第十六章 兵站革命の始まり

「王国軍需改革顧問」の称号を得てから、セイの活動範囲は大きく広がった。


騎士団への武器納入が本格化する中で、セイは新たな問題に直面することになった。


「——前線での補給が、うまくいっていない」


リーナからの報告だった。


「補給?」


「ああ。武器は作れている。品質も問題ない。だが、それを前線に届けるまでに、様々なトラブルが起きている」


「具体的には?」


「まず、必要な物資が届かない。注文を出しても、いつ届くか分からない。次に、届いても使えない。間違った種類の武器が届いたり、数が足りなかったり」


「——兵站の問題か」


セイは、眉をひそめた。


前世でも、同じ問題を何度も見てきた。いくら良い製品を作っても、それを必要な場所に、必要な時に、必要な数だけ届けられなければ、意味がない。


「工場」だけでなく、「物流」も含めた全体最適が必要だ。


「——フィオナさんに、会いに行こう」


「フィオナ?」


「商人ギルドの女性商人。物流のプロフェッショナルだ。以前、少し話をしたことがある」


フィオナ・カルテシアは、二十五歳の若き商人だった。


父親から継いだ運送業を拡大し、今では王都の物流の一角を担う存在になっている。小柄な体躯に、鋭い目つき。見た目は華奢だが、その実、数百人の荷役人を束ねる経営者だ。


「——兵站の改善、か」


フィオナは、セイの話を聞きながら、茶を啜った。


「面白い話だな。品質管理を武器製造に導入したのがお前だろう? 今度は、物流にも?」


「はい。製造と物流は、切り離せません。良いものを作っても、届けられなければ——」


「意味がない。分かるよ。私も、同じことを考えてた」


フィオナの目が、光った。


「実は、うちの運送業も、効率が悪いんだ。荷物の積み込み、ルートの選択、在庫の管理——全部が場当たり的で、無駄が多い」


「改善したい?」


「したいね。でも、どうすればいいか分からなかった。お前の『品質管理』を聞いて、ヒントになるかもと思ってたんだ」


「なら——一緒にやりましょう」


セイとフィオナは、まず現状の分析から始めた。


「——これが、今の補給フローだ」


フィオナが、大きな紙に図を描いた。


「王都の倉庫から、中継地点を経由して、前線の基地へ。ルートはいくつかあるが、どれも——」


「複雑だね」


「ああ。途中で荷物が入れ替わったり、中継地点で滞留したり。全体像を把握している人間が、誰もいない」


「それが、問題の根本だ」


セイは、図を見つめながら言った。


「全体を最適化しようとしても、各部分がバラバラに動いていたら、うまくいかない」


「じゃあ、どうする?」


「発想を変える。『押し込み』じゃなくて、『引き取り』で」


「引き取り——?」


「今は、王都から前線に向けて、物資を『押し込んで』いる。でも、前線が本当に必要としている量が分からないから、過剰に送ったり、不足したりする」


「確かに——」


「逆にする。前線から『引き取る』形にする」


「どういうこと?」


「前線の基地で、物資を使ったら、その分だけ補充を要求する。要求があった分だけを、後方から送る」


フィオナは、しばらく考え込んでいた。


「——つまり、前線が主導権を持つということか」


「そう。現場が、自分たちに必要な量を判断する。後方は、それに応じて供給する。これで、過剰も不足も防げる」


「面白い——でも、実現するには、情報の伝達手段が必要だな。前線からの要求を、どうやって後方に伝える?」


「それには——『補充札』を使う」


「補充札」は、セイが考案した仕組みだった。


前世の「かんばん方式」を、この世界に適用したものだ。


「これが、補充札だ」


セイは、小さな木の札を見せた。


「前線の基地で、物資を使うたびに、この札を外す。外した札は、中継地点に送られる。中継地点では、札を見て、その分の物資を補充する」


「つまり、札が『注文書』の役割をするわけか」


「そう。札が流れることで、情報が流れる。物資も、札に従って流れる」


「シンプルだな」


「シンプルなのが、良いんだ。複雑なシステムは、現場では機能しない。誰でも使える、簡単な仕組みが必要」


フィオナは、補充札を手に取り、じっと見つめた。


「——これなら、いけるかもしれない」


「試してみよう。まずは、一つのルートで」


「分かった。王都から北方の前線基地まで、うちが担当しているルートがある。そこで試そう」


実験は、二か月間にわたって行われた。


最初は、混乱があった。現場の兵士たちが、新しいシステムに戸惑った。札の使い方を間違えたり、送り忘れたりするケースが続出した。


「——やっぱり、難しいか」


フィオナが、溜息をついた。


「いや、これは想定内だ」


セイは、冷静に答えた。


「新しいシステムを導入したら、最初は必ず問題が起きる。大事なのは、問題から学んで、改善すること」


「改善——」


「札の大きさを変えよう。今のは小さすぎて、紛失しやすい。もっと大きくして、色分けもする」


「それと、現場への教育も必要だな」


「そうだ。使い方を説明する人間を、各基地に派遣しよう」


問題→分析→対策→実行。品質管理で培ったサイクルを、物流にも適用した。


二か月後、結果が出始めた。


「——補給の遅延が、七割減った」


フィオナが、データを見ながら報告した。


「必要な物資が、必要な時に届くようになってる。過剰在庫も、半分以下になった」


「良い結果だね」


「良いどころか、革命的だ。今までの物流の常識が、覆された」


フィオナの目が、興奮で輝いていた。


「これを、他のルートにも展開しよう。全ての前線基地に」


「それには、人手がいる」


「うちの従業員を、教育する。お前のやり方を、全員に覚えさせる」


「——ありがとう。一緒にやれて、嬉しい」


「礼は要らん」


フィオナは、にやりと笑った。


「これはビジネスだ。良い仕組みを作れば、うちの競争力が上がる。お前に感謝しているのは、私の方だ」


セイは、その言葉に、静かな手応えを感じた。


品質管理は、製造だけのものではない。物流にも、サービスにも、あらゆる業務に適用できる。それを、この世界で証明できた。


「兵站革命」は、始まったばかりだった。

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