悪役令嬢としての終わり方

月影ナツメ

悪役令嬢としての終わり方

 粉雪がふっている。その雪を踏みしめながら、私は走っていた。背後から迫っている人を振り返るのが怖い。吐く息が白く濁る。息が上がって、足がもつれて転びそうになる。それでも、私は走り続けた。アレに捕まったら全てが終わるから。

 スマートフォンを使って、110と番号を打ち込む。なんとか通話ボタンに触れた瞬間、世界が暗転した。手に持っていたものは全て道路にぶちまけられ、スピーカーモードになっていたところから誰かが話している。それに答えることもできないまま、私は自分を押し倒した男を見た。


「俺はこんなにもお前が好きだったのに!なんで!なんでだよ!」


 そう言った彼は持っていた包丁を私の腹部に刺した。鮮血が飛び散り、鈍い痛みが腹部から広がっていく。刺される、抜かれる、刺される、抜かれる。その動作が続き、私の体はがくがくと痙攣した。口から何かがこぼれ、目の前が段々と暗く染まっていく。

 冷たいはずなのに、熱い。最後に見えたのは、口の端をこれでもかとあげた血まみれの男で。耳に入ってきたのは彼の笑い声と「愛している」という言葉だった。


―――――


 この世に神というものが存在するならば、どうして私はこのような目にあったのだろうか。目の前で笑っている白髪の青年がニコニコと笑いながら、己のことを神だと名乗っている刹那さえ、私はそんなことを思っていた。彼が何か話している。それでも、問いは残る。

 どうして私が死ななくてはならなかったのか。どうしてよりにもよって私だったのか。この空間にきてから、ずっとそれを思っていた。

 壁いっぱいに本棚があり、そこには数え切れない本がある。視線をそこに向けていると、白髪の青年が私にとある本を渡してきた。


「君、本って好き?」


 差し出された本の表紙を指でなぞる。本は好きだ。生前はライトノベルを読んでいたし、他にも本屋大賞をとった本も本棚には並んでいた。

 でも、今となってはどうでもいいことだ。白髪の青年に、その本を返そうとした時、視界が白に染まった。意識が遠退く感覚。


「僕は物語が大好きさ。色々な本を読んできた。んでも、僕が好きなのは、人間が作った物語じゃない」


 何を言っているのだろうか。


「僕が好きなのは、人間自身が紡ぎあげた人生。僕にとってはそれが物語。だからさ、ねぇ?」


ーせいぜい足掻いてみてよ。


 何を……。

 耳の奥にこびりつきそうな声、言葉。なのに、理解ができない。

 私はそのまま意識を失った。


―――――


「起きてください!朝ですよ!お嬢様!」


 甲高い女の人の声が聞こえる。陽の光なのか、瞼に当たる明るいなにか。瞳をあけると、そこには黒が基調のメイド服を着た女性がピンク色のカーテンを開けているところだった。彼女は誰だろう。


「さあ、お顔を洗いましょうね。今日から、学校なんですから」


 学校?

 そうして差し出されたボウルの中に自分の顔がうつった。金色の髪に青い瞳の少女。私、この子知っている。この子、私が前にやっていた乙女ゲームの悪役令嬢だ。確か名前は……。


「ルイナ様、どうされましたか?」


 そう。ルイナ・アーリャ。

 脳内の整理が追いつかない。その場で固まった私を見て、メイドは首をかしげている。そうして私の許可なく、彼女は私の洗顔をするために濡れたタオルで私の顔を拭くと、そのまま制服を着せてきた。群青色が基調になっているドレスみたいな制服。

 放心状態のまま、制服を着て、そのまま用意されたアールグレイティーを飲む。ミルクたっぷりの砂糖は控えめのものを。

 両親と顔を合わせることはなく、私はメイドと執事に背中を押される形で、馬車に乗っていた。カタカタと揺れる車内で、思考を巡らせる。これは夢だ。きっと悪い夢。

 ルイナ・アーリャに自分がなったわけがない。ただ、私が顔を動かせば、窓にうっすらとうつったその子も動く。

 夢だ。悪い夢だ。

 何度も自分にそう言い聞かせて、馬車が停車した場所に足を進める。


 乙女ゲームの世界に転生するなんて、そんなのライトノベルの世界の話だけだ。ここは現実ではない。きっと神様なんてものも夢だ。ここも違う。

 なのに、足を進めていけば、見知った景色ばかりで。声をかけてきた第一王子レイも「ルイナ、調子が悪そうだな」なんて言ってくる。

 始業式を終えて、各々の寮に向かう。寮で自室をあてがわれ、荷物を整理し終わると、明日の授業の話が全体に告知された。

 シャワーを浴びると、温かい。食事をしても味がする。ベッドに入れば、新品の羽毛布団の香りがした。太陽の香りだ。

 夢のはずなのに、現実のようだ。でも、次に目を開けたらきっと元の世界が待っている。そう思っていたのに、私はそのベッドの中で朝を迎えていた。

 そうして理解した。

 ああ、私は悪役令嬢ルイナ・アーリャになったんだな、と。

 それでも、どうすればいいのかはなんとなくわかっている。ライトノベルを山ほど読んできたのだから。まずは信用回復、貴族でうまい具合に自分の立ち位置を確立したあとに、断罪イベントを避けるだけ。このゲームでは確か、ルイナはどのルートでも死んでいた。

 ただ、どうして彼女が死んでいたのかは覚えてない。靄がかかったみたいだ。


 私は在学期間中に、色々な慈善活動を行った。悪役令嬢だからこそ、ヒロインをいじめなかった。彼女が困っている場面では手を差し出し、婚約者であるレイとは上手い関係を築いていた。ゲームの知識が中途半端でもあったからできた技だと思う。何もかもが順調だと思っていた。順調のはずだった。


「ルイナ、君のことを愛している」


 そう言って抱きしめてきたレイの赤色の髪をなでる。彼との婚約は親同士が決めたこと。ゲーム内ではルイナの蛮行に嫌気がさしていたレイも、今の私には堕ちた。完璧だと思った。これで救われる。そう、私は今度こそ救われる。


「ルイナ様、私……実はレイ様のことが好きで」


 私は報われる。救われる。それだけの価値がある人間のはずだ。なのに、目の前の庶民の女は頬を赤らめて、私に私の婚約者に恋をしていることを告げてきた。ヒロイン……アリスは「ルイナ様はお優しい方ですから」と言って、ニコリとほほ笑んだ。

 私の心のどこかで何かが音を立てて壊れた気がした。

 

 ルイナ・アーリャは優しい。ルイナ・アーリャは変わった。ルイナ・アーリャは誰からも好かれる。ルイナ・アーリャは努力家。

 誰もがそう言っていたのに。目の前の女は違った。


「ルイナ様……レイ様の好みを教えてください。私、あの人に何かを差し上げたいんです」


 私は笑みを浮かべたまま、彼女に背を向けた。

 ライトノベルの中の悪役令嬢は王子との結婚は避けていた。ヒロインの攻略ルートを確定させて逃げろ、と。でも、ここまで築いてきたものが一気に崩れるのが、私の中では許せなかった。

 私は努力をした。私は頑張った。なのに、この女は違う。


 それから、私はレイと一緒に過ごした。レイとの時間は幸せだった。アリスとは距離をとった。

 レイは私を見てくれる。私は今度こそ幸せになる。

 慈善活動もうまくいった。アリスの件を除けばすべては思い通り。

 

 そうして二年の歳月が過ぎた。卒業パーティの日、私とレイは共にダンスを踊った。卒業したら、私はこの国の姫となることが決まっていた。


 ルイナ・アーリャは変わった。彼女こそがこの国の国母にふさわしい。誰もがそう言っていた。


「ルイナ、愛している」

「私もです」


 ワルツを踊って、彼の背中に腕を回して。ああ、これで報われる。私は勝った。そう思った瞬間、悲鳴があがった。背中が、なぜか熱い。体が急に熱を持つ。


 嗚咽が聞こえる。レイが叫んでいる。

 私は彼の腕に抱かれたまま、ふと視線を後ろに向けた。そこには血に染まったアリスが泣きながら立っていた。


「信じていたのに……!」

「誰かあいつを止めろ!」


 私の背中には何かが刺さっていて、それが抜かれる。そうしてソレを再びアリスが振り下ろした。瞳にソレが刺さった。


「お前がいなかったら!お前さえいなかったら!私がレイ様にふさわしかったのに!」


 その場にいた貴族子息が彼女を取り押さえた時には、私の体は何かに侵されていた。眩暈がする。痛み、吐き気、動悸。


「ルイナ!ルイナ!」


 レイへと視線を向ける。そこには、涙を流しながら笑っているオトコがいて。彼は鼻から血を流して、私に口づけをした。


「ずっとずっと愛してる」


 そうして彼は、懐に隠し持っていたナイフで私の喉を切り裂いた。

 鮮血が飛び散る。


「これで、お前は俺だけのものだ」


 視界が黒く染まる。

 何が間違っていたのか、どこで間違えたのか。

 私の選択は何が違っていたのか。

 

 そういえば……。

 脳裏にノイズのように浮かんだ場面の一部。それはヒロインのバッドエンドルート。そこで、レイは愛していた人であるヒロインをナイフで突き刺していた。


「お前が悪いんだ。俺だけを見ないから。お前が悪いんだ。こんなにも俺がお前を愛していたのに。お前が悪いんだ。俺だけを見ないから。俺だけを俺だけ、俺だけ……」


 壊れた人形のようにそうつぶやいた彼。

 私の口から血がこぼれる。喉からはひゅーひゅーとした音と一緒に、大量の血液が流れて。


「俺だけの世界にお前を囲おう。ずっと俺たちは二人だけだ」


 私はその言葉をきいたあとに、全ての感覚が消え去った。


――――


 空間を埋め尽くす本棚の世界にテーブルが一つ。そこでクッキーを食べていた白髪の青年は、読みかけの本を閉じると、背表紙に赤い判子を押した。


「この物語も終わりだ。それにしても……」


 彼は紅茶を口に運びながら、ニタリと笑う。


「人間っていうのは、どうしてこうも感情的で……合理的に動かなくて……。まあ、だからこそ、美しい……かな」


 そうして、また一人の女性が彼の目の前に現れた。その子はうつろな視線のまま、白髪の青年を見る。

 生と死の狭間。天国と地獄の合間。一度終わった人生が再び動き出すところ。


「ようこそ、美しいお嬢さん。僕は神様だよ」


 神の手の中で、人間は踊る。

 そうここは神の箱庭。人間は彼らの遊び道具。

 

「君は物語は好きかい?」

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