第二十章 魔王軍の脅威

「黒蛇」の壊滅から一年。


品質革命は、王国全体に広がりつつあった。騎士団への武器納入は順調に進み、トレーサビリティシステムは標準となった。魔道具の品質も向上し、兵站の効率化も進んでいた。


だが、新たな脅威が迫っていた。


「——魔王軍が、動き始めた」


王宮での緊急会議で、国王フレデリック三世が宣言した。


「大陸南部の魔境から、大規模な魔物の軍勢が北上している。推定兵力、数万。これまでにない規模だ」


会議室が、重い沈黙に包まれた。


セイも、この会議に召集されていた。「王国軍需改革顧問」として、武器と兵站の専門家として。


「騎士団の対応は?」


国王が、騎士団長グラハムに尋ねた。


「全軍を動員し、迎撃体制を整えています。ただ——」


「ただ、何だ」


「敵の数が多すぎます。通常の戦術では、押し切られる可能性があります」


「——」


「特に、兵站が心配です。これだけの大規模戦闘になると、武器も物資も、すぐに消耗します。補給が追いつくかどうか——」


「セイ」


国王が、セイの名を呼んだ。


「兵站については、どうだ」


「——はい」


セイは、立ち上がった。


「補給システムは、改善を重ねてきました。『後工程引き取り方式』で、必要な物資を必要なだけ、効率的に届けられるようになっています」


「それで、間に合うか」


「正直に申し上げます。今回の規模は、想定を超えています。通常の補給体制では、追いつかない可能性があります」


「では、どうする」


「補給ルートを、増やします。ドワーフ族との同盟を活用し、北方からの補給路を確保。既存の南方ルートと合わせて、二方向から物資を送り込みます」


「ドワーフが、協力してくれるのか」


「打診しています。長老オルガンは、前向きな返答をくれました」


「よし。その線で、進めてくれ」


会議の後、セイはリーナと話していた。


「——大変なことになったな」


リーナの声には、緊張が滲んでいた。


「ああ。でも——」


「でも?」


「これは、僕たちの『品質管理』が、本当に役に立つかどうかの試金石だ」


「試金石——」


「今まで、平時の改善を積み重ねてきた。でも、本当の価値は、有事に発揮される。品質保証された武器、効率化された兵站、信頼性の高い魔道具——それらが、戦局を左右するかもしれない」


「——重い責任だな」


「ああ。でも、逃げるわけにはいかない」


セイの目には、静かな決意が宿っていた。


「ここまで来るのに、多くの人が協力してくれた。父さん、リーナさん、クロードさん、フィオナさん、ボルドさん——みんなの努力を、無駄にはできない」


「——」


「勝とう。この戦いに、勝とう」


戦争の準備が、急ピッチで進められた。


セイは、全ての協力工房に増産を指示。武器の製造ペースを、通常の三倍に引き上げた。


「——品質は、落とすな」


セイは、各工房に厳しく伝えた。


「急いでいるからといって、検査を省くな。不良品を、一本たりとも出すな」


「分かっています」


グスタフが、頷いた。


「俺たちは、何年もかけて品質管理を学んできた。今さら、手を抜くものか」


「頼む」


「任せろ」


クロードは、魔道具の増産と、特殊装備の開発を担当した。


「——新型の通信機だ」


クロードが、試作品を見せた。


「従来品より、通信距離が二倍。しかも、故障率は半分以下」


「素晴らしい」


「故障モード分析を徹底した成果だ。弱点を、設計段階で全て潰した」


「これなら、戦場での連携が——」


「格段に向上する。部隊同士の情報共有が、リアルタイムでできる」


セイは、通信機を手に取った。


「これが——勝利の鍵になるかもしれない」


フィオナは、兵站の最終調整を行っていた。


「——補給ルートの確認、完了」


フィオナが、報告した。


「南方の主ルートと、北方のドワーフルート。両方とも、稼働可能です」


「物資の備蓄は?」


「武器、食料、医療品——全て、一か月分を確保。補充札システムで、消耗に応じて自動的に補給されます」


「良い。あとは——」


「戦いが始まるのを、待つだけですね」


フィオナの目には、不安と決意が入り混じっていた。


「——正直、怖いです」


「俺もだ」


セイは、静かに答えた。


「でも、やるしかない。ここまで来たら、最後まで」


開戦の前夜。


セイは、工房の屋上から、夜空を見上げていた。


「——眠れないか」


ガルドの声がした。


「父さん——」


「俺も眠れん。明日から、何が起きるか分からんからな」


「——」


「セイ。お前に、話しておきたいことがある」


「何?」


「お前の母さんのことだ」


セイは、驚いた。ガルドが、母のことを話すのは、珍しかった。


「母さん——」


「あいつは——お前が生まれてすぐに、死んだ。産後の肥立ちが悪くてな」


「——」


「でも、あいつは死ぬ前に、俺にこう言った。『この子を、立派に育ててくれ』と」


「——」


「俺は——あいつとの約束を、守れたんだろうか」


ガルドの声が、震えていた。


「お前は——立派に育った。俺の想像を、遥かに超えて。だが、それは俺の手柄じゃない。お前自身の力だ」


「父さん——」


「明日から、戦いが始まる。お前が、先頭に立つことになる。俺は——お前を守ってやれない」


「——」


「でも、信じている。お前なら、やれる。お前なら——この国を、救える」


セイは、父の言葉を噛み締めた。


「——ありがとう、父さん」


「礼は要らん。ただ——」


ガルドは、息子の肩に手を置いた。


「生きて帰れ。それだけが、俺の願いだ」


「——うん」


夜空には、無数の星が輝いていた。


明日から、決戦が始まる。

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