第十八章 ドワーフとの同盟
品質革命が進む中で、セイはドワーフ族との関係をさらに深めていった。
鋼材の供給だけでなく、技術交流も本格化した。セイの品質管理手法をドワーフに教え、ドワーフの鍛冶技術を人間側が学ぶ——双方向の学び合いが始まっていた。
「——お前の『標準作業』とやら、我らの間でも広まってきたぞ」
ドワーフの長老オルガンが、満足そうに言った。
場所は、北の山岳地帯にあるドワーフの集落。セイは、技術交流のために定期的にここを訪れるようになっていた。
「効果は、いかがですか?」
「抜群だ。特に、若い職人が喜んでいる。今まで、親方の頭の中にしかなかった技術が、紙に書かれて見えるようになった」
「それは、良かったです」
「しかし——」
オルガンの表情が、少し曇った。
「全員が賛成しているわけではない。年配の職人の中には、『伝統を壊すな』と反発する者もいる」
「——予想していました」
セイは、静かに頷いた。
「どんな組織でも、変化には抵抗がある。特に、長い伝統を持つ組織では」
「お前は、どう対処した?」
「無理強いしませんでした。まず、賛同してくれる人から始めて、小さな成功を積み重ねた。成功が見えれば、反対派も徐々に態度を軟化させる」
「時間がかかるな」
「かかります。でも、急いで押し付けても、うまくいかない。変化は、内側から起きなければ、定着しない」
オルガンは、セイの言葉を噛み締めていた。
「——千年の伝統を持つ我らが、人間の若者から学ぶとは。不思議な気分だ」
「伝統は、大切にすべきです。でも、伝統に縛られて、改善を止めてはいけない」
「——深い言葉だな」
技術交流の場で、セイは一人のドワーフ職人と出会った。
「——俺の名は、ボルド・ストーンハンマー。鍛冶師だ」
三十代後半のドワーフだった。背は低いが、筋骨隆々とした体躯。目には、鋭い知性が宿っている。
「長老の孫だ。将来は、次の長老を継ぐことになっている」
「——よろしく」
「お前が、品質管理とやらを持ち込んだ人間か」
「そうだ」
「正直に言おう。俺は、お前の方法に——興味がある」
ボルドの言葉には、熱意が込められていた。
「我らドワーフは、千年以上、同じやり方を続けてきた。それで、十分に良い製品を作れてきた。だが——」
「だが?」
「どこかで、行き詰まりを感じていた。『これ以上、どう良くすればいいか分からない』という感覚。お前の方法を聞いて、その壁を越えられるかもしれないと思った」
「——」
「俺に、教えてくれないか。お前の知識を」
セイは、ボルドの目を見つめた。
「教えよう。でも、条件がある」
「条件?」
「あなたも、僕に教えてほしい。ドワーフの鍛冶技術を」
「——それは、一族の秘密だが」
「秘密を破れとは言わない。でも、共有できることは、共有してほしい。一方的に教えるだけじゃなくて、互いに学び合いたい」
ボルドは、しばらく考え込んでいた。
「——良いだろう。交換だ。お前の知識と、俺の技術を」
ボルドとの交流は、セイにとっても大きな学びとなった。
ドワーフの鍛冶技術は、人間のそれを遥かに超えていた。鋼の性質に対する理解、加工温度の微妙な調整、熱処理のタイミング——全てが、千年の蓄積に裏打ちされていた。
「——すごいな」
セイは、ボルドの作業を見学しながら、感嘆の声を漏らした。
「この温度管理——クロードさんの温度計でも、追いつけないかもしれない」
「我らは、体で温度を感じる。目で見て、肌で感じて、匂いを嗅いで——五感全てを使って、鋼と対話する」
「体で——」
「これは、紙には書けないものだ。経験でしか、身につかない」
「——確かに」
セイは、頷いた。
「標準作業で書けるのは、『書ける部分』だけだ。職人の勘——体で覚える部分は、標準化できない。それは、僕も分かっている」
「だが、お前の方法にも価値がある」
ボルドが、言った。
「『書ける部分』を標準化すれば、『書けない部分』に集中できる。雑用に時間を取られずに、本当に大事な部分——職人技——を磨ける」
「——そう。それが、僕の目指していることだ」
「分かってきた。お前の方法と、我らの伝統は——対立するものではない。補い合うものだ」
「そう思ってくれて、嬉しい」
数か月にわたる交流の後、セイとボルドは、一つの成果を生み出した。
「——『ドワーフ・人間技術同盟規約』」
オルガンの前で、セイとボルドは、羊皮紙に記された文書を差し出した。
「これは、何だ?」
「技術交流の正式な取り決めです」
セイが説明した。
「品質管理手法の共有、鍛冶技術の交換、人材の相互派遣——全てを、文書で明確にしました」
「文書化——我らの間では、口約束が基本だったが」
「口約束は、忘れられたり、解釈が食い違ったりする。文書にすれば、後から見返せるし、次の世代にも引き継げる」
オルガンは、文書をじっくりと読み込んだ。
「——良くできている。細部まで、考え抜かれている」
「ボルドと一緒に、時間をかけて作りました」
「ふむ——」
オルガンは、ペンを取った。
「署名しよう。これで、正式な同盟だ」
こうして、人間とドワーフの技術同盟が成立した。
それは、単なる取引関係を超えた、真の協力関係だった。互いの強みを活かし、弱みを補い合う。競争ではなく、共創。
「——これは、歴史的なことだ」
オルガンが、署名を終えた後に言った。
「人間とドワーフが、対等な立場で同盟を結ぶ。我らの千年の歴史の中でも、初めてのことだ」
「光栄です」
「お前は——不思議な若者だな。人間でありながら、我らの心に触れることができる」
「——」
「これからも、長い付き合いになりそうだ。よろしく頼む」
セイは、オルガンの差し出した手を、しっかりと握った。
「こちらこそ」
山岳地帯の空は、澄み渡っていた。新しい時代が、始まろうとしていた。
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