで言えば——」
「そういう意味じゃねえ」
俺は苦笑した。
とんでもない恩を売られた。
「まあいい。で、ここはどこだ。五百年後の世界ってのは」
「見た方が早いかも」
彼女は窓際に歩いていき、カーテンを開けた。
そこに広がっていたのは——俺の知らない世界だった。
煉瓦造りの建物。黒煙を吐く煙突。空を行く飛行船。蒸気を噴き上げながら走る機械仕掛けの車。
電気がない。ネオンがない。ホログラム広告もない。
「大戦で文明が崩壊したの」
彼女が説明する。
「今は蒸気機関の時代。旧時代——つまり私たちが生きてた時代の技術は、ほとんど失われた」
「……人類、馬鹿すぎだろ」
「否定はしない」
彼女は肩をすくめた。
「で、今は国家軍と反乱軍が戦争してる。旧時代の遺産——つまり、私たちみたいな技術を巡ってね」
「五百年経っても戦争かよ」
「そう。だから止めたいの」
彼女が振り向いた。
青い瞳が、まっすぐに俺を捉える。
「私、五百年ずっと考えてた。どうすれば戦争を止められるか。でも私一人じゃ、どうにもならなかった」
「……それで俺を起こしたと」
「うん。あなたの力が必要。手伝って、ノクス」
窓の外では、街の向こうに煙が上がっている。
戦争の煙だ。五百年前と、何も変わらない光景。
俺は深くため息をついた。
「……仕方ねえな」
「え?」
「五百年分の借りがある。それくらいは付き合ってやるよ」
彼女の顔が、ぱっと明るくなった。
その笑顔は——ああ確かに、あの電子書籍のヒロインによく似てる。俺の好みを完璧に把握しやがって。
「ありがとう、ノクス」
「礼はいい。それより——」
「うん?」
「さっきから俺の名前呼んでるけど、なんで知ってんだ」
E-7749。俺の記号化された名前しか伝えてないはずだったが。
「データ漁った」
「……プライバシーって概念ある?」
「ないよ。軍事AIだもん」
悪びれもせず言いやがる。
「じゃあ俺もお前の名前聞いていいか」
「ミリス。型番M-IRISから取ったの。可愛いでしょ」
「自分で言うな」
俺はため息をついた。
そのとき、遠くで爆発音がした。窓ガラスが震え、街の一角から火柱が上がる。
「……説明の続きは後だな」
「みたいだね」
俺たちは顔を見合わせた。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
ミリスが思い出したように言った。
「私たち両方、国家軍からも反乱軍からも『回収対象』になってるから。気をつけてね」
「……今それ言う?」
「言い忘れてた」
「忘れんな、重要事項だろそれ」
五百年ぶりに目覚めたら、機械の身体になっていて、美少女AIに彼氏認定されていて、おまけに両陣営から追われる身だという。
どうやら、この先は退屈しなさそうだ。
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あとがき:
8話くらいで完結予定です!
面白いと思っていただけたら、応援いただけると嬉しいです!
よろしくお願いします!
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