第十三章 初期流動管理
アリシア王女との面会は、翌日に実現した。
「——ドワーフとの取引許可、か」
王宮の私室で、アリシアはセイの話を聞いていた。
「はい。今の供給元が、妨害を受けています。代替のルートがなければ、騎士団への納入が——」
「間に合わない、ということか」
「はい」
アリシアは、窓の外を見つめながら、しばらく考え込んでいた。
「——一年前、お前に言ったことを覚えているか」
「はい。『本物なら、力を貸してやる』と」
「その通りだ。私は、お前を観察してきた。この一年、お前が何をしてきたか、どんな成果を出したか」
アリシアは、振り向いた。
「正直、驚いている。十五歳の少年が、王都の鍛冶業界を変えつつある。品質会議、標準作業、測定技術——全て、お前が持ち込んだものだ」
「——」
「そして、今、既存の利権と正面からぶつかろうとしている。ヴァルザーク公爵家を敵に回して」
「避けては通れませんでした」
「分かっている。だからこそ——」
アリシアは、一枚の羊皮紙を取り出した。
「これを、お前に渡そう」
セイは
続ける
19:06
、その紙を受け取った。そこには、王室の印章と共に、「ドワーフ族との交易許可」が記されていた。
「これは——!」
「父上——国王陛下——に、事情を話した。『騎士団の武器品質向上のために、新しい供給ルートが必要だ』と」
「王様が——」
「父上は、品質問題のことをご存じだった。戦死者の報告を見て、『何かがおかしい』と感じておられた。お前の活動のことも、耳に入っていたそうだ」
セイは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。この恩は——」
「恩など要らん」
アリシアの声が、厳しくなった。
「私は、お前に投資しているのだ。リターンを期待している」
「リターン——」
「成功しろ、セイ。騎士団に百本の短刀を納入し、一本も不良を出すな。それが、お前にできる唯一の恩返しだ」
「——はい」
「行け。時間がないのだろう」
ドワーフとの交渉は、リーナが担当した。
彼女は、かつて北方の魔物討伐でドワーフ族と共闘した経験があり、彼らの間に知り合いがいた。
「——ふむ、品質管理、か」
ドワーフの長老オルガン・ストーンハートは、セイの書類を見ながら唸った。
「数字で品質を管理する——我らドワーフも、長年ものづくりをしてきたが、こういう考え方は初めて見る」
「お恥ずかしながら、まだ発展途上です」
「謙遜するな、若者。この発想は、革命的だ」
オルガンの目が、光った。
「我らは、千年以上、同じやり方を続けてきた。『良いものを作る』ことだけを考えてきた。だが、お前の言う『悪いものを出さない』という発想——それは、我らには欠けていたものだ」
「——」
「鋼材を提供しよう。それだけではない。我らの鍛冶技術も、お前に教えてやる」
「本当ですか?」
「ただし、条件がある」
「何でしょう」
「お前の『品質管理』を、我らにも教えてくれ。千年の伝統に、新しい風を吹き込みたい」
セイは、驚きを隠せなかった。
「喜んで。私たちの知識は、共有するためにあります」
「良い答えだ」
オルガンは、節くれだった手を差し出した。
「これで、人間とドワーフの技術同盟だ。良い物を、一緒に作ろう」
ドワーフの鋼材が届いたのは、プロジェクト開始三週目のことだった。
品質は、予想を上回っていた。不純物が少なく、結晶構造が均一で、加工のしやすさも抜群だった。
「——これは、すごい」
ガルドが、鋼材を手に取りながら呟いた。
「今まで使ってきたどの鋼材よりも、品質が良い。これなら——」
「不良のリスクが、大幅に減ります」
セイは、頷いた。
「ただ、油断はできない。新しい素材だから、加工条件の調整が必要です。いきなり量産するのではなく、まず少数のサンプルを作って、最適な条件を見つけましょう」
最後の一週間は、「初期流動管理」の時間だった。
新しい素材、新しい供給ルート、新しい協力体制——全てが「初めて」のことばかりだ。問題が発生するのは、当然のこと。大事なのは、問題を早期に発見し、迅速に対処することだ。
「——毎日、品質会議を開きます」
セイは、協力工房の全員に宣言した。
「今日の生産で何が起きたか、どんな問題があったか、どう対処したか——全て共有します。隠し事はなしで」
「毎日?」
「はい。初期流動期間——つまり、新しい製品や工程が安定するまでの期間——は、特に問題が起きやすい。だから、毎日の監視が必要です」
「大変だな——」
「大変です。でも、この一週間を乗り越えれば、後は安定する。そのための投資だと思ってください」
予想通り、問題は山のように発生した。
ドワーフの鋼材は品質が高いが、従来の素材とは特性が微妙に異なる。焼き入れの温度、冷却の速度、研磨の方法——全てを再調整する必要があった。
「今日の製造分、三本に微細な歪みがありました」
「原因は?」
「冷却速度が速すぎたようです。温度を二度上げたら、改善しました」
「それを標準作業に反映。全工房に周知」
問題→分析→対策→標準化→周知。そのサイクルを、一日に何度も回した。
夜も眠れない日が続いた。セイは、工房に泊まり込み、データと格闘し、対策を練り続けた。
「——大丈夫か」
ある夜、ガルドが心配そうに声をかけた。
「大丈夫——あと三日だから」
「お前、この一週間、ろくに寝ていないだろう」
「寝る暇がないだけだよ。終わったら、寝るから」
「前世と同じ轍を踏むな」
ガルドの言葉に、セイは驚いた。
「前世——?」
「お前が時々言う『夢の中の世界』のことだ。お前は、その世界で過労で倒れたんだろう?」
「——聞いてたの」
「お前の寝言を、な」
ガルドは、息子の肩に手を置いた。
「俺は、お前が何者か、詳しくは知らん。知りたいとも思わん。だが、一つだけ言える。お前は、俺の息子だ。俺の前で、倒れるな」
「——はい」
「無理はしていい。だが、壊れるな。お前が壊れたら、俺たちは全員、道を失う」
セイは、父の手の温もりを感じながら、目を閉じた。
「——分かった。気をつける」
納期の前日。
九十九本の短刀が、完成していた。
残り一本。最後の一本の仕上げを、セイ自身が行った。
研磨台に向かい、砥石を滑らせる。前世では、こういう作業をすることはなかった。品質保証部員は、検査はするが、製造はしない。
だが、この世界では違う。自分も、作り手の一人だ。
「——よし」
最後の研磨を終え、刃を光に透かした。
美しい波紋。均一な厚さ。鋭い切れ味。
百本目の短刀が、完成した。
「できた——」
セイは、深く息をついた。
一か月間の戦いが、終わった。
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