第十五章 デザインレビューという名の審判

王宮の大広間は、異様な熱気に包まれていた。


国王フレデリック三世を筆頭に、王国の要人たちが居並ぶ。貴族席には、ヴァルザーク公爵の姿も見えた。五十代半ばの、恰幅のいい男。その目には、獲物を狙う猛禽のような光が宿っている。


「——審査を開始する」


司会を務める大臣が、宣言した。


「本日は、騎士団への武器納入資格について、公開審査を行う。候補者は、ハンマーフェル工房連合と、従来のサプライヤー連合の二者」


「審査の基準は、三つ。第一に、品質。第二に、価格。第三に、供給能力。全てにおいて優れた者を、正式な納入業者として認定する」


セイは、広間の中央に立っていた。隣には、ガルドと、協力工房の代表者たち。彼らの表情には、緊張と決意が入り混じっている。


向かい側には、ヴァルザーク系の工房の代表者たちが並んでいた。彼らの表情には、余裕と侮りが見える。


「まず、品質について審査する。両者は、同一規格の短刀を十本ずつ提出せよ」


セイは、用意していた短刀を差し出した。この日のために、最高の品質で製造したものだ。


「検査官、測定を」


検査官が、両者の短刀を測定し始めた。


「——ハンマーフェル工房連合の短刀。刃の長さ、規格200ミリに対し、実測値は199.8ミリ〜200.2ミリ。ばらつきは0.4ミリ」


「従来サプライヤー連合の短刀。刃の長さ、規格200ミリに対し、実測値は198.5ミリ〜201.8ミリ。ばらつきは3.3ミリ」


広間が、ざわついた。


ばらつきの差は、歴然だった。ハンマーフェル工房の製品は、従来品の約八分の一のばらつきしかない。


「重さについても、同様の傾向が見られます」


検査官が続けた。


「ハンマーフェル工房連合は、規格350グラムに対し、実測値は349グラム〜351グラム。ばらつきは2グラム」


「従来サプライヤー連合は、規格350グラムに対し、実測値は342グラム〜359グラム。ばらつきは17グラム」


「品質については、ハンマーフェル工房連合が明らかに優れている」


検査官の結論に、広間の空気が変わった。


貴族席で、ヴァルザーク公爵の顔がわずかに引きつった。


「次に、価格について審査する」


大臣が、次の議題を告げた。


「両者は、短刀一本あたりの価格を提示せよ」


セイは、事前に計算していた価格を答えた。


「一本あたり、金貨二枚と銀貨五枚です」


「従来サプライヤー連合は?」


「——金貨三枚です」


会場が、再びざわついた。


ハンマーフェル工房の価格は、従来品より二割以上安い。品質が高くて、価格が安い。これは、どう見てもハンマーフェル工房の圧勝だ。


「——待て」


ヴァルザーク公爵が、立ち上がった。


「価格だけでは、判断できまい。安ければ良いというものではない」


「公爵、ご発言は——」


「私は、この審査会の正当性について、疑問を呈しているのだ」


公爵の声が、広間に響いた。


「ハンマーフェル工房は、ドワーフから鋼材を調達している。これは、王室の特別許可を受けたものだと聞いている」


「その通りです」


セイが答えた。


「特別許可——つまり、通常の業者とは異なる条件で商売をしているということだ。それは、公正な競争とは言えまい」


「公正——」


セイは、公爵の目を真っ直ぐに見た。


「公爵閣下。公正について、お話しさせてください」


「何だ」


「従来のサプライヤー連合は、公爵閣下の領地から鋼材を調達しています。そして、その価格は——市場価格の約二倍です」


広間が、静まり返った。


「何を——」


「私は、調査しました。公爵閣下の領地の鉄鉱山から供給される鋼材は、品質は並程度ですが、価格は異常に高い。それが、従来品のコストを押し上げている原因です」


「貴様——!」


「そして、その高いコストを、騎士団——つまり、王国の税金——が負担しています。年間で、金貨にして数千枚の無駄遣いです」


セイは、書類を取り出した。


「これが、過去五年間の調達価格の推移です。公爵閣下が鉄鉱山の独占権を得てから、価格は三倍に上がっています」


「——」


「私が『公正でない』というのなら、公爵閣下の独占こそが『公正でない』と言うべきではないでしょうか」


広間に、重い沈黙が落ちた。


貴族席で、囁き声が交わされている。ヴァルザーク公爵の顔は、赤から青へと変わっていった。


「——静粛に」


国王フレデリック三世が、初めて口を開いた。


「公爵。若者の言い分について、反論はあるか」


「陛下——」


公爵は、言葉を探しているようだった。


「これは——鍛冶師の小僧が——」


「反論があるかと聞いている」


国王の声が、鋭くなった。


「数字で示せ。彼の主張が誤りなら、それを証明する数字を」


「——」


公爵は、黙り込んだ。数字で反論することは、できないのだ。セイの主張は、事実に基づいているからだ。


「陛下」


セイが、一歩前に出た。


「私は、騎士団の武器の品質を上げたい。それだけが、私の望みです。誰かを陥れるつもりはありません」


「ふむ」


「品質が上がれば、騎士たちの命が守られます。価格が下がれば、王国の財政が健全化します。それは、全ての人にとって良いことではないでしょうか」


「——良い主張だ」


国王が、頷いた。


「しかし、主張だけでは不十分だ。実績を示せ」


「先の騎士団長の試験で、百本の短刀を納入しました。全て、テストに合格しています」


「それは聞いている。だが、それは一回限りのことだ。継続的に品質を維持できるか——それが問題だ」


「できます」


セイは、はっきりと答えた。


「私たちには、『品質管理システム』があります。標準作業、測定技術、工程能力管理——全てが、継続的な品質維持のために設計されています」


「品質管理システム——」


「はい。これは、私たちの工房だけでなく、協力工房全体で共有されています。誰が作っても、同じ品質が出るように」


セイは、準備していた書類を差し出した。


「これが、私たちの品質管理マニュアルです。工程ごとの基準、検査方法、問題発生時の対応——全てが文書化されています」


国王は、書類を受け取り、目を通した。


「——詳細だな」


「三年をかけて、作り上げました」


「三年——お前は今、何歳だ」


「十五歳です」


「十二歳から——これを」


国王の目が、セイを見つめた。


「お前は、何者だ。普通の鍛冶師の息子ではあるまい」


「——」


「いや、答えなくてもいい。お前の過去より、お前の未来に興味がある」


国王が、立ち上がった。


「審査の結果を宣言する」


「品質、価格、供給能力——全てにおいて、ハンマーフェル工房連合が優れていると判断する」


国王の声が、広間に響いた。


「よって、ハンマーフェル工房連合を、騎士団への正式納入業者として認定する」


「同時に——」


国王は、ヴァルザーク公爵を見た。


「公爵の鉄鉱山独占権について、調査を命じる。不正があれば、然るべき処分を行う」


「陛下——!」


公爵の顔が、蒼白になった。


「異議は認めん。これは、国王としての命令だ」


広間に、静寂が落ちた。


セイは、深く息をついた。


勝った——。


三年間の戦いが、一つの結実を見た。騎士団への納入資格。王の前での勝利。そして、ヴァルザーク公爵の利権への風穴。


「——セイ」


国王が、セイの名を呼んだ。


「はい」


「お前に、称号を授ける」


「称号——?」


「『王国軍需改革顧問』。今後、騎士団の武器調達に関して、私に直接助言する権限を与える」


「陛下——」


「これは、権限であると同時に、責任でもある。お前の言う『品質管理』が、本当に王国のためになるなら——その力を存分に発揮せよ」


セイは、深く頭を下げた。


「謹んで、お受けいたします」


「よし。審査会を閉じる」


国王が退場し、広間は解散となった。


広間を出たセイを、リーナが待っていた。


「——やったな」


「ああ」


「マルクも——喜んでいるだろう」


「——」


セイは、空を見上げた。


春の青空が、広がっている。


「これで、終わりじゃない」


「分かっている」


「まだ、やるべきことは山ほどある。騎士団への納入を軌道に乗せる。品質管理を王国全体に広げる。そして——」


「そして?」


「魔王軍との戦い。それが、最終目標だ」


リーナの目が、光った。


「——その話は、また今度だな」


「ああ。まずは、目の前の一歩から」


セイは、王宮を後にした。


新しい章が、始まろうとしていた。

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