第二十二章:エピローグ 世界を救った品質保証部員

魔王軍の撃退から、一か月が経った。


王都は、勝利の祝賀ムードに包まれていた。凱旋パレードが行われ、英雄たちが称えられた。


その中心にいたのは、セイだった。


「——セイ・ハンマーフェル。前へ」


王宮の大広間で、国王フレデリック三世が呼びかけた。


セイは、玉座の前に進み出た。周囲には、貴族、騎士、そして一般市民までもが詰めかけている。


「お前の功績は、計り知れない」


国王が、荘厳な声で語った。


「品質保証、兵站改革、技術同盟——お前が始めた全てのことが、この勝利を可能にした」


「——陛下」


「よって、余は、お前に爵位を授けようと思う。『フォン・クオリティ伯爵』。品質を守る者という意味だ」


会場が、ざわめいた。伯爵位は、王国でも上位の貴族だ。一介の鍛冶師の息子が、そこまで昇りつめるとは——。


「——恐れながら、お断りいたします」


セイの言葉に、会場は静まり返った。


「断る——?」


国王の声にも、驚きが混じっていた。


「はい。私は、鍛冶師の息子として生まれ、鍛冶師として育ちました。それが、私の誇りです」


「——」


「爵位をいただいても、私は工房に戻ります。仲間たちと一緒に、ものづくりを続けます。それが、私の居場所ですから」


長い沈黙の後、国王は——笑った。


「——面白い男だ」


「陛下——」


「良いだろう。爵位は、強制するものではない。お前が望まないなら、無理には授けん」


「ありがとうございます」


「だが、一つだけ。『王国軍需改革顧問』の称号は、そのまま保持せよ。お前の知恵は、これからも必要だ」


「謹んで、お受けいたします」


セイは、深く頭を下げた。


祝賀会の後、セイは仲間たちと静かな時間を過ごしていた。


ガルドの工房——再建された新しい工房——には、かつての仲間たちが集まっていた。


ガルド、リーナ、クロード、フィオナ、ボルド。そして、協力工房の親方たち。


「——爵位を断るとはな」


グスタフが、呆れた声で言った。


「普通、ありえないぞ。一生、安泰で暮らせたのに」


「興味ないんだ」


セイは、肩をすくめた。


「お金も、地位も。僕が欲しいのは——」


「何だ?」


「品質を、守り続けること。命を、守り続けること。それだけだ」


「——変わってるな」


「変わってる、かな」


「ああ。最高に」


グスタフは、笑いながら杯を掲げた。


「だが、そこが良い。お前がお前らしいから、俺たちはついてきたんだ」


「ありがとう」


セイも、杯を掲げた。


「これからも、よろしく」


「おう!」


宴も終わりに近づいた頃、セイは一人で工房の屋上に上がった。


夜空には、無数の星が輝いている。


「——セイ」


声がした。リーナだった。


「ここにいたか」


「うん」


リーナは、セイの隣に立った。


「何を考えてる?」


「——いろいろ」


「例えば?」


「前世のこと」


「前世——」


「僕は、前の世界で、過労で死んだ。品質保証の仕事をしながら、自分自身の『品質』を、保証できなかった」


「——」


「でも、この世界では——」


セイは、夜空を見上げた。


「仲間がいる。助けてくれる人がいる。一人で全部を背負う必要がない」


「——」


「それが、前世と一番違うことかもしれない。僕は——一人じゃない」


リーナは、静かにセイの手を握った。


「——これからも、一緒だ」


「リーナさん——」


「私は、お前の傍にいる。お前が倒れそうになったら、支える。お前が道を見失ったら、示す」


「——」


「だから、安心しろ。お前は——もう、一人で死なせない」


セイは、リーナの手の温もりを感じながら、目を閉じた。


「——ありがとう」


翌朝。


セイは、いつものように工房で仕事を始めた。


「——さて、今日も始めるか」


ガルドが、炉に火を入れながら言った。


「ああ」


「何を作る?」


「新しい剣のサンプルだ。改良版。強度を三割上げて、重さを一割軽くする」


「欲張りだな」


「挑戦しないと、成長しない」


セイは、鋼材を手に取った。


「改善に、終わりはない。常に、もっと良くできる」


「——その言葉、何度聞いたことか」


ガルドは、苦笑した。


「だが、お前が言うと、説得力がある」


「そうかな」


「ああ。だって、お前は——本当にやるからな」


日々は、穏やかに過ぎていった。


戦争は終わったが、品質革命は終わらなかった。セイは、相変わらず改善を続け、仲間たちと共に、王国の「ものづくり」を進化させていった。


そして——


数年後。


セイの理念は、「王国品質規格」として制度化された。


全ての製造業者が従うべき品質基準。全ての製品に付けられるトレーサビリティ。全ての工程で守られる標準作業——。


それは、一人の転生者が始めた小さな改善が、国全体を変える大きなうねりになった証だった。


エピローグ。


王都の中央広場に、一つの像が建てられた。


「品質保証の父」——そう刻まれた台座の上に、若い男の像が立っている。


セイ・ハンマーフェル。鍛冶師の息子にして、王国軍需改革顧問。品質革命を起こし、魔王軍を退けた英雄。


だが、本人は——


「恥ずかしいから、見


続ける


19:17


ないでくれ」


像の前を通るたびに、顔を背けるのだった。


「何が恥ずかしいんだ」


リーナが、呆れた声で言った。


「いや——自分の像なんて、居心地が悪いだろう」


「お前は、英雄だぞ」


「英雄なんかじゃない」


セイは、静かに言った。


「僕は——ただ、当たり前のことをしただけだ」


「当たり前——」


「品質を守る。命を守る。それは、当たり前のことだろう」


「——」


「当たり前のことを、当たり前にやる。それだけだ」


リーナは、セイの顔を見つめた。


そして——笑った。


「——お前は、本当に変わらないな」


「変わる必要がないから」


「そうだな。お前は——お前のままでいい」


二人は、並んで歩き始めた。


王都の街並みが、眼下に広がっている。活気に満ちた市場。品質保証マークの付いた商品。安心して暮らす人々——。


それは、一人の品質保証部員が、異世界でつくり上げた、小さな、しかし確かな「品質」の世界だった。


物語は、ここで終わる。


だが、「改善」に終わりはない。


セイの物語は、これからも続いていく。


品質を守り、命を守り、未来を守るために——。


異世界に転生した自動車部品メーカーの品質保証部員は、今日も、改善を続けている。


——完——


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異世界転生した自動車部品メーカー社員が世界を救う もしもノベリスト @moshimo_novelist

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