2話

外縁区は、城下とも荒野とも言い切れない場所にある。


魔王城を中心に広がる都市の“縁”。

外に出れば境界線があり、内へ入れば生活がある。

その中間に、この区画は置かれていた。


ウィルは、護衛を最低限に絞り、アリエルと並んで歩いていた。


舗装は簡素だが整えられている。

黒石の道は城下ほど滑らかではなく、ところどころに補修の跡が残る。

排熱路の影響で地面はわずかに温かく、魔力灯は等間隔ではなく必要最低限に配置されていた。


長居させる場所ではない。

だが、追い立てる場所でもない。


――一時保護区。


そう呼ばれている。


魔族領は避難所ではない。

だが、拒絶の場でもない。


その線を引くのが、四天王の役割だった。


「……増えたな」


視界に入る人影を見て、ウィルは小さく息を吐いた。


樹人族の区画とは別に、簡易居住区がいくつも増設されている。

石と布を組み合わせた獣人族向けの仮設。

日陰を重視した夜行性種族の区画。

地面に直接魔法陣を刻んだ、小種族用の居留地。


統一されていない。

だが、それぞれの“生き方”に最低限合わせている。


彼らは怯えてはいない。

だが、落ち着いてもいなかった。


守られている、という事実は、

同時に「管理されている」という意味を持つ。


ウィルが近づくと、獣人族の一団が視線を向けた。

反射的な警戒だ。

敵意ではない。


「……四天王か」


低く、掠れた声。


話しかけてきたのは、獣人族の男だった。

肩幅が広く、筋肉の付き方からして元は狩人だろう。

だが今は、腰の刃を布で包んでいる。


「噂は、もう回ってるな」


「ここは、居させてもらえる場所なのか?」


直球だった。

礼も遠慮もない。


ウィルは立ち止まり、正面から答える。


「今は、な」


「……“今は”か」


男は鼻で笑った。


「人間の街でも、同じことを言われた」


怒りはなかった。

あるのは、使い古された諦めだけだ。


「ここは人間領じゃない」


ウィルは淡々と告げる。


「だが、無条件で自由でもない。

危険が出れば、配置は変える」


「追い出す?」


「配置換えだ」


言い換えではない。

意味が違う。


男は一瞬考え、肩をすくめた。


「……正直だな」


「嘘をつく意味がない」


ウィルは言った。


「嘘をつけば、次に血が出る」


それで会話は終わった。

感謝も、反発もない。


ただ、理解だけが残る。


理解は信頼ではない。

だが、混乱よりはずっとマシだ。


歩みを進める。


次の区画では、ドワーフ族が地面を叩いていた。

石槌で舗装を確かめ、排熱路の位置を確認している。


「問題は?」


ウィルが声をかけると、年配のドワーフが顔を上げた。


「今のところはな。

だが、深く掘れねぇのが気に食わん」


「地下には排熱路と結界がある」


「知ってる。

壊す気はねぇよ」


ぶっきらぼうだが、筋は通っている。


「なら、別区画を用意する。

深度が取れる場所を回す」


「……いいのか?」


「可能な範囲でな」


それ以上は言わない。

期待を持たせすぎると、後で歪む。


その時、少し離れた場所で声が荒れた。


「だから言ってるだろ!

夜行種は灯りを落とせ!」


「無理だ!

こっちは日照が必要なんだ!」


小種族と昼行性種族の口論だった。

生活リズムの違い。

外縁区では、よくある摩擦だ。


ウィルは歩みを止める。


「魔力灯を二段階に分けろ」


即座に指示を出す。


「夜間はこの区画だけ減光。

代わりに、昼行区画の遮蔽物を増やす」


兵が頷き、動く。


誰も謝らない。

誰も勝たない。


ただ、衝突が消える。


外縁区は、善意で作られた場所ではない。

現実の摩擦を薄めるための緩衝材だ。


だからこそ、感情ではなく判断で動かす。


視線の先に、樹人族の区画が見えた。


根を張るための土。

引かれた水路。

遮蔽物を減らした空。


彼女たちは、静かにそこにいる。

誰かに感謝するでもなく、抗議するでもなく。


ただ、生き延びる準備をしていた。


「……守られている側、か」


小さく呟く。


守る側に立っていると、忘れがちになる。

守られる側は、常に不安定だ。


判断一つで、場所が変わる。

基準一つで、立場が変わる。


その基準を決めるのが、自分だ。


隣で歩調を合わせていたアリエルが、

区画の様子を改めて見回している。


「保護区はどう?」


「大きな問題はない。

小さい不満は、山ほどある」


「正常ね」


アリエルは即答した。


「不満が出ないなら、それは誰かが口を塞いでる」


「……だろうな」


「で?」


アリエルが続ける。


「基準、どうするの」


「今までと同じだ」


ウィルは歩きながら答える。


「越境、無許可攻撃、命令違反は制裁する。

思想や不満は、監視対象に留める」


「増えるわよ」


「分かってる」


線を引けば、必ずそこに人が集まる。

越えようとする者も、試す者も出てくる。


「でも、引かない方が早く壊れる」


ウィルは言った。


アリエルは一瞬だけ黙り、やがて小さく笑う。


「ほんと、面倒な役」


「引き受けた」


その時、通路の向こうで、

兵が短く合図を交わすのが見えた。


会話ではない。

視線と、立ち位置だけのやり取りだ。


ウィルは歩調を緩めない。

だが、その合図の意味は理解していた。


――報告には、まだ上がらない。


だが、動いている者がいる。


区画の奥で、子どもの笑い声が上がった。

どの種族かは分からない。


ただ、今は泣いていない。


それでいい。


魔族領は、今日も回っている。

静かに。

重く。


まだ、境界は越えられていない。


だが、その内側で――

誰かが、基準の外を測り始めていた。

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