第十九章 黒蛇の逆襲

品質革命が進む中で、闇の勢力も動き始めていた。


「——偽造品が、出回っている」


リーナからの報告は、衝撃的だった。


「偽造品?」


「ああ。お前たちの『品質保証マーク』を模倣した偽物だ。品質保証されていない武器に、偽のマークを付けて販売している」


「——!」


セイの顔が、こわばった。


品質保証マークは、ハンマーフェル工房連合が製造した製品に付けられる証明だ。このマークがあれば、品質が保証されている。騎士たちは、このマークを頼りに武器を選んでいる。


それが、偽造されているとすれば——


「前線で、何が起きている?」


「偽造武器が破損する事故が、複数報告されている。すでに、三人の騎士が命を落とした」


「——三人」


セイは、拳を握りしめた。


マルクの死から、何年が経っただろう。あの時、「二度と武器の問題で人を死なせない」と誓った。なのに——


「犯人は、分かっているか」


「闇商人ギルド『黒蛇』。粗悪品の流通を生業にしている裏組織だ。ヴァルザーク公爵の失脚後、勢力を伸ばしてきた」


「黒蛇——」


「奴らは、お前の成功を妬んでいる。品質保証が広まれば、粗悪品が売れなくなる。だから、品質保証そのものの信用を落とそうとしているんだ」


「——なるほど」


セイは、考えを巡らせた。


偽造品を流通させることで、「品質保証マークがあっても、信用できない」と思わせる。そうすれば、品質保証の価値が下がり、自分たちの粗悪品も売りやすくなる——。


狡猾な戦略だった。正面からの対決ではなく、品質保証の信用を内側から崩そうとしている。


「——対策を、考えなければ」


セイは、緊急会議を招集した。


参加したのは、ガルド、リーナ、クロード、フィオナ、そしてボルド。品質革命を共に進めてきた、中核メンバーたちだ。


「——状況は、深刻だ」


セイが、資料を配りながら説明した。


「偽造品の流通量は、推定で月に数百本。被害者は増え続けている」


「どうすれば、偽造を防げる?」


ガルドが尋ねた。


「マークを複雑にするのは、限界がある。いずれ、模倣される」


「なら——」


セイは、新しい紙を取り出した。


「『トレーサビリティ』を、強化する」


「トレーサビリティ——?」


「製品の『履歴』を追跡できる仕組みだ。この武器は、いつ、どこで、誰が作ったか——全てを記録して、後から確認できるようにする」


「今も、ある程度は記録しているだろう?」


「ある程度、では不十分だ。もっと詳細に、もっと確実に。製品一つ一つに、固有の番号を刻む。その番号を照会すれば、全ての情報が分かるようにする」


「全ての製品に——」


「そう。そうすれば、偽造品は一発で見分けられる。番号を照会して、記録がなければ偽物だと分かる」


トレーサビリティシステムの構築には、クロードの技術が不可欠だった。


「——魔力刻印を使う」


クロードが、試作品を見せた。


「製品に、固有の番号を魔力で刻み込む。この刻印は、特殊な器具でしか読み取れない。普通の偽造者には、真似できない」


「素晴らしい」


「それだけじゃない。刻印には、製造情報も含まれている。いつ、どこで、誰が作ったか。使用した材料のロット番号。検査の結果——全てが、この小さな刻印に記録されている」


「情報を、どうやって照会する?」


「各地に、照会用の端末を設置する。番号を入力すれば、中央のデータベースから情報が引き出される」


「中央のデータベース——」


「王都に、管理センターを作る。全ての製品情報が、ここに集約される」


セイは、深く頷いた。


「これで、偽造品は排除できる」


システムの導入には、三か月を要した。


全ての協力工房に、刻印装置を配布。製造工程に、番号刻印のステップを追加。中央管理センターを王都に設立し、全ての製品情報を登録。


そして——


「——照会用端末を、前線の基地にも配備しました」


フィオナが報告した。


「騎士たちが、自分の武器が本物かどうか、その場で確認できます」


「良い。これで、偽造品が入り込む余地はなくなる」


「でも——」


フィオナの表情が、曇った。


「『黒蛇』が、大人しく引き下がるとは思えない」


「——分かっている」


セイは、窓の外を見つめた。


「彼らは、次の手を打ってくるだろう。僕たちも、備えておく必要がある」


予想通り、「黒蛇」は反撃に出た。


だが、その方法は、セイの予想を超えるものだった。


「——セイ。大変だ」


ある夜、リーナが駆け込んできた。


「どうした?」


「ガルドの工房が——襲撃された」


「——!」


セイは、工房に駆けつけた。


到着したとき、工房は炎に包まれていた。


「父さん!」


「セイ——大丈夫だ。みんな、逃げた」


ガルドの声が、闇の中から聞こえた。


彼は、顔を煤で汚しながら、工房の前に立っていた。


「——誰がやった」


「分からん。覆面をした連中だった。火をつけて、逃げていった」


「『黒蛇』か——」


「おそらくな」


ガルドの声には、静かな怒りが込められていた。


「——セイ。これが、お前の戦いの代償だ」


「——」


「俺は、覚悟していた。いつか、こういうことが起きると」


「父さん——」


「だが、後悔はしていない。お前の始めたことは、正しい。品質を守ることは、命を守ることだ。それを——邪魔する奴らには、負けるわけにはいかない」


ガルドは、息子の目を真っ直ぐに見た。


「工房は、また建てられる。でも、お前が諦めたら——全てが終わる」


「——諦めない」


セイの声は、静かだが、揺るぎなかった。


「絶対に、諦めない」


翌日から、セイは「黒蛇」との戦いを本格化させた。


リーナを通じて騎士団に情報を提供し、「黒蛇」のアジトを特定。王室の許可を得て、摘発作戦を実行した。


「——降伏しろ! 抵抗すれば、容赦しない!」


リーナの声が、闇に響いた。


数十人の騎士が、「黒蛇」のアジトを包囲。激しい戦闘の末、組織の幹部を含む数十名を拘束した。


「——終わったか」


戦闘後、セイはリーナの隣に立っていた。


「まだだ」


リーナが、首を振った。


「幹部は捕まえたが、『黒蛇』の全貌は分かっていない。背後に、もっと大きな組織がいる可能性がある」


「——」


「だが、当面の脅威は排除した。お前の活動を、妨害する者はいなくなった」


「ありがとう、リーナさん」


「礼は要らん」


リーナは、かすかに笑った。


「これで、マルクの仇を——少しは取れた気がする」


工房は、三か月で再建された。


協力工房の仲間たちが、資材と労力を提供してくれた。ドワーフのボルドも、鋼材を無償で提供してくれた。


「——新しい工房だ」


再建された工房の前で、セイは呟いた。


「前より、少し大きくなったな」


ガルドが、隣で言った。


「仲間が増えたからな。場所が必要だ」


「——ああ」


セイは、新しい工房を見上げた。


「ここから——次の章を、始めよう」


品質革命は、新たなステージに入ろうとしていた。

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