第十七章 魔道具の信頼性工学
武器と兵站の改善が進む中で、セイはもう一つの大きな課題に直面していた。
「——魔道具の品質問題」
クロードが、深刻な顔で報告した。
「前線で、魔道具の故障が多発している。通信機の突然の機能停止、照明器具の魔力暴走——」
「暴走?」
「魔力が制御できなくなって、爆発する現象だ。すでに、数人の兵士が負傷している」
セイは、眉をひそめた。
魔道具の問題は、前から気になっていた。だが、自分の専門外ということもあり、後回しにしていた。しかし、人命に関わる問題となれば、放置はできない。
「クロードさん。魔道具の故障原因は、分かりますか?」
「——正直に言えば、分からないことの方が多い」
クロードの声には、苦渋が滲んでいた。
「魔道具は、物理的な部品と、魔力の回路が複雑に絡み合っている。どちらに原因があるのか、特定するのが難しい」
「じゃあ——まず、データを集めよう」
「データ?」
「故障した魔道具を、全部集めてください。いつ、どこで、どういう状況で故障したか。使用期間、使用環境、製造時期——全てを記録します」
「それで、何が分かる?」
「パターンが見えてくるかもしれない。『こういう条件で故障しやすい』という傾向があれば、対策が立てられる」
一か月かけて、セイとクロードは百件以上の故障事例を分析した。
「——傾向が見えてきた」
セイが、データをまとめた表を見せた。
「故障の約六割が、『高温環境での長時間使用』後に起きている」
「高温環境——」
「夏場の前線とか、炉の近くとか。魔力回路が熱を持つと、不安定になるようだ」
「確かに——魔力回路は、熱に弱い。だが、そこまで深刻だとは思っていなかった」
「思っていなかった、というのが問題だ」
セイは、静かに言った。
「今まで、魔道具の設計者は、『正常な使用条件』しか考えていなかった。でも、実際の使用現場は、もっと過酷だ」
「——」
「これからは、『最悪の使用条件』を想定して設計する必要がある。そのための方法が——」
セイは、新しい紙を取り出した。
「『故障モード分析』だ」
「故障モード分析——」
クロードは、セイの説明を聞きながら、メモを取っていた。
「つまり、『どこが、どのように壊れるか』を、あらかじめ予測するということか」
「そうだ。製品を構成する全ての部品について、『この部品が壊れたら、何が起きるか』を考える。影響が大きいものほど、重点的に対策する」
「製品全体を、部品ごとに分解して分析——」
「そう。全体を見るだけじゃダメだ。部品一つ一つのレベルで、リスクを洗い出す」
セイは、通信機の図面を広げた。
「例えば、この通信機。魔力回路、アンテナ部、筐体——大きく分けると、三つの部品で構成されている」
「それぞれについて、故障モードを考えるわけか」
「そうだ。魔力回路なら、『オーバーヒート』『接続不良』『魔力漏れ』——考えられる故障の種類を、全部列挙する」
「そして、それぞれの影響と、発生確率を評価する——」
「その通り。影響が大きくて、発生確率が高いものから、優先的に対策する」
クロードの目が、光った。
「これは——俺が宮廷にいた頃、必要だったものだ」
「——」
「あの時、俺は通信機をテストもせずに納入した。故障モードを考えていなかった。だから、予想外の故障が起きて——」
「過去は、変えられません」
セイが、静かに言った。
「でも、未来は変えられる。同じ過ちを、二度と繰り返さないために」
クロードは、深く頷いた。
「——ありがとう。やってみよう」
故障モード分析を基に、魔道具の設計が見直された。
最も大きな変更は、「熱対策」だった。
「——放熱フィンを追加した」
クロードが、新しい設計の通信機を見せた。
「魔力回路の周りに、熱を逃がすための構造を設けた。これで、オーバーヒートのリスクは大幅に減る」
「良いね。でも、それだけじゃ不十分だ」
「不十分?」
「設計を変えても、製造段階でミスが入ったら、意味がない。製造工程の品質管理も、同時に強化する必要がある」
「製造工程——」
「魔道具の製造にも、標準作業を導入しよう。どの温度で、どの圧力で、どのタイミングで——全てを数値で管理する」
クロードは、しばらく考え込んでいた。
「——それは、大変な作業だ。魔道具製造は、職人の勘に頼る部分が大きい」
「鍛冶もそうだった。でも、やれば変わる。僕たちは、それを証明した」
「——確かに」
「一緒にやりましょう。魔道具の品質管理は、クロードさんにしかできない。僕は、方法論を提供する。実践するのは、あなただ」
六か月後、改良版の魔道具が前線に配備された。
結果は、劇的だった。
「——故障率が、九割減った」
クロードが、データを見ながら報告した。
「以前は月に十件以上あった故障が、今は一件あるかないか」
「素晴らしい」
「しかも、故障が起きても、軽微なものばかりだ。暴走事故は、一件も起きていない」
「故障モード分析の効果だね」
「ああ。重大な故障を、設計段階で潰せた」
クロードの顔には、誇りが浮かんでいた。
「——俺は、宮廷を追われて、ずっと後悔してきた。三十人の兵士を殺した罪を、背負ってきた」
「——」
「でも、今——少しだけ、償えた気がする。俺の作った魔道具で、人が助かっている」
「クロードさん——」
「ありがとう、セイ。お前のおかげだ」
セイは、首を振った。
「僕は、きっかけを作っただけです。実行したのは、あなた自身」
「——」
「これからも、一緒にやりましょう。まだまだ、改善の余地はある」
クロードは、静かに頷いた。
「ああ。——これからも、よろしく頼む」
二人の技術者の握手が、新しい可能性を切り開いていた。
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